はみだし上京、父を尋ねて
ウザイとか、イラナイとか、後消えてとか、
あんまり言わないよーにしてたんだけどなーアタシ。
だって言われたら悲しいじゃんか。意外とイイコかもしれないアタシ、こんな茶髪で付けマツゲばっさばさでも。
イジメとかマジ嫌いだし。マジだってマジ。
だから今アタシ東京目指して各停電車乗り継いでんの、田舎から。トッキュー高ェっつの、マジ高ェ。
だからっつーかなんなの?アタシいらない子っつーの?
泣いてなんかいねって、泣くほど未練なんかない。泣くっつーのはきっともっと離れたくなくてマジ本気だしてしがみついて、そんでもベリベリーって剥れた時だと思うし。
『ママといても楽しくないだろうし、幸せになれないよ?パパのトコで幸せになってね…バイバイ』
マスカラ取れないよーに気を使いながら泣いて、どこのケータイ小説だ。バカ、マジバカだ。マジとバカしかいえねーアタシもバカだけど、そんなセリフがツルツル出てくるこのヒロインぶった母親様は本気ホンモノのバカだ、バカ過ぎる。
ぽろぽろ涙なんか浮かべたってさアタシ知ってるし、つーか地域のヒトみんな知ってるし田舎だもん。アンタが新しいオトコと結婚するって知ってるしー。そのオトコがこのばぁちゃん家に転がり込んでくるにはアタシが邪魔で、そんで村の人にケーベツされるもんな。
アタシの世話ばぁちゃんにゼンブ任せといてさ、そんで?そんでそーいうコト言えるのが不思議すぎてわけわからん。
『彼が子持ちウザイってゆーし、アンタいらない、消えて』
まさかアタシの嫌いな言葉を腹の中とはいえ三連コンボされるとは思わなかったし、アタシってば意外とラッカンテキだったかも。
コーコーどうすんだっつーの。バカ。どーせバカコーコーだし行ってもいかなくてもせいぜい町役場に勤められたら勝ち組ってトコだけど。ばぁちゃん泣かすなよバカ。ばぁちゃんも謝らないでいいっていいって。あーマジしんどい、何がしんどいってばぁちゃんの泣き顔マジしんどい。アタシの敬老セーシンがしんどい。
十五の夜ってワケにはいかないけど、十六にしてアタシはまだ見ぬ父親に会いに上京することになった。
長野の夜は秋だってのにもう寒い。まだ泣いているばぁちゃんには悪いけど、アタシは荷造りに取り掛かる。
長野の朝は朝で寒い。盆地だから夏は死ぬほどアッツィけどもう秋だし長袖着てないとバイクはちょいツラ。バイクってもスクーターな。
パチもんプラダのリュック『RARADA』に農協と下草刈りとトラクター運転で貯めたバイト代で膨れたサイフ、着替え、水筒を詰めた。ミニペットとか面倒じゃね?イチイチ中身詰め替えるのってダサイ。ちょ、ばぁちゃんお土産だって野沢菜はちょっと…いや、いい、ありがとうばぁちゃん。え?オニギリ?バクダンほどあるでっかいオニギリみっつ、そんな食えねー…わけもねー。信州女子高生なめんな。バカ、泣いてない、泣いてないっつーの。
ちなみに東京の流行を押さえられている自信がまったくなかったんで、上下制服だったり。
腰イテーマジイテー。やっぱり無理してでもトッキューのっときゃ良かったかな。テレビで見たっきりの大都会東京新宿。つーか渋谷とか新宿ってもっと密集してるモンだと思ってたわ。意外と離れてんの。んで思った以上に東京ってアッツィのもう秋だってのに三十度とかある。干からびるかと思ったし。あとマジ制服でセーカイ。なにこのハイファッション集団。え、マジでそれで外歩いてんだ。テレビん中だけじゃねんだ。マジか。セーラー服でローファーってありがたいなぁ、普段は地下足袋履いてっけど。アレマジ山とか歩きやすいし便利なんだけど。
多分今アタシが歩いてる道一本に詰まってる人だけで、うちの下伊那郡沢渡界隈の人間とおんなじくらい居るわ。マジで。
こりゃー毎日毎日流されるワカモノってのが出るのもまぁわかるわ。前向いてねーとどこつれてかれるか不安にもなる。
だけどアタシは手元に行き先のメモも持って、尋ねる相手の名前もちゃんと頭に入れてる。
『虎丸龍次』
一枚の擦り切れた名刺の名前を見て、ああアタシマジ終わったかもってくらっとキた。なんだよこのハナバナしー名前、バカか。ドコのホストだっつーんだよバカ。ていうか一応会社の名前書いてあるけどこの虎丸パパが未だにここに勤めてるかなんてわかんなくね?つーかコレ手がかりってコレ?
たぶんつか確実に、あの母親様は虎丸パパに連絡とか入れてくれてるとは思えないし。
今、今ちょっと、クラっとキた。
あ、もしかしてアタシ今マジやべぇかもしんない。これは確実に流れ流されて水商売の流れ。
しかたねーとりあえず虎丸パパ様、頼むからまだこの会社に居てな。祈るよアーメン。うちは真言宗だったけど。
新宿歌舞伎町。よく歌舞伎町24時って特番組まれてる町にたどり着いた。どんな町かちょいワクワクしてたけど、
「なんだフツーじゃね?」
そりゃそーだ、昼間だし。人手はあるけどなんか干上がってる感じ。だからアタシは人にあんまりぶつからずにすいすい歩けた。そろそろお昼、電車ン中じゃ何にも食わなかったしお腹減ったなー。あ、ちっさいベンチあるじゃん。路地裏に背板の割れたベンチ発見。
アタシは迷わずピンクチラシベッタベタのベンチに腰を下ろし…下ろす前にリュックに入っていた数学のプリントを尻の下に敷いた。
お絞りだってあるし。モスの。手を拭いて、ばぁちゃんのオニギリ包みを取り出した。改めて見るとやっぱハンパなくでけぇ。片手じゃ重い。
水筒のお茶、でかいオニギリ。
もぐもぐ食べてたら声をかけられた。ンだよまだ食ってるっつーのバカ。見りゃわかんだろ。
「イッパンジンの来るトコじゃねぇよ、帰ンな」
おお刺青スキンヘッドサングラス、マジか。これはアレだ、東京名物ナンパか。そんなワケあるか、カツアゲ通り越したキョーカツか暴行だわコレ。
だけどまだオニギリが口の中に入ってるもんで、ちょっと待ってとアタシは右手を上げた。タンマ、タンマって何の略かわかんねーけどまぁタンマね。
ようやく飲み込んだ。ばぁちゃんせっかくなんだし中身は両方梅じゃなくって変えてほしかったなアタシ。ポケットの中で折れ曲がった名刺を引っ張り出して書かれたビルの名前を読み上げた。
「ええと、シンジュクタイガービル目指してるんですが教えてください」
なんかバカっぽい話し方になったけどいいよね、田舎モンだしバカだもん。刺青スキンヘッドサングラス、長い、ハゲは真っ青なシャツの腕を組んで笑った。金歯だ、マジこれほぼ金歯、もう釘付けだっつーの。
「学生のクセにサラ金かよ、腐ってやがんな」
「ココサラ金?マジ?」
ハゲはでっかい鼻を鳴らした。鼻の穴が奥まで見えてしまってアタシのテンションは下がる。
「しらばっくれてんじゃねぇよ」
「親父の職場なんです」
親父といえば親父、職場といえば職場、うーんウソじゃないっていえばそうだけど。アタシのビミョーな表情を読み取ってくれたのか、アタシの持ってる名刺を覗き込んだ。
「トラマル、リュージ…」
ハゲの顔つきが変わる。ウメボシの種を思い出すよねその頭に入ったシワ見てっと。あーさすがに足だるい。
「おめえこの人とどーいう知り合いだよ、この名刺どこで手に入れた」
聞いてろハゲ。つーか何、もしかしてすっごくディスティニーな感じだけどアンタがそうなの?それはカンベン、マジカンベン。
さすがにアタシそれは嫌だ。
「ち、父親だってば…」
「フカシじゃねぇな、洒落にならねーぞコイツはオイ、どうすっか…」
ハゲの頭にさらにシワ。アタシはいつ『おお娘よ』って言われても逃げられるよーに準備キメてた。アタシこー見えても小心者だし。勝てないイクサはしないし。
「組長!!」
湯気出しそーなほど悩んでたと思えばいきなりハゲは大声でアタシの座っていたベンチの後ろの建物へ呼びかけた。お腹減りすぎて気づかなかったけどここ一角なんかコギレイってか、なんか、人気ないってか…あ、ずっと同じ塀続いてるし私有地だったのか。ヤッベ。そんでもって今更だけどアタシが座ってたベンチの横はどうもその建物の勝手口らしい様子。
「どうした」
アタシがボァっと考えてるうち、考えまとまらねーうちにテレビだったらジャンジャージャジャジャンって感じのBGMが。聞こえた、ような。サッカクだけど。
勝手口から出てきた男、オッサンはえらくカッコイイオッサンだった。カッコイイけど怖いオッサン、オッサンの顔には六つのヒゲみたいな傷跡があって、その上時代劇みたいなキナガシ。
アッこりゃヤベーマジ。ガチでヤクザ屋さんの匂いがする。縁日に来るドンブリハラガケのテキ屋のオッチャンのパチくささなんてメじゃねー、これはマジだわ。パンチでもなければサングラスでもないのにこのオッサンは確実に、ウラ。
カザムキ変わってきたよね、すごく嫌なほうへ。
「組長!」
あ、やっぱり?だよねーですよねー、組長クラスじゃないとこの迫力出せませんよねー見たことないケド。アタシはちょっと冷や汗と一緒にヘラヘラ笑いすら出てきたし。マジ逃げたい。
「なんだ」
オッサン組長は腕組みしてアタシとハゲの傍までやって来た。一歩近づかれるごとにそのオットコマエが怖い。オットコマエだからこそ怖い。
「こ、これ…」
「名刺じゃねぇか。これがどうした」
アレもしかしてひょっとして、アタシは地面に落としたRARADAのリュックを腰をかがめて拾う。アーやだ聞きたくないなー、ハゲが親父だってのがまだ平和だった気がするゥ。うう。
ハゲは耳打ちの格好で手をオッサン組長の耳にかざした。
「娘さんだそうで」
声でけーよハゲ。バカ、マジてめー。泣くよ泣いちゃう、アタシ泣いちゃうんだから。長野から、出てきてみれば、親ヤクザ。五、死地じゃない七、五でまとめてみたよってアタシマジでバカ。
オッサン組長の顔が、一瞬で険しくなった。怒りって温度が上がると思ってたけど、すっげ寒い!凍るぅ!
「眉が太いな、似てないこともねぇ」
オッサン組長、それはシツレイちゅうもんじゃね?こちとら女子高生、自眉は自眉だけどさ。アンタほど怖い顔してないっつーの、こちとら田舎でも女子高生。
「はぁ」
「本当に…娘なのか?」
あ―――。
こりゃあきません。アタシなんて言っていいかわかんないけどとりあえずドラマみたいにオッサン組長を見上げて尋ねた。
「……、おとう、さん?」
わざわざ「おとう」と「さん」の間に一息入れたアタシって無駄に芸がコマイよね。首も傾げちゃうよアタシ。
その瞬間、
「誰が父親だ!!!」
耳がぶっ壊れるかと思うほどの大声で怒鳴りつけられ、どっからどう取り出したのやら全ッ然わかんねーけど物干し竿みたいなヤリ?ヤリだな、ヤリで足元払われてすっ転ばされた挙句頭を柄でど突かれる。その間一瞬、瞬きひとつも出来なかった。
で、間抜けなハナシだけどもうね気絶。ぶっつりアタシは気を失ったもん。死んだぁって思ったわマジ。
「この間抜け面、腹が立つほど似てやがんな…おい仏頂面、あの馬鹿呼び出せ!」
とにかく、
ばぁちゃん。東京マジこえー。帰りたい今すぐ。
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