お礼詰め合わせ・秋
お礼その1.掛け合い
桃が富樫で遊んでいる。
富樫がむきになっていきり立つ。桃がまぁまぁとなだめる。
なにかきわどいことでも言ったんだろう。
俺には係わり合いのないことだ。
伊達は腕組みをして、教室の後ろの席で一人でいた。
巻き込まれたくない。
だというのに桃は笑顔でやってきた。
「なんだよ」
「…フッフフ」
「にしても、お前毎日よく富樫で遊ぶな」
桃は人差し指を立てた。
「富樫とかけて」
桃は期待の色をうつした目で見てくる。
「富樫とかけて」
桃は繰り返した。伊達はため息をついて言ってやる。
「…富樫とかけて」
「九月になってもまだ暑いととく」
仕方なく繰り返す。
「……九月になってもまだ暑いととく……」
沈黙。
「………その心は?」
面倒だった。が、言わないと終わらない。
「秋(あき)がこない」
勝手にやれ。伊達は立ち上がると振り切るようにして、得意顔の桃に背を向けた。
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お礼その2.かけあい2
伊達は恋わずらいだな、桃のその言い方は気に入らない。
誰にだ、お前に?まさかな桃、俺はいたってノーマルだ。
は?……あの馬鹿?違うな、違うぜ。笑っちまえるほど違う。
…違うって言ってんだろうが。
桃のすまし顔が腹が立つ。
「虎丸の気持ちとかけて」
だから虎丸なんざ好きじゃねぇって。聞け、俺の話を聞け。
「お前の槍のととく」
……くだらん。別に俺は聞きたくなんかねぇ。おいその顔やめろ、にやにやしやがって。
なんだ、俺が虎丸ごとき気にしてると思うのか?だから違う。
「…………そ、その心は」
フン。
言いたいんなら聞いてやる。聞いてやるからさっさと言え、そしてとっとと離れろ。
「スキがない、なぁんて」
………俺の獲物を持って来い!!!!
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お礼その3.寝床
急転直下の秋来秋。
もうあと何度か温度が下がれば息が白くなりそうな秋である。
朝目覚めてみると、自然と布団にくるまっていたのに富樫は気づいた。
つい昨日の昨日まで布団など跳ねっ散らかして、腹だしマラ出しで寝ていたというのに窓から入り込んできた風はどう見ても秋の風である。
ああ、夏もついに行ったかよ。
富樫は空鼻をすすって包まっていた布団から顔を突き出した。まだ窓から見える外は薄暗い、もう少し包まっていてもいいだろう。四時ごろというところか。
腹は減っていた。だが、大人しく眠っていられる朝というのは何物にもかえがたい。
と、隣の桃の様子が気になった。
ぐっすり眠っているのだろう背中の上下が規則正しい、そして、
「布団ぐれぇかけてねろや、桃」
富樫は起き上がって呟いた。桃はまだ一人夏なのか、布団をかけずに寝ている。別にあちらこちらへ布団を蹴りだしているわけでもない、姿勢も正しいまま。
「桃、」
よいせ、と勢いをつけると富樫は桃の足元につくねられていた布団を気まぐれに広げると桃の腹にかけてやった。
富樫自身、母親にそんなことをしてもらった記憶は無い。富樫の記憶はどこまでさかのぼっても兄から始まっているのだ。
桃の肩に手をかけてみて富樫は驚く、ひんやりと冷えてしまっているではないか。
あんちゃん。富樫は不意に、なきがらとなった兄を思い出してしまった。
「桃、おい」
揺さ振ってみる。うん、うう、眠っている桃は無垢そのもののあどけない寝顔で富樫に揺さ振られるままになっていた。
ひんやりと触れた肩が、富樫の手の平の温度で少しは温まる。起きそうにもないので、富樫は布団を広げて桃の肩までかけてやろうと足元から覆っていく。
今日は日曜、天国の日曜。まったく安息日とはよくいったものだ。
桃がうっすらと瞼を持ち上げた。見下ろしてみて気づいたが、こいつ随分まつげが濃いなぁと富樫はぼんやりと毛布をかけようとしたところで動きを止めてい
る。
「……富樫、なんだ、寒いぜ?」
見ようによっては富樫が布団を剥ごうとしているように見える。桃の顔は明らかに、しょうがねぇ奴だな富樫、寒いのか?なんて甘やかすような顔になってい
る。
違うって、そうじゃねぇんだよ富樫は言葉を飲み込んだ。
「一人寝が寂しいって年か?」
桃の問いかけはからかいの色が強い。ここに来て富樫は開き直ることにした。
いいか、いいさ。
だって今日は聖なる安息日、日曜日。
富樫は布団をかけてやると、桃のすぐ隣に足を突っ込んだ。もぐりこむ。
桃は待ち構えていたかのように、身体をずらして富樫一人分のスペースを作って待ち構えている。
ちぇっ、富樫は下手糞な舌打ちをした。もぐりこむなり桃の腕が富樫の背中に回った、抱き枕のように抱え込まれる。
「甘ったれやがって」
せめてもの憎まれ口、桃の髪の毛は富樫と同じ石鹸の匂いがする。だが自分ほどバサバサゴワゴワしていない、何がどう違うのだろう。
「あたたかだな、富樫」
そんなこと言われたら、富樫は降参である。
富樫は冷たい桃のつま先を、自分のふくらはぎにはさんでやった。
遅れに遅れてやってきた秋。
そのはじめの安息日は音を吸い込むこぬか雨で、富樫と桃はくっついて怠惰に眠り続けていた。
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お礼その4.朝飯
今日はどんな朝飯にしましょうか。
私は調理場のイスに腰掛けて、届いた食材を眺める。
主人である伊達家家事取締り筆頭、通称仏頂面。
組長の伊達臣人にささげる朝の膳に頭を悩ませているところであった。献立は仏頂面が定め、その指示によって料理人が動くといった仕組みが出来ている。
よって、仏頂面が献立を決めねば事は進まない。
料理人がおずおずと声をかけた。仏頂面、と呼ばれるにふさわしい仏頂面である。辞書をひいたらこの顔が載っていても違和感がない。
眉間をすり抜けて額にまで届きそうな皺、引き結ばれてつっぱっている口元。
「あの、どういたしますか」
「そうですねぇ」
答えた声は硬い。ずらりと食材を並べているのに、何がそんなに難しいのだろう、料理人は急に不安になった。
この職場、主人は恐ろしいし確かな舌の持ち主だけれど、腕を存分にふるえるしいい食材も仕入れてもらえるしでありがたいと思っていた。このままクビはカン
ベンしてほしい、年輩の料理人は清潔重視というより年に負けたハゲ頭に冷や汗をかいた。
「今日は随分寒いでしょう」
独り言か?と思ったが、料理人は、
「は、そうですな」
と答えた。
「あたたかな料理、汁物がいいかと思うんです。にゅうめんとか」
「はぁ、ちょうど残ったいただきモンの素麺がありましたわいなぁ」
「そうしますか、朝なので軽いものでいいでしょう…うん?」
仏頂面は首を傾げた。考え込んでいる。
「なじょしましたか?」
思わず国言葉が出てしまった。料理人は恥じて頬に苦笑を浮かべる。
「昨日は虎丸さまがいらっしゃっていましたね。何をお出ししましたっけ」
「ええとですな、メインは花豚の三枚肉を茹でて薄切りで、タレは醤油にニンニクに炒りゴマタカノツメです。それをたっぷりの野菜の上に。飯は大根を細切り
にして昆布だしと炊き込んで…あとは椀です」
「椀は何を」
「けんちん汁です。すましにしようかと思いましたが、飯をよう召し上がる客人なんでそうしました」
「そんなに精をつけるものは、ないですね」
「は?」
精をつけるもの、たとえばウナギだとかヤマイモだとかそういうものだろうか。
怪訝な顔をする調理人に仏頂面は誤差と言っても差し支えないほどに微量に微笑んだ。
「いえね、昨夜から随分冷え込んでいるでしょう」
「はぁ」
何を言おうというのか。
「精をつけていれば、寒さの手助けにあってあわよくば同衾――と思ったんですけれどね」
あのムッツリ助平、ふん。仏頂面は小さく呟く。
同衾?ますます訳が分からない、料理人は仏頂面の仏頂面を見つめた。眉にかかる前髪の一筋が白くなっている、まだそんなに年でもないというのに苦労が知れ
るというものだ。
「事後だというなら朝食はいらないと思って。それなら昼食にしっかりとしたものを出そうかと」
「昼食ですか」
まだ朝の七時だ。それも日曜日。昨夜の寒さがそっくりそのまま続いて、しとしと雨が窓の外ではけぶっている。
「ほら雨も降っているでしょう、雨の日曜日はなんだか怠惰を働きたいものです」
怠惰という言葉の似合わない仏頂面、今日もしっかりと朝から気を張り詰めた仏頂面である。
「そうですなぁ、雨なら出かけるのも面倒になって」
「なら、昼食までこの食材は保留しましょう。すみませんけれども」
仏頂面は今度は見て分かる程度に笑う。料理人は一礼し、とりあえず痛みの早い魚からしまい始めた。
「ぴろうとおく、という余韻を残しておかないとドヤされますからね」
使い慣れない横文字を舌に乗せてみて、仏頂面はひそやかにふふふんと鼻を鳴らして笑った。
主人思いだと自画自賛をしていたところに、
「のう、なんか食うモンないかのう、俺ゃ腹が減って減って」
と、数分たって当の虎丸本人がスタスタ腰をさすりもせず歩き方も見出しもせず瞼を腫らしもせず声も枯らしもせず歩いてきてしまった時の仏頂面の落胆ぶりと
いったらなかった。
だが、それ以上に落胆しているだろう主人をおもんぱかっていつも通りの仏頂面でハイタダイマ、と答えるしかできることは出来なかったのである。
秋の朝、あわただしく飯の炊かれる湯気が換気扇をくぐると雨空へと昇って行った。
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