はみ出し上京、魔王来たりて
あーこれは知ってるアタシ知ってるアタシこれから海にドブンされるわマジ。コンクリだコンクリ。
「オメェを親父のもとへ連れてってやる」って?いいっていいって、いらないって。黙れハゲ。チクショー。前見て運転しろハゲ。
うるせぇ泣いてなんかいねぇっつーの。ただ情けなくってばぁちゃんに顔向けできないだけだ、バカ。
ノコノコ東京くんだり出てきたらヤクザにとっつかまっていきなり車ユソー中。運転はハゲ。隣オッサン組長。
ユソーでもソーゲイでもねーってこれマジ、ラチだって。
ばぁちゃんヘルプミー。
泣いてない、泣いてないったら。うるせぇ、アタシを見るなっつーの。
ヤクザ屋さんってなんかベッカベカの黒いベンツに乗ってるイメージだけどそーじゃないのな、これ軽だ。運転してんのはさっきのハゲ。似合わないっつーのバカ。
テントウ虫みたいな丸い形のちっこい車でアタシはラチラレ真っ最中。マジヘルプミーばぁちゃん。よく考えたらアタシの味方、無条件での身内の味方ってばぁちゃんだけか。せつねー。会い損なったパパ上はどうなんだろってバカ、そんないきなり押し付けられた娘がカワイイ訳ないし。意外とロマンに弱いアタシ、てか女ってみんなそうかもしんねぇ。うちのあの母親様みたいにな。アハハほんと、なんちゅう人生だよ。
と、みっともなく泣くのもここまで。いや違う泣いてない。泣いてないよーギリギリー。
アタシの青春ってのはまだこれからってハナシだ。これはマジ。
グダグダ死んでるヒマないし。ってかばぁちゃんどうすんだばぁちゃん。死ねないっつーの。
沢渡愚連隊の根性みさらせやボケ。愚連隊ってヒビキマジ古くてシビれるって篤子に言われたけどそれって褒めてなかったよね、今分かったゴメン。
脱出大作戦だオーライ。なにがなんでも長野は伊那市沢渡まで逃げ延びてやるし。
もうアタシマジテンション高くなってきた。っちゅーのもアタシの座らされてる後部座席の隣にさっきのオッサン組長が腕組みしてるんだよね。
で、マジ怒ってんの。見るからに。目ェ閉じてんだけどたまにギロってきてジロってきてむっちゃ怒ってるのわかるわ。
ここでアタシのスイリね。
もしかしてもう虎丸パパはものすごくこのヤクザ屋さんを怒らせちゃったと。うん、借金とかかな?そんな感じ。そんでもうとっくに殺されちゃっててこれからアタシを口封じとかか。うおーコンクリがガゼンゲンジツミを帯びてきましたよォ!死ぬ!
落ち着けアタシ。どんな時だってなんとか落ち着け。バラけて良い事ないって。うん。
アタシは膝の上に乗せていたRARADAリュックを抱えて、頭を伏せた。泣いてるよー泣いちゃってるよーって演技ね。自然だろうがこんなヤクザにラチラレてんだし、そんでそろそろーっと尻でもってドアに密着。
イヒヒヒヒそうだよそうですよ飛ぶ。次のカーブで減速もしくは赤信号で飛び出すよ。
心臓がイッテェー。あードキドキする、泣いてない泣いてないし。笑え、ヒヒヒヒちくしょうアタシ超ピンチ。泣かない、帰るし!
車のエンジンなんてトラクターとそうそうかわんねぇ。音でわかる、信州産現役女子高生なめんな。アタシはスピードが弱まるのを見て、ドアに手をかけた!
飛べ!!
「大人しくしてろって言ったろ。死にてぇのか馬鹿」
アーアー、振り向くのイヤ。アタマ、アタシの後ろアタマに刃物のチクチクが。チクチク。それも剣山とかのナマやっさしー奴じゃないの、アッキラカに凶器。オッサン組長さっきアタシ目掛けて使ったよねヤリ、おそらくそのヤリ。この狭い車ン中でどうやって出したんだよ。折りたたみか。
当然ホールドアップですよ。
勝てないイクサするのはバカ。アタシはバカだけど、そのへんだいじょーぶ。
バカじゃないのにいらない子だとか、世の中リフジン過ぎて泣く。泣かないっつーのに。もう帰る、マジ信州に帰る。帰るったら帰るんだアタシ。そんでばぁちゃんの手伝いしながら専業農家するんだってば。帰る。
ぬっとオッサン組長のらしきデッカイ手が後ろから伸びてきて、アタマをバスケットボールみたいに捕まれてグキグキグキグキ力入れられた。砕ける砕ける痛い痛いいてーなチクショー人の頭掴んでんじゃねーよバカ、泣くからな、マジ泣いちゃうアタシ。
ウソ、泣かない。
最後の抵抗だ特攻、車のシートにガムゴッシゴシにへばりつけてやったぜイヒヒヒヒヒヒ。自分のスケールの小ささにヘコむ。
ヘルプミーばぁちゃん、孫のピンチだ。
アタマを握られたままアタシ死ぬと思うと正直もうエンディングはバッドエンドしかねーや。
「てめぇの娘だ」
「え?コレ?」
虎丸は目の前にしゃがみこんだままベッソベソのグッチャグチャでウォンウォン泣いてしまっている女子高生と、腕組みをしたままあきれ果てた様子の伊達臣人の男前面とを何度も見比べた。
女子高生はひたすら泣いている。バカだとかチクショウ、繰り返し繰り返し泣いている。ローファーの足で床をガッツンガッツン蹴って泣いている。
「昨日連絡来てたんだろうが。ったく、ウチの事務所の前でずっと泣きながら飯食ってるのをウチのモンが見つけて俺に知らせてきやがったんだよ。そしたらてめぇの名刺持ってて連れて来てやったってのに…泣きやみゃしねぇ」
「そ、そらそーじゃけど…ホントに?」
伊達は虎丸のスーツに包まれた尻を草履の足でもって強く強く蹴飛ばす。虎丸は床の上で大きく跳ねて尻を押さえた。女子高生は泣き止む気配を見せない。
ばぁぢゃああああん、と一際大きく吼えた。
シンジュクタイガービル、会長室。言わずと知れた虎丸会長様の私室である。
「本当にてめぇの子なんだろうな」
尋ねられて虎丸、太い眉をへにゃりと下げて首を傾げた、
「しょ、ショージキわかんねー。だけど俺ゃあ女のコとヤる時ってゴムつけるしッてイっデェ!な、何するんじゃ伊達ェ!!」
伊達は力任せに虎丸のわき腹を拳で殴った。何を悠長なコト抜かしてやがんだとその強く痛い目が彼の槍より鋭く虎丸を突いた。
「これで何人目だと思ってんだ」
「え、えーと…三人目かのう」
「五人目だ」
虎丸の女関係は男塾卒業生の中でも群を抜いて手広い。それも上等な商売女ではなく、不幸だったり馬鹿だったりする女が多かった。頼られると任せとけと胸を叩いてしまう男である。したたかな女達は我も我もと虎丸の船に乗り込んでくる。嘘だろうがなんだろうが彼女達に関係は無い。
伊達などから見れば歯がゆくて仕方がない。どうして面倒をそう引っ張り上げてくるんだよテメェは、自業自得じゃねぇかほっとけと言う伊達に虎丸は鼻の下を擦ってほんの少し真面目に笑った。
だってよう伊達、俺はデッカイ男だから。
だからじゃねぇよ馬鹿、伊達は虎丸を馬鹿だと言った。そんな風に誰も彼も助けてやって、どうすんだと言った。
てめぇ自身が沈んだらどうすんだとは言わない。
代わりに、てめぇが沈んだら一番に笑ってやらぁと可愛げのないことを言う。
一番にと言うあたりが伊達という不器用な男の可愛げだと虎丸は言わずに胸にしまっておいた。
そしてまた、虎丸の目の前には彼の船に乗せてくれと言う人間が現れたのである。
「えーと、お、おいちっと泣き止めよ」
「どうせいらねぇ子だチキショウッすっぱり切り捨てやがってあのバカ母、アタシは何だッ」
聞いていない。鼻が出ている。
花の女子高生が水ッ鼻たらして泣いている。それはよくないと虎丸は派手なマスタード色のスーツの尻ポケットをさぐった。
くしゃくしゃに丸まったハンカチが出てくる。伊達の咎めるような視線が痛い。
「よ、ようこれで顔でも拭けや、な」
へっぴり腰で差し出したハンカチは野生動物のような素早さでもって女子高生の手にひったくられ、付けマツゲ取れるのも構わず彼女は顔をぐいぐいと威勢よく拭った。
ほっとしかけたのもつかの間、
「くさいッ!チクショウなんだよホント、東京マジふざけてる長野最高だっつーのばぁちゃん助けてばぁちゃんアタシ死ぬゥ」
虎丸の放屁に尻ポケットでひそかに耐え続けていたハンカチは女子高生のファンデーションとマスカラと付けマツゲの片割れに汚れ、伊達の面体目掛けてぶつけられた。伊達はうんざりとため息をつき、顔に触れる寸前に叩き落とす。いい加減この茶番のケリをつけろと虎丸の尻を軽く蹴って促した。
女子高生はコンクリで死ぬゥと叫んだ。そしてまた泣いた。
「の、のう伊達」
「なんだ」
「さっきからコンクリがどうのって、なんじゃろ」
「………さぁな、」
嘘も嘘、大嘘である。あの後脱出に失敗してギャンギャンと派手に泣き出した女子高生を伊達は槍とその口でもって散々にチクチクその恐怖心をいたぶったのだ。虎丸の身内だと思えば手加減の加減も甘くなる。また面白いように女子高生が泣くので、コンクリがどうのと調子に乗ってしまったことは黙っていた。泣き止ませようと頭を撫でてやったのがさらに煽ってしまったようである。
「オメエのバアさんからな、俺の名刺見たってんで電話貰ってんだよ。オメエをなんとか育ててくださいってよう」
女子高生は顔を上げた。目の周りは真っ黒ににじみ、赤くなった鼻からはビスビスと意味不明な音を立てている。彼女の記憶では、確かに祖母は夜中どこぞへ電話をかけたことを覚えている。祖母が何度も見えない相手に向かって頭を下げていたことも思い出された。だが一度始まったしゃっくりは止まらない。
「ばぁちゃんが」
「そ。ほんで、かかったお金は私が必ずお返ししますからそちらに置いてくださいって」
「う」
その言葉にまた女子高生の目から涙があふれた。少女の涙ってもっと綺麗なイメージあったんだけどのうと虎丸がガッカリするほどその泣きっぷりはみっともないものである。
「俺ゃソレに任せろって言った」
「なんで」
制服の袖でぐいと涙を拭う、擦れたマスカラとアイラインが尾を頬へと引いた。
ツッコミは早い。女子高生は泣いて泣いて泣きじゃくっているが、アタマは少しは回っているようだった。虎丸は不意をつかれて口ごもる。女子高生の言葉は追いかけてきた。
「アタシ、16だし。イマサラそんなハナシ、どう考えても押し付けだっつーのに」
「そんでも、オメエの母ちゃんは俺の子だって言うんじゃろ」
「バカかァ」
変に間延びした自分の声に驚きながら女子高生はきっと眉に力を入れた。太い眉である。伊達はその眉が目の前の誰より強いお人よしを連想する。
「そんなの信用するヤツなんか、そうそういないだろうがバカ。だってのに、」
だってのに母は自分に行けと言った。戻りは無い、切符を買っても駅が無いのと同じように。
女子高生は床に投げ出していた足を揃え、立ち上がる。制服の裾を手ではたいた。RURADAのリュックだけが頼りだと抱き締める。
帰る場所は無いけれども、ここに居るわけにはいかない。
そして迷惑をかけたワビだけは入れねばならない。
伊達は真っ赤だがその目だけは買ってやってもいいと口元を緩める。どうせ虎丸は、このバカはもう既に船へと乗せて港を離れているのだ。
「おい虎丸」
「なんじゃい」
「ウチの家政婦がこの間辞めてな」
「徳子さん?」
「なんで名前まで知ってんだよ。まあいい、それでだな…」
「おう」
虎丸は突然にっかりと笑うと、歩み寄って女子高生のアタマを下げさせた。
「わッ、なに、何すんだよ!」
「雇い主にアタマ下げンのは世の中の道理じゃろが」
「雇い主ィ!!?」
虎丸の手の平を押し上げて顔を上げた。先ほど散々自分を脅した、おっそろしい男前組長がふふんと笑って見下ろしている。
「伊達臣人っちゅうんじゃ、性格はヒネくれとるけど根性は曲がっとらん。ヤクザの組長をしとる」
「み、見ればわかるよ見ればァ」
「住むのはウチでいいじゃろ、ほんでオメエガッコは?」
「二学期」
「あーいいいい、ガッコなんて一年通わなくってもいい、いい」
「ああ、え」
女子高生はペースを乱した。何かおかしい、すごくおかしい。自分の世界だというのに自分が一番放り出されてしまっている。
だというのに会話は進む、自分の発した単語が勝手に会話を進めている。
唐突に会話は途切れた。
虎丸は髭面に子供っぽい笑みを浮かべて、
「おう、そんじゃお父様って呼んでみろや」
と言って盛大に声を上げて笑った。伊達は渋い顔をする、お父様ってツラかそれはと口にせずとも顔にありあり書いてある。
「ぱ、パパ」
少女のアコガレを、女子高生は口にした。自慢のパパ。やさしいパパ。
ホンモノでなくてもいい、今この髭面はアタシをムスメだと黙認してくれた。女子高生は感動した。
涙が出そう、出ちゃう。いや、泣いてない、泣いてないよ。意地を張る。
「パパ、か。へ、ヘッヘヘ、なんじゃ、ヤらしいのう」
「バカ」
「ヘヘヘヘ」
「………」
女子高生は涙目なのを隠しもせずに、そのパパをどつく。
ばぁちゃんアタシ、なんとかやっていけそう。いつか迎えに行くからね。女子高生は誓いを胸に、もう一度まだ信じられない幸せをかみ締めた。
「おい」
お父さんお父さん、魔王が何か言うよ!
私の肩に今にも爪をかけて、食らい尽くそうとしているよ!!
ぽん、と肩に手を置かれ、女子高生は跳ね上がった。完全に幸せと安堵に浸りきっていて忘れていた。
おそるおそる振り向く。
魔王が笑っている。
魔王は唇の端を吊り上げて笑っている。
「せいぜい働いてもらおうじゃねぇか」
ばぁちゃんヘルプミー。やっぱ帰る、帰りたい。
いますぐ信州帰りたい。マジ無理。帰る。
父やさし、
魔王はおそろし、
帰りたし
【五・死地・五】
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