仏頂面の憂鬱

モクジ
組長がご機嫌である。
本人は面倒だ面倒だと文句を言っているが、ご機嫌である。
さっきから何度縁側に出て腕組みして、鯉に餌をやれば気がお済みになるのか。
ちょっと組長、いくら鯉とはいえ、そんな、やりすぎというもの。ああ、先日業者に言いつけて泥をさらったばっかりなのに、もう。
私は腕時計を見ながら、ああ早く来て下さらないかな、とまだ見ぬ組長の待ち人を恨めしく思った。


伊達臣人、私邸。
いかにもヤクザ屋さんが建てましたよ、というこてこての日本家屋。鶴亀がのそり現れ出でても不思議で無い。
庭園あり石灯籠ありししおどしあり離れありのアメージングなジャパン家屋、和の心満載。といっても離れについては組長の下心が満載だと私は信じているけど。
私はここ伊達臣人邸で家事を一手に引き受けている。元々ヤクザ屋になりたかったのだが向いていねぇの組長の一言でクビとなった。そしてここで家事を取り仕切っている。今日は組長の大事な大事な客人がいらっしゃる日なので、そこで今現在あのように落ち着き無い姿を若い衆に晒しているわけであった。
やめて欲しいなぁもう、私はため息の連続である。目尻に皺が増えた、白髪を見つけた、ああ老け込んだな、まだそんな年でないのだけれど。
組長はもっとご自分がカリスマであることをわかるべきであると、常々私は進言するのだが聞き入れてはもらえない。伊達臣人その人に憧れてこの世界に入る男達のなんと多いことか!だがしかし私がそんなことを言えばなんだと俺はいつだって完璧じゃねぇか何か文句でもあるのかと無言で睨まれる。睨まれるだけならまだいい、時折碁石が飛んでくる。そのうち槍が出てきたら今度こそ私は辞表を書こうと決めた。
そして組長の機嫌を大きく左右する人物が今現在二人いる。
一人が元総理、剣桃太郎様。うらやましい程の男前でいらっしゃる。組長の前では言わない、言うと怒られる。
彼が屋敷の半径100メートルに入り込むと警報が鳴る。それはじゃんじゃんと鳴り出す。組長は私にすぐさま迎撃、撃退せよとおおせになる。
無茶を言うなと私は無視をする。組長は貴様と怒鳴る。私は無視をする。組長は俺は留守だと言えと怒鳴る。私は無視をする。
数々のトラップをものともせずにやあ伊達、いるかなと現れた剣桃太郎様は朗らかに尋ねられるものだから、私はあちらですあちらの隠し部屋にいらっしゃいますとすぐさま組長の居場所を教え、人払いにかかる。泣く子も大泣きする伊達臣人が青筋立てて怒鳴りみっともない口喧嘩をするところなど、若い衆に到底見せるわけにはいかないだろう。さっさと組長を差し出すに限るというもの。
以前本気で二人がやりあってしまった時には張り替えたばかりの障子に縁側の板、石灯籠に天井、青かった畳、漆塗りの卓、年代物の茶釜にそれに楽焼の茶碗等が無残にも打ち壊されてしまい、物取りにあったより酷い家の片付けに泣いた。それ以来、私は剣様を全力で歓迎することにしている。私はこの家の家事を取り仕切る者、例え組長とて犠牲になっていただく。

もうお一方、こちらは更に厄介である。
虎丸龍次様。
金融業の社長をされていらっしゃる方で、気さくで大らかな方。
いつもうまい酒見つけたんじゃ、なぁすごいじゃろ、と賑やかに尋ねて来られる。秘書の方が良く出来た方のようで、手土産にも抜かりない。
伊達おるかー?と尋ねられる度、私は困ってしまう。だっておるかも何も、秘書の方から『今そちらに向かいました』と連絡があるたび組長は仕事の途中だろうが必ず戻ってくるのだから。
そう、虎丸様は組長にとって特別なのだ。
それならいい、私にうまい食事に珍しい酒でも命ずればいい。だというのに組長は普段面倒だと着ないいかにもな着流しなんぞ身に着け、殿様が使うような肘掛にもたれかかりながら、あいつは粗末な舌の持ち主だから猫まんまでも出しておけと冷たいそぶり。
最初勝手のわからなかった私は、組長が虎丸様を嫌いなのかと思っていた。が、それはどうやら間違いのご様子。
そう、あれは―――

バシャーン!!
家が揺れそうな大音、私は思案から飛び上がった。何事、ああ敵襲か、逃げなければだって私は非戦闘要員です。民間人となんら変わりありません。
組長、出番です!まさに時代劇の、ジャーンジャーン先生出番ですという場面。
あ。
と、思ったら、違った。
組長の出番ではあるが、違う。組長『が』原因であった。
庭で一番古株のうちの一本、あれは柳の木だった。枝ぶりが立派で、夏場は蚊を呼ぶから若い衆から嫌われていたけれど、趣ぶけぇじゃねぇかと顎をさすって組長がひいきにしていた柳の枝が、ばっさりと短気を起こした組長自身にご自慢の槍を横なぎ一閃に切り落とされてしまっている。ああ、むごい。
後で業者を入れて、枝を片付けてもらわなければ。また出費がかさむ。私は胃を押さえた。

待ちかねて待ちかねて待ちわびる、演歌の世界だ。私は出される予定の料理を一つ一つチェックしながらため息をついた。幸せが逃げるというが、まだ残っているのだろうか。
虎丸様、どうか早くいらっしゃってください。私をはじめ使用人一同、声をそろえての大合唱。
ほんの一月も前だったか、連絡を受けて組長、自ら新巻鮭かっさばいてのお待ちかねだっていうのに、なじみのソープ嬢が店を持ったっていうんでそっちに行ってしまった時は悲惨だった。悲しく惨め、うかつに近寄った若い衆が背中の皮をぺらりと剥がされかかったのを覚えている。
早く、早く、虎丸様!
でないと、庭の木々という木々、果ては私たちまでもが根絶やしにされかねません!
組長の怒りに任せた一撃が、新調したばかりの木塀を切り裂いた音が聞こえ、私は祈りに天を仰いだ。









ようやく到着した虎丸様を全力の笑顔でもてなしで家へと上げながら、脱ぎちらかされた靴をかかとを揃えて引き寄せる。ワニ革。虎丸様は全身動物園のようだ。組長は鼻を鳴らして酷いファッションセンスだとあざ笑いになる。酷いものだ、なぁ仏頂面、と私に上機嫌でお尋ねになるが、私は以前剣様から組長が鎧兜でTOKYOCITYを男御輿に練り歩いたことを聞いて知っているし、端午の節句には年代物の兜飾りをせっせと背中を丸めて磨いているのを幾度も見ているので生ぬるく相槌を打つにとどめている。ところで仏頂面、というのは私の呼び名である。本名を覚えていただけているかはこの際考えていない。
虎丸様は黄色のスーツの上下。黄色、レモンイエロー、なんと眩しいのだろう。深いブルーのシャツ、赤いネクタイ。どこかで見た配色だと思ったら、ルパンの三代目の配置違いであった。目がちかちかする。悪趣味というよりも、賑やかであるという良いベクトルへ進んでいるため決して不快ではない、靴下が白なのが少々ほほえましい。赤いネクタイには龍の刺繍。
虎丸様はベタベタベタと板張りの廊下を勝手しったる他人の家と突き進み、組長が待つ和室のふすまを、よお!ビッシャーン!と勢い良く開けた。ああ、また縁が傷む。大体組長も虎丸様もどうしてそういちいち芝居がかった登場を好まれるのだろう、普通に開けたらいいのに。ビッシャーン!しないと気分が乗らないのだろうか。凡人には知るよしもない。悪い悪い遅くなったのー、などと大きな声が私が控える部屋まで届いてくる。私はタオルを用意した。
遅いッ!薄い窓ガラスを震わせる組長の怒号が響き、虎丸様はふすまごと庭へ向かって頭から蹴り落とされていった。そのために作ったのではないが、ちょうどそこにあった鯉の池に虎丸様は落ち、鯉にちょぼちょぼと突かれ潰れた悲鳴を上げた。私は頃合だと立ち上がり、タオルを手に虎丸様のサルベージに向かう。ちらりとふすまが無くなって風通りのよくなった部屋を覗けば、組長は腕組みをしてつんと澄ましている。
「組長」
「なんだ仏頂面」
あくまでそういう態度を取る組長。
「今のふすま、先日新調したばかりでした」
「……そうだったか」
そうですとも、とっても綺麗だったでしょう牡丹に獅子。もうひしゃげて泥まみれですけれど。
びしょびしょに濡れた虎丸様にはまず頭だけでも拭いていただいて、それから組長の新品の着流しを着ていただくことにした。食い気優先のこの方のこと、風呂を勧めてもお断りになるだろうから。
む。私は着流しを差し出しながら一つの考えに至った。これはおそらくいわゆるひとつのお泊りコースというやつではないか。
彼女が遊びに来た時にわざとその服にジュースをこぼし、とりあえずシャワー浴びて来いよというああいうソレではないか。
まさかよ、そういう小細工をされる方ではないだろう。
考えを打ち消しながら、出番を待つ料理人達に食事を出すように私は手を振って厨房へ合図を送った。
それにしても、ああ、ふすま。

食事自体は和やかなものであった。虎丸様が明るい雰囲気のある方のため、組長の猫髭頬にも笑みがあるやなしやに視認できた。
虎丸様も組長もザルである。私はひっきりなしに酒蔵へ飛び込み、できるだけ珍しくて今までに飲ませたことのない酒を探しては座敷へと引き返す。
虎丸様を味オンチだと言う組長だが、結局二人とも飲み食いできて満腹になれば気分がいいのだろう、高い安いはあまり関係が無い。
今日は土佐から太い鰹を取り寄せてあったので、薬味もたっぷりの塩タタキを由緒ありげな大皿にに豪快に盛り付けた。茗荷にシソ、ネギ、タマネギにしょうがをどっさりと。夏バテにいいだろうと板長の普段渋い顔が自信にほころんだ。私も後で残ったらいただこうと思う。
食事がそろそろ終盤に差し掛かった頃、虎丸様が便所へ立ったのを見計らって、私はあるものを手に組長の隣に側寄った。
「組長」
「ん?」
これを、と差し出したのは、オレンジの包装も鮮やかな魚肉ソーセージ。組長の瞼が震えた、私は自信を持って頷く。
組長はとりあえず受け取って、歯切れ悪くああ、うん、と意味の無い声を上げた。
私はさっさと退散するべく立ち上がる。組長は呼び止めた。
「仏頂面」
いい加減名前で呼べよニャンコ髭と私はいつになく乱暴な気分になりかけた。
「はい」
「その、布団の用意だが…俺がしておいた」
「はい」
知っていますよ、組長。私はあやうく口にするところであった。知っていますとも、手ずから二つの床を隙間なくのべられ、それから隙間を空け、また隙間をつめ、ひとしきり唸った後結局五センチほど隙間を空けたのでしたね。それから最後に水差しを枕元に。使うことを予定に入れているあたりさすがは伊達臣人、勝機は逃がさない。せめてもの援護射撃、部屋の照明を赤い和紙の間接照明にしようかと思いました。もしくはピンクのなまめかしい電飾。
私の顔はまさに仏頂面になっていたのだろう。組長は恥じたのか、犬を追うようにして私を追い払った。

馬鹿馬鹿しいな、私は最近脂ッ気の抜けた肌をつるりと撫でて、縁側から暮れ果てた夜空を見上げ深呼吸をした。気分が晴れたが、すぐに切り落とされた柳の枝が目に入ってしまい、浮き上がりかけた気分は再び沈んだ。





二人がいる部屋から、声が端々に聞こえてくる。
「おおーーッ!なっつかしいのー魚肉ソーセージか!俺これを一本丸々食うのが楽しみでの〜」
「フン、貧乏ったらしい奴だ」
「ヘッヘヘ、おりゃ、おめえにも半分やるよ」
「………フン」






よっしゃッ、私はガッツポーズ。
うむ、今日もいい仕事をした。近頃痛むようになった腰を叩く。バブを入れた風呂にでも入ろう。









翌朝、ちいとも減っていない水差しに、三十センチはある布団同士の隔たりを発見し、私の仏頂面は更に険しいものとなるのであった。
なんだかんだで、仏頂面の憂鬱は続く。跡継ぎどうするつもりなのだろうか。
モクジ
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