S214−伊達の本懐

伊達臣人はOLである。
OLとはいわゆるオフィスレディである。
ともかくも、そう思っていただきたい。
現在独身である。
ともかくも、そう思っていただきたい。
現在独身である。そして今日は二月十四日である。
ともかくもとにもかくにも、そう思っていただきたい。




別に別にそんなものじゃねえ。
日本の悪しき慣習だ。悪しき慣習に従ったわけじゃねえ、空気を読んだんだ。流されたんじゃねえ。
今日になって何度目か数えるのも嫌になる思考のループだ。
あの馬鹿が普段よく自分に菓子を、五十円あればらくらく買えるような駄菓子をボロボロ寄越すからそのお返しだ、いや仕返しだ。
駄菓子の代わりなんだ、どんな菓子買ったって高くつく。だから作ってやった、制作費削ってやった。
湯煎で溶かしただけだタダだ、だからこれぐらいでいいんだ。
『ベルギーチョコレートを?』
……うるせえ。





「伊達、お前相変わらずいい脚してんな」
不意打ちだ、伊達は机の上を振り向こうとしてやめる。
普段より短いスカートを穿いて出勤すれば、感心したように営業の富樫が呟いた。昨日同じく営業の虎丸と遅くまで飲んだか打ったかしたのか顔がむくんでい る。
その言い草がエロエロしさに満ちたものであれば、伊達の尖ったつま先が問答無用にビュンと飛んでいくのだが、この富樫という男は思ったことがすぐに出る男 なので放っておく。
別に脚を撫で回す趣味のある男でもないし、ただすげえなあと思ったから言っただけ――という顔を富樫はしているのである。
ふん、と伊達は鼻で笑うに留めた。

(俺を見かけだけのOLだと思うなよ)

誰もそんなことはつゆとも思っていないのに伊達は胸のうちで呟いた。誰もが恐れるその視線でチラとでもやられれば凍りつく。


「おっ伊達ェ、なんじゃい脚なんぞモロ出して…はっはーん」
待ち焦がれた、いや、待ち伏せていた。
後ろから現れたのは虎丸である。富樫と同じく脚を眺め回して顎をさする。
何がははーんだ、馬鹿面晒しやがって。伊達の鋭い舌先が何か手ひどいことを言ってやろうと回る前に、虎丸はニッカリ笑って親指をオッサンくさく立てた。不 意打ちだ、伊達は机の上を振り向こうとしてやめる。

「デエトか!」
「…馬鹿抜かしてねえで、とっとと契約の一つでも取って来いッ!」

勝負パンプスプラダ様、仰天ヒールは十センチ。その真っ黒く尖ったつま先がひねりをくわえて虎丸の尻へと突き刺さった。
「ギャン!」

虎丸はほうほうの態で逃げていった。何がなんだかわからないと言うような切ない声を上げながら遠ざかっていく。
そんなやり取りをぼうぜんと見送っていた富樫へ、伊達は低く唸るような声で言った。見事な脚を組み替えながら顎をしゃくる。

「富樫テメエは……テメエは、さっさと秘書課のピンク頭褒めちぎって来やがれ。いいか、全力でだ」

先ほどからどこぞより背中へと突き刺さってくる、嫉妬の視線が痛いのだ。

「へ」
「急げ!」

なんじゃいなんじゃいと、大人になっても手放さない学帽を頭から落ちぬよう押さえながら富樫も駆けて行った。




伊達はため息をつく。
振り向いた。
机の上に、きれいにラッピングされたままのチョコレートが寂しげに転がっている。
「食ってやろうか」
「テメエのじゃねえ」
さわやかに入ってきた桃がそう言ったので、咄嗟に打ち返すような物言いになってしまった。


フッフフ、
フッフフ、
フフ、
「フッフフ、…伊達」
伊達の、胸が跳ねる。嫌な予感がする、この桃という男ときたら腹の底まで真っ白なのだ。
真っ白な分たちが悪い、何を言い出すか自分のような常識人には知れないと伊達は警戒を強める。
「…なんだ」
「もろ肌脱いでやろうか」
「もろ肌じゃねえだろ、一肌だろうが」
「どっちでもいいさ」
「良くねえ、それに一肌だろうがいらん。俺に構うな」
フッフフ、
フッフフ、
フ、
桃の笑みはますます煮詰まって濃くなっていく。伊達は反対に顔色を薄くした。
「最近キューピッドに凝っているんだ」
何?伊達が聞き返す前に、既に桃は背中を見せている。
リリカルでクレイジーなことをのたまう桃は嫌な含み笑いをしながら、春風のように去って行った。
伊達は始業前に疲れを覚えた。昨夜は慣れない台所仕事で寝不足でもある。











そして、終業間際の午後七時五十分。オフィスには伊達しかいない。
無造作に机の上へとラッピングを投げ出したまま、伊達はそれをペンを手に睨んでいたところだった。
食ってしまうか、とまで思う。
桃に食われるくらいならと思う。
が、突然虎丸が慌しく駆け込んできた。
「よう伊達ェ、桃が割引券あるから一緒に飯食おうって誘ってくれたんじゃけど、なんか急に行けなくなったから伊達誘えってよ」
タダ券じゃーとはしゃぎながら虎丸が割引券片手に伊達の元へと転がってくる。伊達はあやうくペンを取り落とすところ、すんでで堪えた。
「……仕方がねえな、行ってやろうじゃねえか」
返答に少し時間がかかったことに気づくほど、虎丸は精密に出来ていない。
「おーし、食いまくるぜカッカカ、伊達ェきっついスカートなんぞ穿いてくんじゃねえぞ!」
虎丸が以前、食いすぎて苦しかったのでズボンの前を開いてまで食べ続けたという話を聞いたことがあった。
もちろんオチは閉めるのを忘れてズボンがストンだ。
そんじゃロビーで!と言って馬鹿笑いを響かせながら虎丸は去って行く。


「……バーカ、」



世界一性悪なキューピッドがもたらしたものだということが気に食わないが、ともかく勝負は受けて立つ。
なんと言っても伊達臣人は伊達臣人なのだから。
暖房で溶けるほどのヤワなチョコレートを作ったつもりもなければ、突発だからと物怖じするような心だって持ってはいないのだ。
気合を入れろ、フンドシ締め直して行け。
モクジ
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