お礼詰め合わせ(1〜5

モクジ
お礼詰め合わせ1
もういくつ寝ると。
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ねーうしとらうーたつみーうまひつじさるとりいぬいー

ねーうしとらうーたつみーうまひつじさるとりいぬいー

ねーうしとらうーたつみーうまひつじさるとりいぬいー

呪文のように唱えながら、虎丸は来年が寅年であることを何度も何度も確認し、年賀状に墨をたっぷり含ませた筆ででかでかと『寅年』と書きつけた。


ねーうしとらうーたつみーうまひつじさるとりいぬいー

「なんじゃそりゃ」
「年賀状、オメェは書かねぇのかよ富樫」
富樫はウウン、と呆れたように顎に手をやった。周りを見渡す。
だってよ虎よう、富樫は遠慮がちに言った。虎丸があんまり張り切って墨をすっていたからである。
「だってなんじゃ」
「誰に出すんじゃ、ここに俺も桃も伊達も、それから松尾に田沢みんなおるじゃろ」
ねーうしとらうーたつ、

あ、
虎丸は筆をおっことした。
擦り切れ畳にびしゃりと墨がしみる。
虎丸はがっかりしたようであった。
「だってよう、今年ァ俺の年じゃからよう」
そう、未練がましく『寅年』と書かれた一枚きりの年賀ハガキを見やった。
来年は寅年で、自分は虎丸。
ちょっと嬉しかったので、年賀状を出そうと思ったのであった。

だが、出す相手がいない。
いないわけではない、みんなここにいてしまっている。

あーあ、虎丸は急にやる気をなくしてしまった。
富樫はちょっと責任を感じてしまって、虎丸の書いた一枚きりの年賀ハガキを取り上げた。
墨をつけすぎてびしょびしょ滴る『寅年』を、うまく書けてるじゃねえかと柄にも無いお世辞を言う。
「ヘッ、今更遅いんじゃ。もー俺はオメェに金輪際年賀状出してやらん」
「そういうなって、悪かった。俺も手伝うからよ、な、手渡しでいいから出そうぜ」

富樫の提案は虎丸の気に入った。
そうじゃ、別に手渡しでもいいもんな。
虎丸のやる気は再び盛り上がる。
二人協力して、年賀状の作成にかかった。

「お前はいいよな虎丸」
富樫はしげしげと、その年賀状を眺めてうらやましげに声を上げた。
「あン?」
「虎に、龍。オメェ十二支のうち二つも持ってんだな」
言われてみれば、と虎丸はおお!と手を叩いて喜んだ。
「ほんとうじゃ、ヘッヘヘ、俺の名前はすげえや」
「おう、すごいもんだ」
虎丸は気をよくして、十二支を持たない親友の肩を叩いた。ちょっと力が強くて、富樫はぶれた。
「そんじゃよ、俺は今年『寅』で年賀状出すから。再来年の『辰』は譲ってやるよ」
「譲るって、」
虎丸は墨の付いた筆を振り回して、歌うように大声で言った。

「ねーうしとらうー富樫みーうまひつじさるとりいぬいー」

馬鹿。
富樫は笑った。
だが嬉しかったので、富樫も唱えた。
「ねーうしとらうー富樫みーうまひつじさるとりいぬいー」
「ねーうしとらうー富樫みーうまひつじさるとりいぬいー」

二人は顔を見合わせて笑った。
幸せになった。








「桃」
伊達は困ったように肩をすくめて馬鹿二人を顎で示した。
桃は微笑んでいる。いいなぁ、なんて微笑んでいる。
「なんだ、伊達」
伊達が珍しく言葉を選んだ。
さすがに伊達といえども嬉しそうな馬鹿二人に遠慮をしているのだ。

「来年は丑年だって、早く教えてやれよ」
桃は何も言わずにただ、微笑んだ。



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お礼2
ひそかに自慢
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桃は上機嫌だった。
このふわふわあったかくて幸せな気分を誰かと分かち合いたいと思った。
しかし、上機嫌の理由が理由のため、口をつぐむ。

自慢したい。
自慢したい。
なあ知っているかと、吹聴したい。
俺は知っているんだと知らせたい。

秘密にしたい。
秘密にしたい。
ああ知らないんだと、優越感に浸りたい。
俺だけが知っているんだと隠したい。



はざまで揺らげて、かたぶきよろめく。
桃はどうしようかとその場に座った。ちょうどよく桜の木の根元、寝っころがって桃色雲の下。
小さな幸せを、何度も何度も転がしてはさする。ああ、ある。

それはついさっきのことであった。
富樫と連れ立って歩いていると、夏のしまいの風に乗って一匹のぎんやんまがどこからか飛んできて、富樫の後ろ頭にぶっつかった。
不時着だ、と桃が言葉を発する前に、富樫はああなんだなんだ畜生と文句を言って、ぶんぶん暴れるぎんやんまを乱暴に手でもって叩き落とそうとしている。
待てよ、と桃は止めた。後ろに回り込む。
ぎんやんまが薄い、向こうまで透ける羽をびいんと打ち鳴らした。
何とかしろい、と富樫は首をすくめて唸った。ぎんやんまは叫びもしない、わめきもしない、だが諦めず、富樫の髪の毛にひっからまったまま脱出しようともがいている。
桃は器用に髪の毛をほどいて、ぎんやんまを外した。
取れたか、富樫は喜んだ。
せっかくヤゴから立派なぎんやんまになれたんだ。殺すことはないだろう、桃は言う。
桃の手の平からぎんやんまは飛び立った。滑空していく。あっという間に見えなくなった。
それを見送りながら富樫はちょっと恥ずかしそうに、そうだな、とだけ言った。

そういう、素直な富樫はいいな、と桃は少し幸せになった。
第一の幸せ。
そして、乱してしまった髪の毛を戻そうと一房摘んで、
あ、
と声を上げた。
なんじゃい、富樫が尋ねる。

一本、白く光る筋。
いましがた飛び立ったぎんやんまの背と同じ色をしている。

若白髪だ。
はじめての若白髪だから、大事にしてやらないと。
誰も知らないんだろう、富樫も知らない。

桃は上機嫌になって、若白髪の上から黒々髪の毛をかぶせて隠匿した。



どうしようか、
どうしようか、
言いふらしたっていいか、
だけど秘密にしたい。

桃は幸せにどっぷりつかって、贅沢な二者択一を味わう。
ぎんやんまがすいすいと、その寝転んだ頭の上を飛んでいく。

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お礼詰め合わせ3
15センチの伊達
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ちょうど15センチサイズの伊達を見つけた。
壊さないようにそっと摘み上げたのに、扱いがへたくそだと罵られた。
「なんだよ、そんでおまえなんだってちいっさくなっちまったんだよ」
「呪いだ」
呪い。中々物騒な話に虎丸の太い眉が寄る。
「どういう呪いだ」
「ああ、それはよくわからんが想い人と心が通じると解けるそうだ」
虎丸は伊達をかわいそうに思った。手の平に乗せて、頭を指で撫でてやる。それが気に障ったのかやはり小さな槍を爪の隙間に突き刺された。痛い。
「ってぇえなぁ!!なんじゃいヒトが心配してるってのによ!」
虎丸が吼えると、伊達は小さくても伊達らしく胸を張ってフンと顔を反らす。
「同情なんざされたかねぇよ、虎丸ごときに」
「ご・と・き?」
てめぇこのまま握りつぶしたろか、と虎丸は眼を剥いて怒った。
「お前みたいな、ハンパもんは嫌いなんだよ」
伊達は虎丸の手の平の上で遠慮なく胡坐をかいた。昔手の平にカブト虫を乗せた時のような、ごく軽いその重み。
嫌いだと言われて、虎丸は声を荒げた。しかし顔は真正面にでなく、首をひねって直接声をぶち当てないように配慮はする。
「俺も嫌いじゃ。てめぇみたいなカブト虫」
伊達は黙っていた。
誰がカブト虫だと、いつものように皮肉げにあしらって欲しかった。うるせぇボケ丸がと尻を蹴られたっていいとすら思った。
だのに伊達は黙って座るだけ。
酷く悲しかった。

「伊達ェ」
虎丸は悲しくて呼んだ。
「なんだ」
「てめぇがそうじゃと、俺はちょっと嫌じゃ」
「…そうかよ」
小さな伊達はうつむいた。
どうしてこいつなんだろうとうつむいた。
どうして自分が見られたくない姿をこいつは見つけてしまったのだろう。
伊達は憎たらしくて呼んだ。
「おい虎丸」
「なんじゃ」
「やっぱり俺はてめぇが嫌いだ」
虎丸は首を振った。
「俺は嫌いじゃあねぇ。おまえは口は悪ィがやさしい奴じゃ」
「俺はてめぇ嫌いだって言ってんだろボケ虎」
「俺は嫌いじゃねぇって」
「嫌いだ」
「好きだって」



桃色のもやが途端に吹き上がって、伊達を包んだ。
脚が伸び、腕が伸び、肩が盛り上がって、首をしならせ。
たちまちに、みるみるうちに伊達臣人であった。
「だ、伊達ェエエエ!!」
虎丸は感極まって飛びついた。伊達は受け流すと尻を蹴飛ばした。虎丸は顔面から地面へ突っ込んだ。

「フッ……も、戻りやがった…」
槍を一振り。やはりこうでなければ。伊達は喜び虎丸の背中を踏みつけた。
「ぐぇ、って、伊達」
「何だ虎丸」
「良かったのー」
このお人よしのアホ虎め、と伊達は苦笑いである。虎丸は感動屋で、たいしたことなくてもビショビショみっともなく泣くことがある。
いまもビショビショ泣いている。馬鹿め。こんなくだらねぇ事で男が泣くんじゃねぇ。
「そうだな」
「なぁ伊達ー」
「なんだよ」
「なんで戻れたんじゃ?」
「……さぁな」




想いがひとつになったとき。


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お礼詰め合わせ4
じいちゃんとスイカ、鼻毛。
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昔じいちゃんと縁側に並んで、スイカを食べていた。
もちろん暑い日だったが、今のように人をおかしくするような、ぶん殴られるような暑さでない。カンカンと暑い日だった。
スイカはじいちゃんもわたしも好きなので、いつも大きいのを半分に割って顔を突っ込むようにして食べる。
最後は底のほうへたまった真っ赤な汁をじゅるじゅると啜って、ああうまかったうまかったと種を庭へと吐き出すのだ。
ついに芽は出なかったのを、そういえばがっかりしたのを思い出した。

じいちゃんがスイカを食おうというから、てっきりいつも通り二等分だろうとわたしは思っていたのだ。
だというのに、じいちゃんはざくざくと危ない手つきでスイカをやっつに切り分けた。わたしは聞いた。なぁじいちゃん。
あのころのわたしは、一日中じいちゃんと暮らしていたため、話し方はどうにも男の子のようであった。
「じいちゃん、今日はスイカ、半分くれないのかよう」
「いやしいチビだなオイ、ちげぇよ、桃が来んだよ」
「もも?」
おう、とじいちゃんは普段使いもしないような大きな皿にスイカを並べ始めた。そしてわたしの頭を果汁でベッタベタの手で軽く叩いて、
「オイ塩とって来い塩」
と言った。ベッタベタの頭で台所からアジ塩のビンを取ってくる。
ソコ置いとけ、と言われて置いた時には、何かじいちゃんにとって大事な人が来るんだろうなと幼心にぼんやりわかった。
じいちゃんは気配りとか遠慮とかをあまりしないタイプで、いつも客人が来ても茶すら出さないことがあった。いや、気配り遠慮をしないのでない、し忘れているだけ。

それなのにじいちゃんは皿を出して塩を置いて、なんと手を拭くためのぬれ布巾まで用意しだした。
いよいよおかしい。
わたしは聞いた。

「じいちゃん、」
「アン?」
おどろくべきだ。じいちゃんが鏡を見ている。ぼさぼさの、白髪入りハシブトカラスみたいな髪の毛をゴムでまとめ、鼻毛を抜いた。
ますますおかしい。
わたしは重ねて聞いた。

「桃ってだれだよう」
「桃は…桃だな」
答えになっていない。じいちゃんの背中に取り付いて、なーなーと駄々をこねた。
「わかんないよー。どんな人なんだよー」
「ううん、……あ、そうだチビ、オマエの名づけ親だ」
名付け親、という言葉はあのころのわたしの頭にはなかった。というよりわたしの世界はじいちゃん一人だったのだ。
母親はとうに忘れていた。

「親なの」
じいちゃんは面倒くさくなったのだろう。
「おう親だ、キチンとしてろよ」



わたしの親はじいちゃんだと思っていた。
だから、聞いた。

「桃っておかあさん?」
「そうだ。おかあさんだと思って甘えてもいいぜ?」
いきなり割り込んできたのは、逆光であまり見えなかったが長身の男だった。後の桃さんである。確かあれが初対面だった。
「ば、馬鹿野郎!!違うだろうが!!くだらねぇこと言ってんじゃねぇ!!」
じいちゃんはいきなり元気になって、その男の胸を拳で打った。その男はわらっている。

「桃?」
わたしが聞くと、その男はそうだとも、と頷いて言った。

「そうだよ。おかあさんさ」
いい加減にしろと、じいちゃんがぬれ布巾を桃へと投げつけた。

その後カンカンになって怒り、スイカはやらねぇと言うじいちゃんをまぁまぁと二人でなだめて、三人並んでスイカを食べた。

暑い夏の日だった。


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お礼詰め合わせ5
坂道をゆく。
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桃と富樫は連れ立って坂道を歩いていた。
両側を木塀がだらだら際限なく続く、白っぽい土の坂道である。
坂道は傾斜が急なうえ、暑い夏の盛りでもあったので富樫、ヒィヒィと火の息をついて左右によろけた。
「おい大丈夫か」
桃が後ろから声をかけた。富樫はおうと少しも大丈夫そうでなく答えた。
富樫の顔面には日差しが照り照りとあたっている。
汗が滴り落ちて、首筋にもいくらも入り込んだ。
富樫がまたよろけた。
「おい大丈夫か」
桃が後ろからまた声をかけた。富樫はまたおうと少しも大丈夫そうでなく答えようとして、ふと考えが浮かんだ。

もしやこいつ先行く俺の影で涼み涼み坂道を登っておるのと違うか――
疑惑が膨れて、また足元がもつれる。
頭ブン殴られた時のようにぐらぐらし、右へ大きく傾いだ。
「おい大丈夫か」
桃が後ろからまたまた声をかけたところで、とうとう富樫は聞いた。

「桃よう」
「なんだ富樫」
「てめぇは何だって、俺の後ろを歩いてるんじゃ」


桃は言った。両腕を開いて、九月の空と同じく少しも曇りない笑顔で答えた。


「お前がスッ転んでも、支えてやれるようにさ」


それがどうかしたかと言われて初めて、富樫は顔を赤を通り越してドス黒くさせた。
恥ずかしい。俺はほんまもんの大馬鹿野郎だ。
桃を疑うなんてどうかしちまってたにちがいねぇ。
スマン、桃。


「……そうかよ」


富樫はまた歩みを確かなものにして上を目指し始めた。
桃は静かに涼しげに、富樫の影の中をついてゆく。


そろそろ坂道も終わりを告げようかというところだった。

モクジ
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