シナモメトリト
連れ立って町を歩いてみたまではよかった。
思ったよりは風色が冬だったので、たちまち芯まで冷えていく。
しゅうしゅうと細く吹く。
きりきりと頬を切る。
つま先はすっかり冷たくなって、風呂に入ったらきっとじわーんと痺れそうなほど。
靴下が欲しいと富樫は思った。
「あーあ、靴下が欲しい」
口に出したその願望を、隣の飛燕は耳ざとく聞きつけた。寒さに真っ白になった頬に赤みがさす。
「おまえがそう言うなら…編もう」
「へっ?」
男塾を出た目的は単に、三号生のお兄様がたのお使いで酒を買いに行くだけのことだ。
商店街にある酒屋は男塾のことをよーく知っていて、その上塾生びいきだ。だから毎度安いがアルコールの目が飛び出るほどきつい、それでいて悪酔いしない安
酒を売ってくれる。ただでさえ大酒飲みばかりのお兄様方なのだ、半端な量では何度も酒屋と男塾との間を往復することになりかねない。そしてまとめ買いをす
れば多少は値引きをしてくれるので、預かった金を浮かせて懐にも入れたいというこすい算段もある。
富樫は飛燕を誘って酒屋へと向かった。
あの華奢な腕に荷物を持たせる気はもとよりない、ただいつも怪我した時に面倒を見てもらっていたので、浮いた金でラーメンの一杯でもおごってやろうと思っ
たのである。
人の金ではある。
が、もうすこしすれば、あの店に入って酒を黄色プラッチックのケースにずらずらと買えば自分の金である。
富樫は飛燕を誘って酒屋へと向かった。
「靴下だが、わたしが編んでやろうか」
「いいのか?…ヘッヘ、ありがてえな。つま先が冷たくっていけねえやまったくよ」
磨り減った靴底にはもうひとつばかり穴が開いて、雨の日雪の日に歩きでもしたらそれこそ悲しいことになる。
団子屋の前を通りかかる。つまらなそうに老婆がみたらしの団子を焼いていた。醤油のこげる匂いに思わず振り返る。とたんに袖を引かれた。いつからか気づか
なかったが、飛燕はしっかりと腕を組んで富樫に肩をぶつけるほど寄せている。歩きづらい、富樫が文句を言う前に飛燕が首をかしげて富樫を見上げながら口元
にふっと微笑を乗せた。
「どんな色がいい」
「あ?なんだっていいぜ俺ァ、足がぬくくなるんならよ」
「なら、おまえに似合う色で編もう」
そんな言葉だって、飛燕が言えばきらきらするのだ。商店街を歩く人は今の時間帯、ほとんどが主婦や老人である。だというのに飛燕は注目を浴びる。
顔立ちがきれいだというだけならここまで注目は浴びない、微笑みを浮かべ、まぶたと頬とをほんのりと赤く染めた表情はいきいきと幸せに満ちていてそれが目
を惹くのだ。
そんな清楚な美人がいかにも乱暴そうで頭の悪そうな顔の男と商店街を連れ立っている。それだけで注目が集まった。
「お、そんなら飛燕よう」
「なんだ」
富樫の肩に頭をくっつけて、幸せそうにぴったりと寄り添う。歩きづらいかどうかはこの際問題ではない。たとえパチンコ屋の前を通ってジャンジャンバリバリ
いっていても、ラーメン屋からトンコツを煮出した独特のにおいがただよってきたとしても幸せである。
ああ富樫、この不細工め。わたしの不細工だ。飛燕は富樫を絶賛している。
不細工で頭の悪い、底抜けのお人よしめ。
「靴下、桃の分も編んでやってくれや」
富樫はぽりぽりと頭をかいた。フケではなく砕けた木の枝が肩へと落ちてくるのを飛燕は一部始終を見ている。どうせ虎丸とじゃれあううちにツツジやなんやの
茂みに頭を突っ込んだに違いがなかった。
「………」
馬鹿。
飛燕は富樫の手の甲をつねった。刺してやってもよかった。
「足をひねった」
酒屋から出てすぐ飛燕は言い出した。富樫はケースを両手に担ぎながら、ああん?とケースを下ろすとその足元にひざまづく。
足首はまっしろで、どこも腫れた様子はない。
「足をひねった」
飛燕は言い張る。
「すまないがわたしはもう歩けない」
なおも言い張る。
「あるけねぇか」
「あるけない」
そっか、と言うと富樫は飛燕に酒ケースを見ているように言いつけて一人立ち上がる。富樫は酒屋に戻った。返品にではない、荷造りをするためのヒモをもらい
にである。
飛燕はじっと富樫を待っていた。一人待つ飛燕に、この場にいない富樫へ非難が集まった。
あんなきれいなの待たせて、男は何やってんだ。
理不尽な非難が集まる。が、富樫へは届かない。
飛燕は動じずにすっくと商店街の真ん中に立っている。
おまえはいつもそうだ。呟く息は真っ白。夕方近くのうす曇。
向こうから駆けてくる、馬のように猛々しい男がいとしい。
「おい、しっかり掴まれや」
「こうか」
飛燕は富樫の太い、学ランの襟に包まれた首に腕を回してしがみついている。膝裏と背中に富樫の腕が支えとなって抱き上げてくれていた。
背中に酒ケース、腕に麗人。
冬の商店街をざっざと歩む。滞りなく歩む。
もつれた。よろけた。
けれどとまらぬ。
腕にしっかりと抱いた飛燕の体、特に足を決して傷つけぬようにと富樫は最新の注意を払った。
飛燕は富樫の顔に自分の顔を寄せて、耳にさらりと囁いた。
「置いて行ってもよかったのに」
富樫は怒った。目を剥いてぎろりとにらむ。思った以上に顔が近くて、美貌に鼻息がかかりそうだったので顎をのけぞらせた。他の誰かならそんなことそれこそ
屁がかかろうが気にしないが、飛燕なら気にしなければならないような気がしたのだ。
「バァロ、誘ったのァ俺じゃねぇか」
ンなことできっか、富樫はぶっきらぼうに言うとまた前だけを見た。
そして、
「見世モンじゃねーや!道ィあけやがれ!オラ」
足を蹴り上げ、唾を吐きかけるようにして商店街の皆様を威嚇する。首筋がこそばゆかった。
ざっざと歩く。
肩にまわした紐がぐんと食い込んだ。水物が重いのはわかりきっていたことだがそれに加えていくら華奢だとは言っても男子の体重が加算される。富樫のふくら
はぎは痙攣し、さっきまで血の通っていなかったつま先は力を振り絞って地面を蹴って前進を促していた。
「なら、酒を後回しにすればよかった」
「酒買いに来たんだよ酒をォ」
いいからしっかり掴まってろとしかりつけ、ずり落ちてきてしまった飛燕の腰の辺りを抱えなおす。
「どっちも捨てないんだ、富樫は」
「ったりめぇだ」
飛燕を置いて酒を先に男塾へ運ぶのは当然駄目な男だ。
酒を酒屋に戻し、飛燕を男塾へ運ぶのは普通の男だ。
なら、酒を背負い、飛燕を担ぐこの男は?
「富樫」
「んだよ、ゆれるってんならもうちょいガマンしろい」
いいえ。
「靴下、楽しみにしておくといい」
「ヘッ」
汗を散らしながら、歩きながら富樫は笑う。
「特大を作ろう」
「ま、なんでもデケェのが一番じゃ」
特大とは言った。
言ったが。
まさかクリスマスなんて横文字の行事が行われるなんて思っても見なかった富樫は、クリスマスの夜中飛燕がすっぽりと靴下に入って寝床にもぐりこんでくるこ
とは予想だにしていない。
尚、桃はピンクの靴下を一足もらった。
「これは暖かいな、ありがとう飛燕」
「いえ、いいんです」
飛燕は髪の毛をさらさらともてあそびながら今日もせっせと編み物をする。
次は二人すっぽり入れるような靴下を。
飛燕は上機嫌だ。
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