なんちゅうかっこしとるんじゃ

「俺がおまえにいい遊び教えてやるよ、これからちょっと付き合えや」
ヘッヘヘ、そう笑う虎丸の顔はなんだか尻を蹴飛ばしたくなるようなニヤリ顔だった。
けれど伊達は静かにおうだけと答えて家を出た。
時刻は八時少し過ぎた頃。秋の夜長である、これからこそ夜と言える。
細い雨が長長と歯切れ悪く一日降っていた、肌寒い夜であった。

歩いて行こうやと虎丸が言うので、伊達はそれに従った。
歩いて二十分と言うところの、虎丸の行き着けだそうな店が目的地である。虎丸が行き着けだというならそれは十中八九いかがわしい店である。
伊達は久しぶりに自分で傘を手に持ち、虎丸と並んで歩き出した。傘はビニ傘である。先日雨の日に会った時に伊達が番傘を取り出したのを虎丸は覚えていたので、目立たぬようにとコンビニで調達済みのビニ傘を差し出したのであった。雨でもあるので、着流しはやめてゆったりとした海老茶のスーツ姿である。並んだ肩の位置に高低差はそこまで無いが、足は伊達のほうがたっぷり十センチは長い。
それを連れ立って歩くたびに短足だと毒舌を振るうのが常の伊達だったが、今日はそうせずにいる。
そのぶん虎丸はいつも以上によくしゃべり、おどけ、伊達の肩に自分の肩をぶつけてはワッハハと大声で笑った。
聞いているのかいないのか、どこか上の空にも見える伊達にはおかまいなしに唾を飛ばして虎丸はひたすらにしゃべった。
隣の虎丸の顔を伊達は固い顔で見ては、時折空を見上げる。
ネオンとざわめき溢れる通りへ、ただ伊達は足を進めた。




雑居ビルのエレベータ前にある案内板の六階、『アンジュ』と書かれた薄紫色の看板を虎丸は指差した。他の階も同じようなスナックが入っているらしい。
引き下ろしたエレベータにいざ乗り込もうというところで虎丸はいけねぇと短く声を上げた。伊達はエレベータのドアを手で押さえ、乗り込みかけたまま振り返った。
「悪ィ、ちょっと連絡入れるトコあったの忘れちまってた」
「連絡?」
ちょっくら仕事で、と虎丸は詫びて携帯電話を取り出す。長くなりそうだから先に入っててくれと言われても伊達は困る、一度も入ったことのない店に気軽に出入できるほど伊達の面は割れていないわけではない。
「長くかかりそうなんじゃ、悪いの。ほんで、入ったら虎丸の紹介って言えば奥通してくれっからよう」
一般人ではない伊達への気配りに伊達は悪いなと断ってからエレベータに乗り込んだ。ドアの閉まる瞬間まで虎丸が無駄に大きく手を振っていたのに少しだけ笑みが浮かぶ。狭く汚い、四人乗れば一杯のエレベータは伊達の重みにすらキッキッと音を立てながらゆっくりと六階へと上昇していき、停まった。
エレベータから踏み出してすぐに足マット、『アンジュ』と書かれていた。後ろで閉まったドアを後にして、入り口と思しき木製のドアを開ける。
赤を基調としながらも落ち着いた内装の、薄暗い店内にはいくつかのテーブルがある。開店直後なのかそれとも貸しきったのかは伊達にはわからないが、誰も居ない店内に並ぶソファとテーブルの隙間を通り抜けて誰かが伊達へと近づいてきた。
「いらっしゃいませ」
虎丸好みのお祭りキャバクラとは明らかに違う、低くかすれた声で藤色の着物姿の女が現れて丁寧に頭を下げる。
「虎丸の紹介だ。本人は電話を済ませてから上がってくる」
そう伊達が言うと、女は顔を上げて伊達の言葉に頷いた。
「伺っております、どうぞこちらへ」
顔を上げた女は様様な女を見てきた伊達からみても恐ろしく美しい女であった。
伊達の評価は厳しい、ただ美しいか美しくないかその二つに伊達なりの採点基準でもって振り分ける。その目は狂いなく、冷徹なまでに見極める。
その伊達の目から見ても店主と思われるその女は美しい。結い上げた髪の毛によって前面に押し出された顔は昔見た夢二の絵に出てきそうな小ささである。
重たい程の睫を伏せた目は大きく釣り上がり、瞼は青いほど白い。細い鼻筋に微笑を浮かべる薄い唇は輪郭を必要以上に際立たせずに紅が塗られていた。
こうした商売にありがちなねばりつく媚びのない、清潔さのある女である。
「アンジュです」
「ああ」
短い挨拶を交わす。店名と同じ名前の女はやはり店主であった。
案内のために向けられた背について伊達は店内を進む。目線のすぐ届くところに女の折れそうな首があった。後れ毛が一房ある。
通されたのは壁際の一段高くなった席で、中国風の薄い衝立によって周りからの目を遮られるようになっていた。
その席からはステージがよく見えた。今は誰もいないが、踊りや歌を披露できるようになっているらしい。
「好みのお酒は伺っております、すぐにお持ちいたしますね」
女は伊達が進められるままにソファへ腰掛けたのを確認すると去って行った。伊達は大きく息をついて、警戒を100パーセントはとかないままに背もたれに沈む。眼を閉じてしばし、店内へ人の気配が少しずつだが増えていくのがわかる。



伊達は先日傷ついたばかりであった。
傷ついたのは伊達組の看板と、関東極道連合と、東京の治安と、何百名もの一般人と、そしてなにより伊達臣人自身だった。
組を旗揚げしてすぐに部下へと引き入れた男の裏切りが元による、大規模な覚せい剤売買組織の発足である。
その男は実直さが長所で伊達は経理や組員の管理までも任せていた。口には出さずとも信用はしていたのだ。
だがその男は組織の人間を手引きして事務所へ入れ、組の金と押収した上で保管していた大量の覚せい剤を盗み出させたのである。
その上伊達組の名前を使って覚せい剤を売りさばくという、覚せい剤には決して手を出さないのが信条の伊達組は大いに揺れた。
そんな組織ごとき、いくらでも潰せる。
そんな風聞、これから打ち消せる。
だけれど、伊達は傷ついた。
裏切られたことが無いわけではない。この道にいるのだ、そういったことがないわけもない。
だけれど、伊達は傷ついた。
傷ついたことを言い出せる男ではない。
じくじく痛む傷を抱えて、伊達は酒もしくは女もしくは虎丸を待った。
「お待たせいたしました」
先ほどの女が戻ってきた。銀のトレイに氷入れとウイスキーの瓶、それからグラスが二つ載っている。
「いや」
女は伊達の正面に座った。普通こういう商売の女は隣に座るものではないのかと思って顔を見ると、悪戯っぽく微笑んでいる。
「とらちゃんの言ったとおりや、ほんまにええ男ぶり」
先ほどの冷たさすら感じる美しさが解けて、にこりと子供のように白い歯を見せて笑った。どうやら見た目とはかけ離れた中身らしい。
伊達は背もたれに埋めていた身を起こす。差し出されるままに酒を注がれたグラスに手を伸ばした。
少し酔いたい気分で、喉を鳴らしてぐっとあおる。
「…とらちゃん?」
グラスを置くなり引っかかった言葉を呟いた。
「とらちゃん、来るたび伊達さんの話をようしてましたわ」
「どんな話だ」
女はふふふと笑うだけで答えない。どうせ悪口でも言ってるんだろうと言うと、
「イケズなおいちゃんやって。おいちゃんやなんて、こんなに若いお人やのに」
イケズ。そんな言われように伊達は憮然として酒を干した。
次の酒を作る女から眼をそらして伊達はステージを眺める。
「さびしんぼうのイケズ、やて」
「……」
軽い言い様だが、それは真実かもしれねぇと伊達は口の中でその言葉を転がした。
寂しかったのである。
言いようのない空虚さ。それがこの落ち込みの原因であることに伊達は眼を瞑っていたが改めて気づかされる。
組の看板ごときいくらでも取り返せる、だがあの男は帰ってはこないだろう。
二度と。
伊達は酒に手を伸ばす。女は静かに微笑んでそれを見守っていた。
突如、ズンズンと腹に響く音が店に広がった。今人気の女子高生アイドルの新曲である。そのアイドルが主演する看護婦ドラマの主題歌であった。
「なんだ?」
「うふふ、まあ見といてください」

赤青黄色緑紫白、色とりどりのスポットライトがステージを照らす。


店内に居た客が拍手と野太い歓声、それから酔っ払っているのかヤジが飛ぶ。
それに答えるようにして、アイドルのPVと同じくピンク色のナース服に身を包んだ人影がステージへと飛び乗った。

「ドジっ子だけど、アホの子だけど、アタシ愛だけは献血するほどあ・り・ま・す★」
声は愛嬌どうこうではカバーしきれない太さと低さ。そして酷い音痴。
「アナタはカワイイって言ってくれないけど、知ってるんだから照れ隠しィ」
太い、はちきれんばかりの太腿が超ミニのスカートからニュウと生えている。
「でぇも、ホンネがわからないと不安なァの〜」
太腿にもまばら、膝下にはしっかりと生えた脛毛。
「だっかっら、今日はダイタンしちゃいますぅ」
ボタンの隙間が広がってしまって、しっかり詰め物をほどこした厚い胸が見えてしまっている。
「驚いたカオしてるケド、ホントは萌え★萌え」
窮屈そうな肩、限界まで伸ばされた袖に包まれて盛り上がった二の腕。
「かぁいいでしょ萌えるでしょ、あたし白衣の天使」
ナースキャップからは髪の毛がもさもさとはみ出し、その下にある顔にはしっかりと化粧が施されているが、
髭。
隠しきれない髭。
「アナタだけの、白衣の天使!」



見間違えようにも見飽きてしまった、虎丸龍次の姿であった。
「…………何て格好してやがるんだあのバカは」

何秒か伊達は言葉を失っていた。
意識も失っていたかもしれぬ。

夢を見ているのかと一瞬思った。夢は夢でも酷い悪夢だ。酔っているのか。たったの二杯程度で酔う伊達臣人ではない。
だが実際目の前のステージで自分の知る中でも最大級の馬鹿はナースコスプレで、ノリノリの振りつきで歌い踊っている。銀色のテープが飛んで、虎丸の腕に絡みついた。
とらちゃーん!
とらー!
何名かの客から声援が送られた。スネ毛汚ねぇぞとヤジは飛ぶものの怒って物を投げる客は今のところいない。
虎丸がステップを踏むたびに跳ねるスカートの裾に、一々ヒュウヒュウと口笛が起こった。
伊達も見てしまった、スカートの中身までも女性物だった。これは事故だ、もちろん被害者は俺だと伊達はまずいものを食べた時のような顔になる。
伊達を除く誰もがそのステージを楽しんでいる。
ということはだ、伊達は正面に座る女を振り向いた。
微笑む女店主に伊達は問う。
「つまり、そういう店か」
「そういう店、です」
にこり。
顎を反らして微笑む女店主の首には、あきらかに喉仏があった。





歌い終えた虎丸はびっくりするようなハイヒールで伊達の待つ席へとスキップで戻ってきた。
いや、待ってはいない。来るな、できることなら来ないでくれと伊達は珍しく焦る。
だが虎丸は頬を赤くして、
「カッカカ、すごいもんじゃろ俺の人気は」
と得意げに胸を張り、何を思ったか伊達の膝の上に横座りに腰をどすんと下ろした。
重い。その上伊達の目の前には汗くさい男くさいナース服に包まれた虎丸の胸。ボタンの隙間から下と揃いのピンクのブラジャーが覗いている。
地獄だ。
伊達は鳥肌を立てて虎丸を膝から突き落とした。
拷問だ。
伊達は長い脚でもって、その尻を強く強く蹴った。願わくばこのまま飛んでいって欲しいという気持ちを込めて蹴った。

「きゃん!」
どこまでなりきるつもりなのか、虎丸は飛び上がったものの作ったアニメ声で悲鳴を上げると床に座り込んだまま上目遣いに伊達を見つめた。
「よ、喜ぶとおもったのにィ」
「馬鹿か!!」
ようやく伊達は怒鳴った。その大声に店の中に居た客がなんだなんだと注目する。
しまったと思ったが既に遅い、だが客はいわゆる『そういう』人なので、
「可愛がってやりなさいよぉ」
「きゃあ、イイ男ねッ!」
なおと、上がったのは囃す声だけだった。

伊達はいつものようにフンと鼻で笑った。虎丸は尻をさすりさすり伊達の横に腰を下ろし、女店主の用意していたオシボリで顔を拭く。その動作は完全にどこをどう見てもオッサンで、施された化粧が顔中に広がって酷い有様になった。
「汚ねぇモン見せるんじゃねぇ」
「あんだよ、アイドルに向かってよう」
「誰がアイドルだ誰が、オイ足に手置くんじゃねぇよ」
頬を膨らませながらよく商売女がするように虎丸は伊達の膝に手を置いた。だがそれは肘掛を掴むように、膝頭をギュウと握るものだった。
ビシリと引っぱたかれた手をフゥフゥ拭きながら虎丸は女店主に眉を下げた情けない顔で振り返る。
「エー、なんじゃヤッちゃん、効かねぇぞ」
ヤッちゃん、と呼ばれた女店主はもうたまらないというように身を捩って笑った。
「あははは、は、もう、とらちゃんたら!そんな掴んだら落ちるモンも落ちんわ」
何を落とすのか、伊達は考えないことにした。
「こう、そっと内側に手の平を置くだけや。掴んだらあかんの」
女店主の手が伸びてきて、虎丸のむき出しの太腿へ置かれる。途端に虎丸はヒャアとひっくり返った声で叫んだ。
「や、や、ヤッちゃんそりゃあヤベェや。俺、その気になっちまわぁ」
「そやろ?」
伊達は尚もベタベタ張り付いてくる虎丸に肘鉄を食らわせながら、憮然として言った。
「これがテメェの言う、いいアソビかよ」
「うん?」
虎丸は首を傾げた。アンジュちゃあんと店主を呼ぶ声にちょっと失礼、と断って女店主は腰を上げた。
「テメエがそんな趣味持ってようが、俺を巻き込むなよ」
「そんなコト言って、ちょっとやってみてぇとか思ったんじゃねぇの?」
「なるか!」
今度は平手ではなく拳で虎丸の頭を小突いた。再び曲がかかり、今度は小太りのオカマがステージで歌いだす。そちらを伊達は極力見ないように眼をそらす。
「ヤッちゃんが言ってたこと、オメエにも教えてやろうかと思ってな」
「何をだよ」
アイシャドウもきわきわとした瞼が一度瞬きをする。
「オカマって言うのはよ、ホントーは男なのに女のフリしとる奴らじゃろ。ウソツキじゃ」
「まぁな」
「だけど、ヤッちゃんはウソつかなきゃいられねぇんだよ。そうじゃなきゃいられねぇんだ」
「そうか」
「そーいうヤツも居るんだって。だから、なんかそうしなけりゃいられねぇナニカがあったって考えてやろうや」

そこまで聞いて、伊達はようやく虎丸の真意が掴めた。
腹を立てるべきではあった。俺を慰めようだなんて100年早いと、侮るんじゃねぇこの伊達臣人をと言うべきであった。
だが、虎丸の言葉は悪くなかった。馬鹿の虎丸なりに、伊達が馬鹿にされたと気づかないように気をつかった形跡が見られた。
だから伊達はグラスを空ける。馬鹿の好意を受け入れてやるのもたまにはいいかと酒を干した。

「フン」
「な、伊達」
「テメエのその汚ねぇオカマ姿見たら酒がまずくなるぜ、さっきの女の後だから余計にな」
「……ヘッヘヘ、ヤッちゃん美人じゃろ」
「ああ、驚いたぜ」
「料理がまた絶品なんじゃ、後でヤキソバ作ってくれることになっとる」
また庶民的というか家庭的というべきか。着物姿の美貌の女店主が鍋肌にそって醤油を注いでいる姿を想像すると笑えてくる。喉の奥がククッと鳴った。
「本当だって」
「ホントかどうか、試してもらいましょ」
出番を待っていたように女店主が湯気を立てている皿をトレイに載せて現れた。塩ヤキソバのようである。
「わお!俺腹へっとったんじゃ」
虎丸は早速割り箸を割って舌なめずり。
「あきません、お客さんがいらっしゃるのに、もう」
「いいじゃねぇかようヤッちゃん、俺ゃ腹へって腹へって」
テーブルに置かれたヤキソバは虎丸の言うとおりとてもうまそうであった。具はネギに豚バラにモヤシにピーマンのシンプルなもので、香り付けのニンニクとあぶらの匂いがふわふわと伊達の鼻に昇り来る。しんなりとしたネギがつやつやとしていて食欲をそそる。
「駄目だな」
「なんじゃ伊達ェ、オメエも腹減ってたのかよ」
「まあな」
ここ最近、伊達はあまり食事を摂っていなかったこともあり、珍しく伊達の腹が食欲を訴えている。ブゥ垂れる虎丸を俺は客だと押しのけてヤキソバを食べ始めた。
よく蒸された麺に薄い味がついている。差し水にスープが使われているのだと後日伊達は聞いた。
ヤキソバをほお張る伊達、指をくわえる虎丸。
見るに見かねてか、女主人は今度は皿にオニギリを載せて現れた。顔に苦笑が浮かぶ。
「とらちゃんのお友達なら、そりゃあよう召し上がりますわな」
「悪ィなヤッちゃん、今度ダチ公いっぱい連れてくっから」
「ありがとう」
女主人の作るオニギリは上品な俵型で、大きさも上品である。
たちまち二人の腹にオニギリは収まってしまった。

「ところで…」
「なんです?」
「ヤッちゃんっていうのは本名か?」
虎丸は口の周りに米粒をくっつけたまま、アーアー嫌だな野暮はと咎めた。腹が満ちたせいか、伊達の判断力も鈍りかけていたらしい。
水商売をする人間に本名がどうのと聞くことほど野暮はないだろう。伊達もさすがにいやなんでもねぇと取り消した。
「ええ、ヤスキキサブロウって言います。安全の安に樹木の樹」
「つまらんことを聞いたな、すまん」
「いいえ」
あ、と伊達は声を上げた。
「だからアンジュなのか」
「お気づきになりました?とらちゃんなんて、三べん来てようやっと分かったのに。さすがやわ」
アンジュは微笑み、それからさあ、と声をかけた。
「これで二人とも、仲良うなりますわ。うちのお客さんはみんな仲良しこよし、これだけは自慢できるんよ」
ね、とらちゃん。言われた虎丸はね、と同じように首を傾げて声を合わせた。
まるで可愛くはないが、可愛げは認めてやってもいいと伊達は思う。
「「なんせ、同じカマの飯ィ食った仲!」じゃもんな!」
アンジュと虎丸、二人はころころケラケラと笑いあった。伊達を取り残したまま笑いあった。
とうとう伊達、最後までツッコミをすることが出来ないまま店を出る。
それもこれも、アンジュも虎丸もが笑顔だったせいである。










アンジュに頬をキスされてにやける虎丸の尻を蹴飛ばしながらビルの外に出てみれば、雨はちょうどよく上がっていた。
星空というわけにはいかないが、それでも十分に雲は風に流されてしまっていた。
秋の夜空は冬ほど澄み渡ってもいないが、夏ほど濁っていない。
風はまだぬるい、初秋の中途半端さが伊達は嫌いではない。
二人でぽろぽろと会話を交わしながら帰路についていた。
「なー伊達、今日泊まってってもいいか?」
「チッ、また朝飯目当てかよ」
猫が伸びをするときのような声で虎丸はねだる。
「なー、いいじゃろー。オメエんトコの朝飯うまいんじゃもん」
伊達は折れた。信号待ちに立ち止まる。さすがに夜中ということもあり、人通りはわずかではあるが薄れてきていた。
「………フン」
「ありがとよ、皿洗いぐれえはすっから」
「いらねえよ、テメエは割るだろが」

虎丸は夜空を見上げると大きく伸びをした。胸を反らし腕を高く上げ、あくびを交えながら伸びをした。
ふとその様子を見守っていた伊達は、虎丸の胸に有ってはならないふくらみを見つける。
見つけた瞬間、怒鳴っていた。

「テメエブラジャーつけたままじゃねぇか!!!」


視線に赤い色がついていたら、伊達を中心に真っ赤な集中線が引かれていただろう。一斉に視線が集まった。
しまった。この夜何度目かのしまったを伊達が飲み干す前に墓穴大王は自分の股間をぎゅっと掴んで更に追いかけて叫んだ。
「ぎゃ!どうりでチンコ窮屈じゃと思ったらスケスケぱんつ履いたままじゃった!!」



伊達は全力で夜の街を走り出した。
畜生、ああ畜生。
それもこれも、全て虎丸のせいである。
翌朝おかわり禁止令が布かれ、虎丸は悲鳴を上げることとなった。
モクジ
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