生まれる前から桃太郎
富樫は混乱していた。
いつもだろうと言われてしまうとそうだとしか答えられないが、とにかく混乱していた。
いつも通りぐぅぐぅイビキをかいて眠っていたところ、いきなり腹にずんと重たいものが乗ってきたので混乱しようと仕方がないと言えば仕方が無い。
眠りたい、だが重たい。
それは尿意にもよく似ている。
便所へ行きたい。
だが、行ってしまったら眠気が覚めてしまいそうで行きたくない。
どうするか、
どうするか、
先人曰く、
この答えは戦いの前から決まりきっているのだ。
「……な、なんじゃい…」
「すまん、起こしちまったな」
起こしちまったなも何も、腹の上に座っておいて何を、とも思った。
だが自分の腹の上から降ってきたのはよく通る声で、富樫の耳にも馴染んだ声であった。
「桃ォ、」
剣桃太郎。言うまでもなく男塾の一号生筆頭を張っている男で、強人変人揃いの男塾塾生からも一目置かれ、
またその塾生達をうまく一つに纏め上げている。
文武両道、才色兼備、質実剛健、彼を褒める言葉は辞書を引けばいくつも転がっており、それをうらやましがる者は多くいても、
妬み嫉むものは不思議といない。考えれば考えるほど不思議な男だが、富樫や虎丸、田沢松尾を初めとする男塾の『筋金入り』達は不思議とすることもなく、
「だって桃だしな」
「おう、桃はすごいのう」
「さすが桃じゃ」
「男気じゃあ」
となんともほほえましい感想しか持ち合わせていない。やはり共に闘うことで結びつくと通常のそれとは違う友情が芽生えるのかもしれない。
夜中、窓から星がきらきら光る冬空が見える。
まだ月は窓枠から姿を消していないので、おそらく日付が変わった直後のようであった。
「うん。実は思い出したことがあって、富樫にちょっとばかり聞いてもらおうと思って」
桃は呻く富樫を見下ろしながら笑った。無邪気な笑顔っていうのも逆になんだか良くはないものだと富樫は最近わかったが、口には出さない。
背にした窓は星空。太陽を背にするのが似合うとは思っていたが、星空というのもそれはそれで似合っていた。
というより、どんなところにおいても桃は光ると富樫は思っている。例えそれが田舎だろうが都会だろうが、海でも、山でも。
どこにいても桃は桃である。それぞれに桃として在る。
そういう筆頭を、富樫は頼もしく、また好ましく思っていた。
時折ある、こうした悪ふざけが無ければ。という条件付ではあったが。
「わぁったよ、…聞いてやっからとりあえず話す前に下りろや、重いんじゃ」
しぶしぶに富樫は尖った顎をしゃくって話の続きを促した。話したいだけ話させたら、そしたら今度こそぐぅぐぅ寝るのだ。寝てやる。
桃は富樫の返事にありがとうと言って、話し始めた。
「実は俺、桃太郎だったんだ」
「またこれかよ!!」
「また?まぁいい、ちょっと思い出語りをしたいんだ」
間髪入れずに富樫はがなった。当然富樫の言う『前回』と同じく隣からはうるせぇぞ富樫ィと壁を蹴られる。
ちぇ、舌打ちする富樫に桃はうん?と首をかしげて見せた。もちろん富樫の腹からは退かない。
「あれは俺が桃となって川から流れてきた時のことだった…」
「だからここで語り出すか!!?ほんでもってそりゃあ思い出でもなんでもねぇだろ!!」
俺は川を流れていた。といってもボートなんかじゃなかった、桃さ。何も名前通りにしなくたってよさそうなものだろうが、俺は桃に入って川を下ってたのさ。
「桃、オメェ寝たほうがいいぜ?」
寝てたさ、桃の中で。どんぶらこっこ、どんぶらこっこって川を下ってたんだ。ところで富樫知ってるか、平成生まれの子供はみんな『どんぶらこ』らしい。どんぶらこっこじゃなくってな。まぁどうでもよかったか、すまない。
まぁいつまでも川くだりって訳にはいかないだろう常識的に、川はいつか海へと流れ着いてしまう。そうなる前に誰かに引き上げてもらわないと。
「桃なんかに入るからだろ」
それを言われちまうと俺も困る。入っちまったんだから仕方ないだろう。
「おい、自分から入ったってのかよ」
そうこうしているうちに川で洗濯をするバァさんが俺を、正確には俺の入った桃を見つけた。なんだ富樫、俺が入れられたっていうのがそんなに気になるか。フッフフ、安心しろよ。
バァさんは妙な猫ヒゲをつけていてな、槍でもって串刺しにしないように気をつけながら洗っていた。タライがなかったから、多分行きも帰りもその槍に洗濯物ひっかけて帰るんだろう。俺の入った桃を見つけてバァさん鬼気としていや、嬉嬉として槍をくり出す。俺は刺されちゃかなわねぇから身をこう、かわしてだな。
「桃の中でかよ」
そう、桃の中で身をひねって。バァさんは勝負がつかないのに焦れたらしい、着物の裾をまくって太腿までさらけ出したなまめっかしい姿で川に入って俺を抱き上げたんだ。俺の身体を気遣って優しく。見た目と違って優しいバァさんさ。
「桃を乱暴触ると指の跡がついちまわぁ」
まぁそういう訳で俺はバァさんの家へ連れて行かれた。小さいながらも住み心地のよさそうな、こぎれいな一軒屋で、バァさんはジィさんと二人暮らしをしているんだと。貧乏でも仲睦まじくもう何十年も連れ添ったっていうのに、子供がどうしても生まれなかったというのが唯一の問題だって言うかわいそうな夫婦だった。
「川ァ流れてきた桃にそんな話するバァさんがおるか?」
いたよ。猫ヒゲの伊達バァさんが。
白髪頭の、たくましいジィさんがそのうちに帰ってきた。背中には大きなカゴを背負っていて、中には竹の子と薪がざっくりと入っていた。腰にはそこらのナタなんてメじゃないくらいの大刀。今にも侍を七八人は切り殺せそうなジィさんで、名前を赤石ジィさんという。
バァさんがジィさんに、まぁまぁ、今日も芝刈り大変お疲れ様でしたねぇ、なんて笑顔でねぎらいながら薄い出がらしの茶を出すと、ジィさんその茶をすすってウムと頷き、バァさんこそ、その曲がった腰には洗濯はさぞ難儀じゃったろうと言うのさ。
「伊達と赤石センパイがそんな言うわけなかろうが!」
ううんそりゃそうなんだが、ううん。
「俺ァ寝るぜ、もう付き合ってられん」
待てよ!いや、待ってくれ。三倍速で話すよ、な、富樫。
「しゃあねぇなぁ…わぁったよ、わぁったから睨むの止めろや」
睨んだんじゃなくて見つめたのさ、どっちでもいいけど。
続けるぜ?
赤石ジィさん、俺の桃を見るなりいきり立つ。腰の刀をぎらつかせて舌なめずり。格好の得物と言ったところだ。
けぇえ――ッ!とまさに剛剣一閃!桃は二つに割れた。
「無事だったか」
無事だったとも。桃の中でこう、身を半身返したおかげで。心配してくれてたんだな、俺はてっきり聞くフリして鼻ほじってたかと思ったよ。ありがとう富樫。
桃の中から出てきた俺に、ジィさんとバァさんは大喜び、なんて可愛い子供じゃろう、これぞ天からの授かりもんじゃあなんて。小躍りしてはしゃぐ二人はとてもほほえましいものさ。
桃から出てきたから、桃太郎という名前をつけて、俺は二人の息子として育てられることになった。
「うん?そりゃおかしいぞ」
なにがさ。桃から出てきた桃太郎―、どこかおかしいか?
「だって桃は桃に入る前から桃だったんじゃねぇか?」
そりゃ難しい問題だな、富樫。お前は生まれる前から富樫だったけど、富樫に決定したのは生まれてからさ。ニワトリが先かタマゴが先か、これは哲学的な問題だからあんまり考えるのは止せ。
「ううう」
ほら言わないことじゃない。止せ止せ。
そうこうしているうちに月日はびゅんびゅん流れて俺も年頃だ。村の誰かを嫁に貰って、なんてそんな年さ。
だが俺は世界を見てみたい。狭い村から出てみたくなった。
俺はジィさんバァさんに日本一の旗ときびだんごを作ってくれるように頼んだ。そしてダンビラ下げて出発。行き先をどうするか悩むが、都合よく鬼が暴れてるって言うんで鬼退治に出発さ。
桃太郎だからサルイヌキジを探さなくちゃいけないだろう。何事も手順を踏むのが流儀だからな。
まずサルは村の雷電和尚のところに三匹もいたから一匹を借り受けることにした。助かった、中々サルなんていくら田舎でもそうそう人里近くにはいないからな。
キジは見つからなかった。ハトじゃあさすがに格好がつかないし、カラスっていうのもイメージが悪いだろう。コウモリは酒屋の蝙翔鬼が沢山飼っていたんだけど昼間はぴくりとも動かないので止した。
「揃わなきゃ桃太郎になんねぇな」
そうさ。俺は困った。
でもこれから鬼退治に行こうっていう俺の心意気が天の神様に通じたのかもしれないな。
一匹のイヌが俺の目の前をとぼとぼ横切ったのさ。
そのイヌは野良で、やせっぽっちの雑種だった。汚れきっていて、目には向こう傷をこしらえているがどことなく愛嬌のある茶色いイヌ。短い尻尾はくるりと丸まり上がっていた。
そのイヌはイワシの丸干しを江田島の殿様の城から盗んだっていう罪で、切腹させられると言う。
「イヌは切腹なんざしねぇよ」
するかしないかじゃない、させられそうだったんだ。介錯は鬼ヒゲで。
イヌがキャウンキャウン、自分を鬼が島へ連れて行って下さい、お願いしますと泣いて頼むんだ。その声があんまり切切としたもんだからついオーケーして、お供にすることになった。
「イヌはしゃべらねぇだろが」
しゃべれるかしゃべれないかじゃない、しゃべるかしゃべらないかだ。根性モンのイヌだったのさ。
運がついているときはついているもんで、驚いたことにイヌはハラにニワトリを隠していた。どうも切腹をニワトリの血でごまかそうとしたようだ。
多少ぐったりしてはいるが生きてる、ニワトリをキジの代わりに出来たから万事出発準備がとうとう完了した。嬉しかったな。
「イヌにそんな知恵ねぇって」
フッフフ、どうかな。フッ…いや、すまん。ちょっと、フッフ、笑いが…。
そんなに謙遜するなよ、やればできるさ。
「あン?」
とにもかくにも桃太郎一行、サル、ニワトリ、イヌは面子が揃ったところで鬼が島へと出発。伊達バァさんは笑顔で、赤石ジィさんは涙で送ってくれたんだ。
「どっちも中々ねぇよ」
人間情緒ってものがある、このときは特別そういう気分だったんだろう。珍しいことじゃない。
お前だってガラにもなくしんみりすることがあるだろう。そういうことさ。
大冒険、長く辛い道のりの果てに海に浮かぶ鬼が島に俺たちは到着した。
「どうやって」
どうやって?ええ?それを聞くのか…富樫、おまえならわかるだろう?
「わかんねぇ」
わかんねぇか。フッ、富樫らしいな。わかるのではなく感じるのさ。根性だよ。男気さ。それだけで説明はいらないな。
「………」
ところがだ、到着したはいいが鬼が島の門は馬鹿でかくって鍵がかかってたんだ。いくら俺たち一人と三匹が力を合わせたって相手は鉄の扉、びくともしない。このままじゃどうせ敵に見つかってしまう。
そこで俺は、どうもすみません、どなたかいらっしゃいませんかと中へ向かって声をかけた。すると中から手を包帯でぐるぐる巻きにした、影慶という鬼が扉を開けて顔を覗かせてきた。俺がどうもすみません旅のアイドル歌手ですと言うと、いや、久しぶりの芸人だ、どうぞ入りなさいとそうくる。
俺たちは鬼が島潜入に成功した。
「ただのお宅訪問だろ、なんじゃいアイドル歌手って」
お宅訪問を装った奇襲さ、三国志時代の英雄曹操は舞姫に化けて悪臣を討ったというぜ?俺のはまあそのオマージュというところかな。
鬼が島の廊下は随分長かったな。
まず針山みたいな廊下が現れた。俺はその針を掴んだ逆立ちで進むことを強いられて、腕に力をギュッと入れて進んだな。ギュッと。
次に後ろへ向かって猛スピードで走る廊下にたどり着いた。俺は走るのは苦手なんだけど後ろには電流が控えてるんだからとにかく走った。危なかったな。
最後はコンクリで脚を固められて、廊下の端にある蝋燭の火を消せときたもんだ。ご丁寧に俺の頭上には硫酸がふつふつ煮えていた。
さすがにこりゃあ難しいっていうんで、サルに頼んで消してもらって事なきを得たよ。
「………」
おや、寝ちまったかな。富樫、富樫。そんな風に大口開けて寝ると危ないぜ。ほら、こう、口を――。
ああ起きちまったか。フッフフ、もう少しだから聞いててくれよ。
それにしても今思い出しても抜群に長い廊下だったなぁ。その終点には大広間があって、そこには鬼の頭領がいた。
驚いたな、身の丈大仏ほどもあろうかっていう大鬼が鎮座していたんだ。その周りにはむさくるしい鬼がひしめきあっている。
鬼は俺たちを見下ろしてここまではるばるよくぞ来たとジャンボジェットが離陸する時のような声で迎え撃つ。
俺たちはひるまず立ち向かったさ。やぁやぁ我こそは日本一の桃太郎なりって。それからダンビラ抜いて切り結ぶ。
名乗り、切る、また名乗り、切る。イヌも尻尾を振りながらきゃんきゃん奮戦していたぜ。ニワトリは産卵していた。サルは大鬼の毛づくろいを始めたようだ。
俺たちの猛攻に恐れをなしたのか、大鬼は手の平を打って沢山の金銀財宝を運ばせてきて俺の前に積み上げる。
「おひねりじゃろ、なぁ、まだ続くのか?」
まだ続くよ。もう少しな。
そして最後に、宝物だって言う打出の小槌が出てきたんだ。
「そりゃ一寸法師………ああ、ッくそ、眠い………」
なんでもいいさ、どっちも鬼だから持ってたって不思議じゃないだろう。俺はイヌに向けて振ってみた。
きらきらした虹色の光が小槌からこぼれ始めると、どうにもまぶしくって眼を開けていられない。我慢できずにギュッと眼を閉じてしまって、光が収まってから眼を開くとそこには、
「…………」
………そこには!!うるせぇぞじゃねぇ富樫、ここが山場だ、しっかり身を入れて聞いてくれよ頼むから。
そこには、一人の人間が立っていた。
モサモサとした髪の毛、目の傷、ほんのりイヌの時の名残があるちょっと崩れた顔面の、男気溢れるチョビヒゲの青年さ。青年はありがとう桃太郎様、元の姿にようやく戻ることが出来ました。これでようやく生き別れてしまった兄と暮らすことが出来ますと涙をビショビショ溢すんだ。そういや鼻も出ていたっけ。
その涙面に惚れこんだ俺はそのまま元イヌの青年を娶り、あふれる武力と鬼から奪った潤沢な資金力で建国すると幸せにくらしましたとさ。めでたし。
桃は長い長い御伽噺を離し終えると、富樫の上から降りて顔を覗き込んで感想を求めた。
「どうだった?」
富樫はなんともいえない、くたびれた顔で呻いた。
「……テメェは長々、御伽噺を俺に聞かせてどうするつもりなんじゃい」
「別に、したかったからしただけさ」
面白かったろう。
そう平然として返す桃に富樫は脱力し、そしてそのままずるずる居心地の悪い眠りへと落ち込んでいったのであった。
富樫は忘れている。
当初、桃は自分の思い出を話すといってはじめた話だったということを完全に忘れている。
「さて、めでたし、めでたし」
そして、桃太郎は元イヌの布団に今日も身体を滑り込ませるのであった。
めでたし、めでたし。基本的に物語りはハッピーエンドである。
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