重なるてのひら。

正月である。
温暖化はなはだしい昨今ではあったが、無事と言うべきか今年の正月は一面を雪化粧で彩られて始まった。
元日、ごく一部の帰省した塾生を除いた殆どが普段と変わらずに男根寮で新年を迎えることとなった。皆めでたいという気持ち以上に起こされずに寝ていられるという幸福に頭のてっぺんまで浸されており、全員が布団の中から這い出てきたのは10時を回った頃である。前日紅白歌合戦を、それぞれ白組派紅組派が決死の大鐘音エールで応援したため、ゆく年くる年が始まってからはほぼ全員が意識をそのまま失うこととなり筆頭の桃や根性の富樫に力自慢の虎丸、それに紅白を見なかったJや伊達、盲目の月光などが協力して塾生を布団へと放り込んで処理することとなった。伊達は伊達で、
「俺の布団がなくなった、仕方が無い、貴様の汚い布団で我慢してやろう」
と虎丸の布団を強奪して虎丸を怒らせた。その後虎丸が安らかに腕を胸の上で組んで眠りにつくJの布団へもぐりこもうとしたところを、伊達の「布団が薄くて寒い」の一言でカイロ代わりに引っ張り込まれることとなる。
一方桃は自分の布団には田沢と松尾が仲良く詰め込まれていたのを見つけて、弱ったなと頭を掻いた。
「桃、そいつら叩き出しゃあいいじゃろが」
と、富樫が自分の布団に足を突っ込みながら言うもただ桃は、弱ったなと言うばかり。どうしたんじゃ、富樫が聞く。
「フッ…、こんなに幸せそうに眠られたんじゃ、起こすのが悪くって」
「馬鹿、そんなこと言ってたらてめぇはどこで寝るんじゃ」
「そうだな、それじゃあ廊下ででもごろ寝するか」
富樫はため息をついた。俺達の大将は強くって清くって、それでもってとびっきりのお人よしで、なんてダチ思いなんだろう。ハタで見てて不安だぜ。
俺が面倒みてやらねぇとな。
富樫は兄貴根性を発揮した。彼自身は次男ではあったが、胸に思い出となって残る兄が自分にしてくれたように、自分もだれかにそうしてみるのが正しいように思われたのだ。
富樫は掛け布団をめくり、渋い顔で舌打ちしつつ桃をちょいちょいと招いた。
「え?」
「…狭ぇが風邪ひくよりゃいいじゃろ、よけりゃ来いや」
「悪いな」
「チッ、筆頭を風邪っぴきにするわけにゃいかねぇよ。お人よしも大概にしろってんだ」
桃は富樫の横に身体を滑り込ませながら顔をほころばせた。その笑顔に富樫はもう何もいえなくなってしまい、ぶっきらぼうにおやすみと言って、桃へ背中を向けた。かけ布団を巻き込んだため、桃の背中が部屋の寒気にさらされることとなる。
「おやすみ、富樫、よいお年を」
「あン?あー…おお、よいお年をな」
よいお年を、のタイミングで桃は富樫ごと布団を自分の陣地へと引っ張り寄せた。富樫が引きずられるようにして桃の陣地へ収監される。
富樫はまた舌打ちをして、寒ィかと聞いた。
「すまねぇ、ちょっとな」
と桃は答える。富樫はフンと鼻を鳴らして、返事もしないで眠りについた。

年が明ける。
年が明けた。
来年の年の暮れに向けて、一年を一日と考えると朝が始まった。





気づけば桃に背中から絞め技をかけられた格好で朝を迎えた富樫は目覚めた。普段はこの季節、寒さに盛大なくしゃみでもって目覚めるのだが、今日は空腹に眼を覚ましたのだった。
「桃か」
全く持ってこの、熱い死闘を繰り広げる、誰よりも熱い筆頭は体温まで熱いのだ。富樫は朝まで暖かく過ごすことができた。その一点に関しては昨日布団を半分譲ったことによって得られたメリットだったと認める。
桃はまだ自分に腕を絡めている。正直に言って身体はぎしぎしと痛む。こうなった桃は中々起きない。
「桃よう」
念のため呼んでみたが、返事は控えめな寝息とこんな時でもりりしい寝顔。
富樫は諦めた。寝ようと思えばいくらだって寝られるのだから、まだ寝ておこうと富樫は決めた。
どうせ正月だ。どこに行くわけでも会いたい身寄りがあるわけでもないなら、寝正月と決め込もうと決めた。
富樫は再び布団をひっかぶると、ずるずると怠惰な眠りへと沈んでいった。背中はあたたかい。








「わしが男塾塾長、江田島平八である――ッッ!!!」
例えば自分が眠っている間に布団の上に釣鐘を下ろされ、それを横から思いっきり打たれた時のような衝撃。といえばそれに近い。
ともかく塾生全員はマイクすら使わないその大声に文字通り叩き落された。桃と富樫も例に漏れず二人もつれ合って布団の上で跳ね上がる。
「な、なんじゃーい!!?」
「どうやら、塾長の招集らしい」
二人顔を見合わせてから、廊下を走って急ぐ塾生の気配に自分たちも送れないように学ランを羽織って校庭へと走り急いだ。
こういうとき、寝巻きまで学ランにしているととても便利である。
ともあれ、全員雪で白く染まる校庭へ急ぐのであった。








「正月である!!」
と、塾長は言ったように思われた。思われた、というのは鼓膜が破れないように耳を殆どが塞いでいたからである。
「百人一首である!!」
と、塾長は言ったように思われた。思われた、というのはそういうことだ。
鬼ヒゲが巨大な緋毛氈を抱えて校庭へと走ってきた。雪のちらつく校庭に、緋毛氈を敷き詰める。そこに何セットもの百人一首を並べていく。
雪白い校庭に狂い咲きの根性桜、目にも鮮やかな緋毛氈に百人一首と、とても風流な光景であった。だが、場所が男塾であるというだけで
「なお、武器の使用は許可する!存分にやるがよいぞ!!」
なんで百人一首に武器がいるんだよ…塾生の心の声はカンペキにユニゾンとなった。
「優勝者には、豪勢な『お年玉』を用意したわい!フハハハハ!」
どんぞこまで落ち込んでいたテンションが、一気に極限まで吹き返した。
おおおおおおお、と、怒号がうねりをもって校庭を満たす。
男塾名物、血まみれ百人一首が開催となった。











百人一首のルールは大まかにいってこうだ。これは男塾名物といっても変わりない。
対戦する二人がまず、一人25枚ずつ100枚の中から選ぶ。使用するのはこの50枚である。
二人向かい合って座り、左右に上下三段ずつ分けて自分の前にその選んだ25枚を並べていくのである。つまり、相手が並べた25枚は自分から見てさかさまに並べられることになる。
読み手が読むのは百枚のため、二人が選んだ札以外が読まれることもある。これを空札と言う。
自分の陣地の札を全て取りきれば勝ちである。しかし、読まれるのは自分の陣地の札だけでなく、相手の陣地の札もある。もし相手の陣地の札を取ってしまったら、相手の持ち札を減らすことになってしまう。そのため、相手の陣地の札を取った際には、自分の陣地から一枚相手の陣地へ送ることになる。
元自分の陣地の札のため、よく覚えている札を送れば、それだけ自分がまた取りやすくなるため有利になるのだ。
なにより、百人一首を覚えていることが重要で、上の句何文字かを読んだだけで手をだすことが出来る。

もちろんここは男塾。頭脳は腕力で補うことが既に予想された。
皆それぞれに得物を持ち、緋毛氈に正座した。

富樫の最初の対戦相手は月光であった。
二人向き合って、緋毛氈に正座する。
「な、なぁ月光よ」
「うむ」
札を並べながら、月光は静かに答えた。白い肌が寒さに少し上気しているのがわかった。
「……いや、なんでもねぇや」
富樫は黙る。そしてぶつくさと下の句を口で呟きながら必死に暗記し、死合い開始を待つ。
雪は降り積もり、学ランの肩を白く染めた。

富樫対月光は、圧倒的に月光が押していた。
月光の暗記は確かで、富樫が上の句を聞き終わった頃には、とっくに月光の棍に札が貫かれている。
富樫は百人一首なぞ知らない。下の句を読んでくれなければ、札を探すことすら叶わないのだ。
月光は頬に笑みを浮かべ、富樫の顔を覗きこんだ。富樫はこの雪のなか、額に汗をかいていた。どうやったら勝てるのか、どうやったら札が取れるのか、全く分からない。
「どうした、日本人ならば少しはわかるだろう」
「う、うるせぇ、勝負はこれからよ」
「フ…」
「あ、そうじゃ」
不意に富樫は札から顔を上げた。前々から思っていた疑問をとうとう口にする。
「なんだ」
「お前、目が見えねぇんじゃろ?」
「………」



その後、富樫は謎の巻き返しを見せ、一回戦を突破したのであった。




その頃富樫対月光の隣は伊達対虎丸。
虎丸は手も出せない。
絶対に出せない。
だって、対戦相手の伊達の横には、ものものしい姿の彼の愛器、よく手入れされた槍があるのだ。
うっかり手を出してみたら腕がなくなっちまうかもしれん。そんな、お年玉程度に命を張るわけにゃあいかん。
自分だって武器を、と思ったが一人で戦える武器は持っていなかったし、屁なんてここうものなら、槍で尻が三つに割れることになるかもしれない。
虎丸は珍しくしっかりと将来を考えていたのだ。全く虎丸が手を出さないため、伊達はわざわざ槍を使うこともなく手で淡々と札を取っている。
「おい、虎丸。取らないのか」
「取らん」
「何故だよ」
「だってそりゃおめぇ、その槍――」
腕組みして我慢の姿勢をとっていた虎丸は、口を尖らせて腕を解くと槍を指差した。伊達は全く気にした様子もなく、
「ああ、一応な」
と答える。そして、虎丸にニヤリと良くない類の笑顔を向けて、人差し指で挑発して見せた。
「それなら俺は槍を使わん。負けるにしろ一枚くらい俺から取ってみたらどうだ」
それにはさすがに虎丸も噛み付いた。前傾姿勢になり、札を睨みつける。残りは少ない。
こうなりゃお手つき覚悟、カンで勝負よ。虎丸はちょうど自分の目の前の札に狙いを定めた。
「あしびきの――」
上の句が読まれた。果たしてそれは虎丸が睨んだ札ではなかったが、虎丸は構わず手を伸ばす。
伊達の手が少し遅れて、間違っている札へ、虎丸の手の上に伸ばされた。その勢いでいけば、虎丸の手が真っ赤にはれ上がることは想像に難くない。
虎丸は思わず首をすくめた。やってくるであろう痛みを待ち受ける。
が、痛みの代わりに、伊達は虎丸の手を自分の手でもって意外なほど優しく包みこんだ。
「―――え?」
「手つきか、」
伊達は大して悔しそうな素振りも見せず、間違えたのはそれっきりでそれからは淡々と札を取り続けたのであった。
そして、勝負が決まると、札を一枚引き抜いて虎丸へ投げつけ、
「少しは考えるんだな。その頭、少しは働かせてやれ」
と、嫌味を言って立ち去った。
虎丸はその札を抱えたまま、なにがなんだか、とりあえず悔しい思いをしたのであった。
なお、その札は、
『忍ぶれど 色に出でにけり我が恋は ものや思ふと 人の問ふまで』
である。











とうとう決勝戦。
三号生は影慶の一人勝ちであった。勝因という勝因ではない。彼は素手であった、というだけで十分である。
二号生は意外にも江戸川が優勝した。赤石もこれには驚いたようで、人には一つくらい特技があるもんだと彼を褒めたという。



そして、一号生。
何故か伊達はその後目的は果たしたとばかりに棄権した。
飛燕は参加すらしない、富樫の側で静かに応援するにとどまった。
当然、Jは日本語が読めないために破れた。それ以上に誰も彼にルールを説明してやらなかった。だって、彼が外国人だということは知っていたのだが、彼なら百人一首を知っていて当然だと何故だか思い込んでしまっていたのだ。
雷電は桃と大熱戦を繰り広げたが、運悪く桃の側に『むすめふさほせ(最初の一文字がそれぞれ一つずつしかない)』が多くあったので破れてしまった。


桃対富樫。
何故か勝ち上がった富樫。何故、どうしてと言われたって富樫だ。根性。
それで説明のつく男である。


「手加減はしねぇぞ」
と、富樫。
「フッフフ、望むところさ」
と、桃。
二人それぞれに札を並べ、死合いとなった。
雪はどんどんと強くなり、緋毛氈が桃毛氈となりつつある。破れた塾生達は身を寄せ合い、二人の勝負の行方を見守っていた。
桃、富樫それぞれに声援が飛んだ。黄色くはないが、心震わす声援であることは確かである。


勝負は、意外にも泥沼にもつれこんだ。
殆どの塾生は桃の圧勝に終わるとふんでいた。実際賭けを始めていたものもいたほどだが、勝ち予想が桃に集まりすぎて賭けにならないために中止されることとなった。
桃は札へ手を伸ばす時に、時折正解の札の上で少し悩む癖があるようで、それを見た富樫はたたきつけるような勢いで桃が見つけた当たり札へと飛びつく。
富樫は手加減を知らないため、桃の手が下になったときはさぞ痛かろう。逆に桃の手が上になった時は、手がぶつかり合う瞬間強く叩かないように気をつけて優しく手を置いている。桃は優しいからのう、と松尾は少し嬉しそうに笑う。
だが、死合いも後半、桃は勝負を焦ったのかいきなり勢いづいた。
富樫が手を伸ばした札をその上からでも思い切り横なぎに払う。払い手といって、その札を上から押さえるのではなく横へ弾き飛ばす手法で、出が早く相手に取られにくいという利点がある。
桃は払い手を使い、富樫の手を容赦なく払いながら、ほんの三十分ほどであっという間に勝負を決めてしまった。
脚が痺れて立てない富樫に手を貸して立ち上がらせながら、桃は、
「痛かったか、悪い」
と富樫の手を気遣った。富樫は富樫で、学帽のつばを押さえながら、
「俺こそ悪ィ、手ェ冷やしとけや」
と。すがすがしいスポーツマンシップの応酬に、虎丸は手を叩いて歓声を上げた。

「のう、伊達ぇ、凄かったのう!」
そういやなんだか、最近伊達って横にいることが多いのう。とふと思ったが、持ち前の能天気さ、特段気にもしなかった。
伊達は頷き短く返事をした。
「ああ、」


お年玉ってなんじゃろ、そうはしゃぐ虎丸を尻目に伊達は桃の嬉しそうな顔を見、ため息を漏らす。

あいつサドッ気があるかもしれん。
あいつ、とは勿論桃だ。
あの、富樫の手を思い切り叩いた時の嬉しそうな顔といったら!
富樫の手を叩く、という動作そのものよりもむしろ、叩かれた瞬間の富樫の顔を楽しんでいるように伊達には見えて仕方がなかった。
よくなついた犬を驚かした時ののような、そんな驚き顔。
それから、自分の手を叩いてしまって申し訳無さそうにする富樫の顔。すまねぇ、桃。いいさ、勝負だ。そんな会話が今にも聞こえてきそうである。

欲しいまま互いの手を握り合って、さぞ満足だろうよ。
結局一度しか手を出せなかった自分がふがいなくすら感じられて、伊達は不機嫌になって虎丸の尻を蹴った。

雪も本降り。
優勝者がそれぞれ決まったところで、男塾名物百人一首は終着となったのであった。

















「伊達」
「なんだ」
殆どの塾生が部屋へと引き上げた頃合いで、桃は伊達を呼び止めた。二人がいる廊下には、他に人影も無い。
「虎丸に札やったんだってな、なんて札なんだ」
「……貴様こそ、富樫に札をやっていただろう。何の札だ」
見てたのか、そう言って桃は破顔した。眼を細めると雰囲気が明るく柔らかいものになったが、伊達は気を入れたままにしていた。

「君がため 春の野に出でて若菜つむ 我が衣手に 雪はふりつつ さ」
「色気より食い気か。フン」
伊達は苦笑した。桃は笑ったまま答えない。
「伊達は?」
「忍ぶれど」
「酷いな、」
「酷いか」
桃は伊達に背中を向けて、窓の外を眺めながら歌うような口調で声を弾ませて詠んだ。
「これは遊びじゃねぇから忍ぶ恋にするつもりだっていうのに、あんまりあからさまなもんだから最近、相手は誰だって聞かれてしょうがないって事だろ」
伊達は答えない。が、口元には笑みが浮かんでいるのを桃は見ずとも知っている。

「そろそろ真剣に考えないと、全員にバレちまうからな――これが脅しでなくってなんだっていうんだ」
「食べ物で釣るような、姑息な手は俺には似合ん。学ランが白くなるほどの雪のなか、お前のために山菜を摘んできたから、一緒に七草粥を食べようってか」


ふふん。
ふふふん。
二人は背を向けて別れた。
この勝負、引き分け。




余談であるが、桃に虎丸があまりにもしつこく「お年玉ってなんじゃ」と尋ねるので桃はその権利を虎丸にやったところ、
「これが男塾名物、お年玉である!!」
と、塾長から200キログラムの鉄球を屋上から落とされることとなった。
虎丸はなんとかそれをささえることに成功はしたものの、しばらく、
「正月なんざ嫌いじゃ、俺は今日から中国人じゃい!」
と意味不明な絶叫を吐き散らしていたそうである。


モクジ
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