はみ出し初陣、ヤクザ撃退

眼を逸らすないいかきっと前だけ向いて睨むんじゃ。
そうパパは言った。
バッカやろテメーいたいけな女子高生ヤオモテに立たせやがってチクショー。信州帰っぞこのやろー。
アタシはなんにも持たない丸腰で玄関に仁王立ちをする。
弁慶さんよう、アンタホントは逃げたかったんじゃね?そうでしょ、いいっていいってアタシはわかる。




部屋でボァッとしてたら組長じきじきのお出まし。お出ましと同時に命令。どうでもいいけど命令が似合うよねオッサン組長。アレ、気付いたらもうお昼?
寝てたのかなアタシ、それにしては着替えてボァッとしてたけどさ。
「今日俺は忙しい、晩飯…六時まで誰も家に上げるな」
聞いてないもーん。しらねったらしらね。アタシはハイわかりましたも何も言わなかった。顔だって見たくねー怖いから。背中むけたまんまだこのヤロー。
ざっすと槍が降って来た。アタシの目の前、鼻の頭を掠めてざっすと穂先が飛んできた。なんだよ女子高生のカオ大事にしろよ泣くからな、泣いちゃうからな!
泣いてねーケド。泣いてねー。返事だ返事ィ。
「はいわかりましたァ!」
「返事がおせぇ」
組長は無駄に長いその脚で、アタシの代わりに側に置いてあったRARADAのバッグを蹴り飛ばす。ああなんてことすんだよバァカ、こんチクショウ。初めてのバイト代で買ったバッグだっつーんだよバカ。大事に扱えよもう。次はアタシが蹴られるな。
アタシはバッグを抱えると腹ン中で思い切り舌を出してやった。バレたのか戻ってきてわざわざ頭をシバかれた。なんでバレたんだろうわかんねー。
アレもしかしてー実はアタシってサトラレ?もしそーなら死ぬる、恥ずかしくって死ぬる。
エッ……マジで?
これはマジな問題だよね。うん。ちょっと真剣に考えてみよう。

頭ン中で呼んでみた。くみちょー。くみちょーさまー。
来ない。来ないよなそりゃ、あの人がアタシごとき呼んだって来るわきゃないよね。そりゃそうだ。
………バーカ。
「早く玄関に出て控えねぇか!グズ!」
われらが組長様の怒鳴り声が耳へ飛び込んできた。ヒィエエやっぱりアタシ、サトラレだ!!にしてもグズだとぉ?ちっくしょちょおっとカオがいいからって、お前なんかニャンコだニャンコォ!あ、アタシサトラレだった。
転がりもつれ、ぴかぴかの板張り廊下で滑って四つんばいになりながらも玄関に座布団敷いて座り込む。正座?ンなもんしてらんないよかったるい。
服だって殆どもってきてないし、ブラウスに制服のスカート。ハイソックス。どうよ畜生、信州産だってちったぁ女子高生だってんだよ。
どうせここで一日控えてろってことはさ、来て欲しくない客がたくさん来るってことだろ?来るはしから追っ払えとな、フン。
あーあ秋晴れ、せっかくの秋晴れ、しかもトーキョー。なーにやってんだろ。皆そろそろ稲刈りだろ、しっかりやれよ。ああ、あの糠の匂いがする家。
ばぁちゃん、東京の青空は青空じゃないみたい。曇ってんの?濁ってんの?わかんないけど青じゃねぇの。
にしてもだ。アタシは改めて組長様にムカ腹立てる。あーもうなんだって虎丸パパもあんなねじくれ野郎のところにアタシを送り込んだんだろ。もしかしてまーだ何かヨワミでもあるとか?カンベンだし。
音楽の授業で聞いたあの曲が良く似合う人だよな、性格わっるーいの。
お父さんお父さん、魔王がくるよ!
ってことは、アタシはその魔王様の門番ってトコか?
ははは、笑える。
昨日一晩、朝まで不安で眠れなかったとか言ったらアンタは笑う?アタシは笑う。ははは。嘘だぐっすり寝たもんね。
アタシは玄関先に足を投げ出して座り込んだ。
ふふんいくら田舎の女子高生だからってナメんじゃねぇ、短パン履いてるって。ふふん。
お客さんごめんね、今日組長ご機嫌ナナメ。
お帰りあそばせって、素直にね。でないと槍が降ってくる。アタシにね。
……あーあちょっと泣きたくなってきた。泣いてねーけどな。勿論。
昼の東京。アタシは初仕事ってことだ。
ばぁちゃんに会いたい。


「ネェちゃん組長出してんか」
「今日は誰とも会わないって言ってます」
「そういわんと、出せっちゅうたら出しとき」
「出ない出ない」
追い払えと言うだけあって、客はざんざんと来る。
だいたいは忙しいって言えばナットクして帰ってくれる。よかったー、見た目コワイ人ばっかりなのがスゲーやだ。みんなヤクザ屋さんとかだろー、東京ってやっぱヤベーマジヤベー。
「海原組のモンやって言うたら分かる、伝えて来いや」
「会わない出ない動かない」
中にはナットクしねぇガンコモノも居て超困った。お前ね、イタイケな女子高生をあんまり困らせるとかないって。馬鹿だなーもう。あ、ウロコ雲が窓から。
アタシはそのたんびに立ち上がって、
【大変申し訳ありませんが、主人は今日誰ともお会いになりません】
と丁寧に丁寧に伝えて頭を下げたつもり。ふん、信州女子高生だってこれくれぇしゃべれんだよ驚いたか。
「帰れってば、もーアタシ腹減った、泣くほど腹減ったの泣くほど」
あーなんかお腹すいたなーばぁちゃんの作るあのおむすび食いたい。
ばぁちゃんがおむすびを作るときは、芋や人参、牛蒡、きのこに油揚げをかつぶしの出汁に醤油で真っ黒に煮て、それをそのまま刻んで具にしてある。
塩っ辛い。ばぁちゃんは腐らないようにとぎゅうぎゅうに塩をふって硬くむすぶ。ふんわりとしたナントカってのはアタシは嫌いだ。コンビニのおむすび?農家の娘が米買うなって。食えよ食ってやれよ自分の家の米。
ああばぁちゃんのあの塩辛い、醤油色のおむすびが食いたい。なつかしくって涙出そう。出さない。
「だから今日は組長忙しいって言ってんだろが」
「オウねぇちゃんエエ度胸しとんなワレェ、台湾売り飛ばしたろか」
あと、ばぁちゃんのけんちん汁。信州、味噌の国だもんね。あのしょっぱいような苦いような味噌、ううん帰りてーなー。今なら農協で袋詰めだって手伝える。
「うるせぇハゲ、ちくしょうアタシだって帰りたいんだよお前帰れるんだろ帰れよ」
「なんじゃい、どこ見て話しとるんじゃさっさと組長呼ばんかい」
腹が減ったら考えることって言えばそりゃあ飯のことだけ。寝坊したアタシが悪いんだけど飯抜き。寝坊って言ってもほとんど寝てないし。アレ?アタシ寝坊したんだっけ?ふんだ。組長は朝無駄に早いんだよなーまた、畜生お前はジイサンかっつーんだ。どこの世界に朝五時起きする女子高生がいるんだよな、さすがにアタシだって収穫時やハウス張りの時は早起きすっけどさ。明日っからマジ不安。仮にも組長だろ、オネェちゃん抱いてぐうたらしろよぐうたら。あーあの組長派手なオネェちゃん似あうんだろうなぁ、高い猫みたいなさぁ。こうワイングラスを、こう。
「帰らないんなら帰れハゲ」
「あーもう日本語しゃべれや!お前アホちゃうか」
「捨て子ですよファッキン」
アタシは虎丸パパの、ありきたりだがお日様みたいな笑顔が好きになっていた。
へらへらでもにかにかでもねー、とにかく大きい笑顔、あーなんか虎丸パパに会いたい。まぁムスメかどうかなんてわかんねーけど。
あのママ上様は元気にやってるんだろーか。やれてなくたっていいよねウン、でもばぁちゃんには迷惑かけんなよ。倒れはすんじゃねー。別にママ上様がどうなろうと知らねーけど、別にね。でもばぁちゃん心配するし。ウン。元気かなーばぁちゃん
「お前がアタシ育てられるってんならどいてやらぁ、アァ?アタシを育ててみろやハゲ、たまごクラブひよこクラブだハゲ」
「ワケわからん、キチガイかこのアマ…」
いつの間にやら客は順調に帰ってくれてたみたいだ。アッレ、アタシ結構接客とか向いてるかもしんねー。ウエイトレスとかどうよ。門番よりいいかもしれんね。ふふん。
ごった返していた玄関には気付いたら誰も居ない。タイムリミットの六時まではまだあと二時間はある。
ずーっとヤクザ屋さんに怒鳴られ罵られしてたら怖くて怖くて、マヒしたみたいに体が重い。
怖いのと腹減ったのと、後色々混ざって泣いてもいいかなって気分になった。勿論そんなことしたら恥ずかしくてやってらんねぇからガマンだアタシ。
広い玄関に一人、歌える歌もなかったのでドナドナを歌ってみた。カラオケなんていかねーよ。ドナドナドーナー…
………後悔。校歌とかにしときゃよかった。
信州山野をかけめーぐりー
……腹減ったなぁ、もうお昼回ったか。
夕飯だけは食いはぐれなさそうでほっとした。
諏訪湖のほとりーさざなみよーああー








何人帰したか忘れた。最初っから数を数える気もなかったけどな。
気付いたら髭に、髭としか言えないオッサンが怒鳴ってた。なんだその髭、三国志か。アタシも好きだ三国志。
「オイ、さっさと組長呼べって言ってんだろ。ブン殴られてぇか」
殺す、犯す、マワす、売り飛ばす、ああもういい、もういいよ黙れ。怖いから黙れ。怖くないけどうるさいから黙れ。
気付いたけどさ、ヤクザ屋さんってみんなおんなじ事言うんだな。今日一日でこの脅し文句マジ聞き飽きたし。センセイとおんなじって事?そんなら無視するに限るぜ。
空腹もシンコク、そろそろ腹の鳴り具合もヤバイ。
家、あの家、ばぁちゃんの家で当たり前に貰ってた飯を貰うのにアタシは今ヤクザを追っ払う仕事をしてる。当たり前のことにロードーが必要になる、これが仕事なんだよなぁ。血が繋がってないってことは、ケイヤクってことなんだよなぁ。アタシは悪い頭だけど、バクゼンとだけどわかった。
「だから、会わないんだってば。もう分かったんなら帰れよ」
会わないって言えば会わせろって言う奴を帰す方法、知ってる人教えてよ。いくら根性自慢のアタシだって、そろそろ疲れてきた。
いくら無気力気取ったってショセンさ、アタシはただのガキだ。ここは東京、長野じゃないんだ。組長はアタシに仕事をくれてる。だったらアタシは仕事がどんなにくだらなくったってがんばらなきゃいけないよね。知ってる。ウン。泣いてない。泣いてる時間は過ぎてるぞアタシ。パパのおかげでアタシはここにいられてるんだよわかってるよ。
ジリツを覚えたアタシ、もう一人で立てるって思った。

「生きて親に会いたきゃ言うこと聞けやネェちゃん、」

けど、髭の一言でアタシはアクセル踏んじまったみたい。

「親がどこに居るってんだッ!」
思わず怒鳴り返してた。アタシはもともと沸点が低いんだ。
こんな仕事で生きていけるかっつーんだよバカ、知ってるけどわかってないフリしてたのにテメー髭、テメーのせいでグッチャグチャだコノヤロー。
「な、なんじゃいオウ」
「居ないってんだよ髭ェ、帰れ、アタシの仕事邪魔すんなッ」
「うるせぇこのアマ」
髭が掴みかかってきた。飛び上がって下がる。
怖くないっつーんだよ髭。超実は怖いけどな。でもパパが言った。アタシを受け入れたパパが言った。
眼を逸らすないいかきっと前だけ向いて睨むんじゃ。
わかったわかってるパパ、あの伊達組長、オッサン組長が雇い主なんだ、仕事をきちんとやる。
だからここにいる。
アタシは夢中で傘立てから傘を一本引き抜いた。スゲー、久しぶりに見たよ番傘、油の匂い。懐かしい。
オッサン組長が使うのかな、似合うだろなあのオッサン。そんなバカ考えたら落ち着いてきた。
ひんやりとしてきたのがわかる、傘の一突きで目くらい潰せるんだろ?
いいじゃん。傘を構えたアタシ、バカみたいでいいじゃん。似合うよ。
「帰れってんだよ」
「ガキがナメてんじゃねぇ、ブッ殺されてぇのか」
怒鳴り声だ。怖いか?怖いよ、怖い。
でも、信州闇夜を駆け抜けて東京に出てきた時に比べたらこんなものなんでもねぇや。
今ここにいていいって言ったパパ。
いる理由を作ったオッサン組長。
アタシはガキだけど、ガキってのは悪賢いって決まってる。へへへ、ここにいてくださいって言われるくれぇ頑張ってやらぁファッキン。
全てがファッキンだけど、そういうモンだって。あー虎丸パパに会いたい。昨日が初対面だってーのに。アタシってば思い込みがハゲしいんだよね。
飯が食いたい。出されたお膳、あれ、アタシ飯出されたのに食べなかったんだっけ?なんにもわかんなくなってきた。アタシは正しいのか?
わからん、けどこの髭は帰ってもらわないといけねぇ。
「テメェの犯罪歴にフジョボウコウ加えてやろうかッ!アァ?女子供ナメてんじゃねぇ!」
怒鳴りながらアタシはブラウスの胸をはだけた。見栄張って高いブラするんじゃなかった。寄せ上げしようにも集まらない胸、悲しさだけが増す。
髭がひるんだところにアタシは続けて怒鳴った。
「キャアって悲鳴上げてツーホーされる前に帰れ!髭!」
髭はこのキチガイとかなんだとか悪態を散々について、脅したけど最後には帰って行った。
チクショー雑巾がけとか皿洗いとか、フツーの仕事がしてぇよお。
玄関で傘もって座り込んだアタシ、やっぱりバカすぎてどうにもならない。
どうにもガマンならなくって、今度こそ泣いた。実はもう大分前に泣いてた。




「で、ウチの娘ッコがどうしてこうなったかとりあえず説明しろい」
珍しく虎丸が真剣に怒っている。電話で駆り出された桃はぎゃんぎゃん泣き喚きながら傘を振り回す半裸の女子高生に眼をやった。

事の次第は虎丸からも聞いていた。
自分の娘と名乗る女子高生が長野からやってきたのだが、どうにも精神が不安定だというので伊達の屋敷で簡単な仕事をさせながら落ち着かせようと思ったらしい。
というのもどうやら若者にありがちではあるが、自分がここにいてもいいかどうかに不安を覚える症状が強く現れていると言う。母親との関係もあり無理からぬ話でもある。
そこで伊達が、働かせてその代わりに飯を食わせてやることを提案した。仕事というのは生活の理由になる飯の理由になると難しく言ってみせた。
で、なにやら伊達が簡単な仕事を任せたらしいのだが。

「今日は使用人も休みの上俺も忙しかったんでな、客払いを任せた」
悪びれずに言う伊達に虎丸は青筋を立てた。
「て、て、テメェんトコの客ったらスジモンじゃねぇか!」
「そうだな」
「そうだなじゃねぇよ、そんな応対一人でさせるなんてテメェは鬼か」
シャックリが止まらなくなったらしい女子高生を伊達は顎でしゃくった。腹減ったと言いながら泣いている。喚いてもいる。
実に馬鹿馬鹿しい光景だった。桃は胸ポケットに入れていたカロリーバーをそっと差し出してみた。ひったくるようにして奪われ、ありがとうございばずと濁音交じりの礼を言われた。泣きながら貪っている。
「飯を出しても全く食いやがらねぇ、何度も呼んでも答えねぇで部屋で呆けてやがった。ちっとショック入れただけだ心配してんじゃねぇよ、俺がちゃんと見てはやってた」
「テメェが見てたんならそりゃ心配はねぇけどなぁ……にしても飯をかよ。俺のムスメが飯食わねぇってのは、そりゃ心配だな」
伊達は少し笑った。
「中々おもしれぇ見ものだったぜ、ヤクザ相手に泣きながらタンカ切りやがった」


「伊達ー、お前それでさ」
桃がのんびりと口を挟んだ。桃は女子高生を素早く手なずけており、泣き止みかけていた。その手管、見事である。
ああやっぱりバカの家系だと伊達は妙な納得のしかたをした。顎をさする。
「おう」
「……なんでこの子服脱がされてんの?」
虎丸がはっとしたように伊達を振り向いた。桃の顔には悪戯っぽさがある、全て見抜いているのにヤヤッコシクしようという魂胆が伊達には透けて見えた。
「伊達……テメェ……」
虎丸が立ち上がりかける。タイミングを見計らったかのように女子高生がすがりついてパパぁと声を高くして涙声を出す。
わぁあん、と女子高生が泣き出した瞬間、虎丸の疑惑は真っ黒に固まって伊達へと向かう。
「ケ、ケダモノにもほどがあっぞ!!」
「テメェのガキなんざ襲いやしねぇよ!!」
「う、ウソツケテメェはなんだってシレっと食っちまうタイプだ!!」


伊達と虎丸の舌戦が始まった。どうにも伊達の分が悪い。
遠巻きに見ていた桃は、女子高生が呟くのを聞いた。ぐずんと鼻をすする。
真っ赤な目にしゃっくりの止まらない肩。
ぐしゃぐしゃの顔はだが、したたかに悪賢い子供そのもの。


「ちくしょー、せいぜいパパに怒られろ。脅かしやがって、ふん、これからもこき使われてやらぁちくしょー、労働っていいなぁ」
そう言ってから桃の顔をみて、あ、やっぱりアタシサトラレ?とわけのわからないことを言って桃を少なからず困惑させた。

言動と脳内の一致しない情緒不安定過ぎる女子高生、ようやく家事手伝い見習いへの第一歩を歩みだす。


ササニシキ
 故郷の米は
  コシヒカリ
   なれど食うなら
    皆同じなり

モクジ
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