十蔵ちゃんの特攻後・母撮影

「十蔵ちゃん」
そんな顔で呼ぶな。
俺は右手を振ってあしらった。楽しくお話が出来る状態じゃなかった。
「十蔵ちゃん」
袖をつかまれた。払う。俺はこれから死ぬかもしれねぇ。弱気虫に取り憑かれたわけじゃあねぇが、五体満足無事に帰って来られる保証もなかった。
これから俺は男のケジメをつけに行く。金蜥蜴、トカゲは尻尾を切るっていうが俺はアタマだ。アタマを落としたら、トカゲは死ぬ。
俺は今から俺自身から金蜥蜴を切り離しに行く。金蜥蜴は切り離されまいときっと俺に噛み付くだろう。数は力だなんて俺は思わない。
無言、得物の柄に手をかける。
呼ぶ声に答えたら、俺だってブルってしまうかもしれない。
「うるせえ」
「そうはいかないわ」
突き放すようにして家を出ようとすると、思ったよりずっと強い力で腕をつかまれた。元々丸顔ではあるが、てんで力は無さそうな母は全力でしがみついてきた。
「チッ、親の口出す問題じゃねーや!離せ!!」
「口を出すつもりは全然ないの、お願い十蔵ちゃん。こっちをむいて頂戴」
じゃあなんだ、この母親は。哀願するような声に俺はしかたなく振り向いてやる。
母は鬼のような形相というのを必死で作ろうとしたら失敗した、という顔をしていた。眉を吊り上げようとして失敗し、唇を結ぼうとして失敗し、何処もかしこも間抜けな丸顔。俺は悪いとは思ったが笑いそうになる。早ェとこ止めないと、今はシリアスやる時だってのに。奥歯に力だ。
「クッ……なんだよ、言いたいことがあんなら早く言え」
「十蔵ちゃんにこれを見てほしくって」
母はその顔のまま俺に向けて、手にした写真の束を押し付けた。
こないだ行った焼肉食い放題の写真か?店員がもう勘弁してくださいって泣き入れてきたとかそんなホノボノエピソードは今いらねぇだろ確実に。
裏返しになっていた一番上の写真を俺はため息混じりにめくる。
母はまだその顔を懸命に作り続けていた。俺が顔を背けると顔はたちまちいつものつぶれアンパン。つぶれアンパンてな俺が最初に言った訳じゃねぇ、親父が確か自分の愛刀にストラップを付けられた時のとっさの一言。


親父の腹に、親父の愛刀がぶっすりと突き刺さっている。親父の分厚くて硬い腹をしっかりと地面まで縫い付けていた。
まさかこのレトロ夫婦に限ってCGでしたってオチはねぇ。今時ケータイで濁音が出せねぇ夫婦だ。
ご丁寧に大の字に倒れた上半身裸の親父の腹から血がぶすぶすと噴出している。
その親父の隣には何でだか母が白装束で正座していた。

「オイ」
まさかこんな血生臭ェ写真オカズに二人のナレソメがどうのなんてかったるい話をするんじゃねぇだろな。聞き飽きたぜオイ。つうかアンタ、聞くたび砂糖っけ増えてるじゃねえか。嘘つけ。
「次のも見て頂戴。剛次さんと私、頑張ったんだもの」
何をだ。
聞いても意味がねぇ。母と会話は成り立たない。男女とか親子とかそういうチンケな隔たりじゃねぇ、多分世界が違う。

とりあえず次の写真を俺は手にした。
やはり親父の腹にはしっかり愛刀が刺さっている。血だって床に流れっ放しでさっきの横からの構図から、上から見下ろした図になっているだけだ。
というか、この写真の端にふさふさ写ってんのは間違いなく母の頭髪だ。カメラ覗きながら見下ろして撮影って病院呼べよ。何記念撮影してんだよ。
酔った親父がたまに語る武勇伝と言うにはあんまりにも凄絶なそれが、一気に安っぽい円谷プロの撮影じゃねぇか。特撮か。
それから三枚はどれもその状態を色々な角度から撮ったもの。


「オイ」
今度は少し、語尾をェ、に近づけて呼んだ。暴走族が良くやる発音で呼んでやると、
「なあに」
と結局全くいつもと変わらない返事。馬鹿馬鹿しくなってきた。いつまでも親父のヤキトリ写真を見てるのも馬鹿馬鹿しい。
「その次から方法になるの、ね、きちんと覚えて欲しくて剛次さんと頑張ったのよ」
何をだ。
良く見りゃ写真の日付がさきおとつい。二人揃って何やってんだ。

次の写真。
「あー…」
犯行時防犯カメラは容疑者の姿を収めていた、そんな写真。満面の笑みの母が親父の腹に刺さった愛刀に手をかけている。アンタが犯人だったのかよ。オイ。もうそろそろ俺もなんて言っていいかわかんねー。ものすごいアオリの写真なのはたぶん、撮影者が居なくて床にでも置いて撮影したんだろう。それより親父そろそろ白くなってきたな、髪の毛との境目がどこだかわからなくなってきやがった。
アンタ何やってんだ、そう呆れて咎める目を向けると母は勝手に次の写真に手を伸ばす。もう完全に鬼の形相作るの面倒になりやがったな。
唐突に俺は見つけた。
親父の、あの白髪頭が俺と母のいる玄関から続く廊下の奥、台所からちらちら見えているのを。こっちの様子を伺っている。でけえ図体隠れきれてねぇんだよ。
生きてんじゃねぇか。そこに。
別にほっとしてなんかいねえ。俺と親父は親子である前に男と男だ。なんだか段々よくわかんねぇがとにかくそうだ。

次の写真は、真剣な顔の母が親父の胸板に手を当てて何かしら考え込んでいるらしい写真。まさか涙の一つでも溢したりするのか。まぁよくよく考えりゃ、タイマーかけて撮影してんだ。演技だ。真面目にやれや。
馬鹿馬鹿しくなってやがった。
もういいだろ、そう思って顔を上げると、
「駄目、駄目、まだ」
とカタコトで言われる。真剣な顔しやがって、なりきれてねえんだよ。ケッ。



「うお」
次の写真はもう半分以上が血しぶきだ。母は笑顔で親父の腹から一文字兼正を抜き去った瞬間を撮影したものらしい。
だがタイマーのタイミングが合わなかったらしくて母の顔は半分見切れている。母の白装束は血まみれだ。だからなんでこの夫婦は白着たがんだよ、汚れんだろ血で。クリーニング屋も困ってるだろ、別料金もとられたって落ち込んでんじゃねぇよ。
次からは連写写真だ。競馬のゴール前みたいに。
親父が寝物語に話したアーサー王の伝説のような絵面だ。後でアーサー王は全てを切り倒す刀を手に入れたってエンディングが親父の嘘ッパチだって気づいたけどな。
アーサー王の役目の母は引き抜いたその勢いで転がって写真からフレームアウト。
何枚か後では血をビュンビュン噴出させていた親父がむっくり起き上がって、カメラを睨んで、おそらくウムだとかフンと唸ったらしい。格好つけて腕組みなんぞしてる場合か。
だが一連の動作を確認しようにも、とにかくすべてがブレブレだった。
もう母がとにかく一文字兼正を抜いたら親父が復活、それしかわからねぇ。

母が俺に何を見せたかったのか、わからねぇ。
ちらりと眼を動かしてその丸顔を見てみる。きらきらしてやがる、似合わねぇってつぶれアンパンがよ。
どうかしら?
どうかしら?
期待に満ちた目で見られようが、これでわかるかってんだ。
俺が舌打ちしてやると、母は手を伸ばして写真を取ると、一枚一枚見直し始めた。
あら、まぁ、
これじゃあ、ねぇ。
渡す前に見直せよ。親のそんな写真見せられたガキがどんなに育つか考えろ、こんなに育ったぜ、オイ。

母は困ったわ、なんてオットリやってやがって役にも立ちゃしねぇ。……来やがった、無駄に足音忍ばせて。
隠れきれてねぇって言ってんのに。

「一文字流、血栓貫」
多分親父としてはいきなり現れたって言う顔してんだろうな。バレてたっつうんだよ。
親父のがまだマトモな会話が成り立つ。少なくとも聞けば何かしら答えがある。
「何だそりゃ」
ウム、と腕組みをして見下ろす。親父の顔から体からは威圧感がビンビン来る。
ついさきおとついにこんなハラキリしといてよく歩いてられんな。
「己の体に網の目のように走る大動脈すべての急所を外し、自ら刃を突き立てる。それが一文字流、血栓貫」
そうかよ。
そうかよとしか言えるか、こんな自爆技。
「十蔵ちゃんがこれから赴くのは、死地でしょう」
母はまた俺の袖を引いた。写真はエプロンのポケットへ突っ込んでいる。まさかアルバムの1ページ飾るのか?
「ああ」
そうだ。すっかりこんな馬鹿ドラマに付き合っちまったが、これから俺は古巣だったはずの金蜥蜴とやり合おうって時だった。

「この技でね、剛次さんも死の淵から生還したのですって。十蔵ちゃんにも覚えて欲しくて」
「あ?」
親父を見る。親父は小さく頷いて、
「覚えておいて損な技なんざ、この世には無ぇ」
いつもの岩みたいなブスくれ面でそう言った。母は嬉しそうに親父に寄り添う。


それでさっきの写真かよ。
ブレブレの、二人がかりのこのコントみてーな写真が。
なんだか唐突に馬鹿らしくなってきやがった。こんな俺が、金蜥蜴切り離したくらいで死ぬかよ、死なねぇって。
目の前についさきおとついハラキリしてピンピンしてる親父もいる。
死なない。
肩の力が抜けた。ケェ、俺が金蜥蜴如きにビビってたんだとしたら俺もたいしたことねぇや。
ケッ。

「誰が俺が刺した剣抜くんだよ」
あ。
二人揃って、顔を見合わせる。
数秒たって、母はおそるおそる言った。親父の顔が渋くなる。
「………私、ついて行こうかしら」
「いらねぇよ!!」

どこの世界に母親同伴で特攻かける男がいんだよ。
俺は乱暴に家のドアを閉めて、飛び出す。



バイクはねぇ、徒歩だ。こないだ考えなしに斬っちまったからな。
ケッ。
つくづく格好つきゃしねぇ。






その後。
無駄な力が抜けたのか、俺は結局手足の一本も失くさない姿でかえってくることが出来た。
だけどな、これは親父のおかげでももちろんアンタのおかげでもねぇよ、聞いてんのか!!
「写真撮りましょう、ね、ほら、十蔵ちゃん」
撮らねぇって言ってんだろ!!

モクジ
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