メルヘンドロップ
「たまにメルヘンなんだ、あいつ」
そんな桃の言葉で納得できるわけもない。
あんまりにもメルヘンを言い出した桃に、伊達は槍を落とした。
十二月もそろそろ終わり。
粗末以外に言いようのないような飯をそれでも全て残さず平らげ、膨らんだ気のしない腹をさすりさすりテレビを見る。そうして愚痴やら猥談やらを仲間と消灯
時間ギリギリまでするのだ。
一号生に許された楽しみといえば、後これに加えてセンズリこく位しかない。
そんな楽しみの時間、とんでもない事を言い出した男がいる。
男を富樫源次と言う。存在自体がとんでもない、だが中身はわりかし常識人なところがあって、男塾では貴重なツッコミ要員である。
最近では新入生も増えたせいで、相方の虎丸とやっかましく言葉を叩き、舌を大車輪させてツッコミをこなしていた。
その富樫がグルメ番組を談話室の狭い畳の上で背中を丸めながら眺めていて、こう呟いた。
「あーあ、冷えんなあ」
それを聞いた回りの塾生はそうだのうと答えたり、または一つきりの窓がきっちりと閉まっているかを膝立ちになって確認した。
富樫は鼻をほじりながら、気の抜けた声を上げた。
顔にハリというものがまるでない、迫る正月にすっかりだらけきっている。さすがの師走、教官殿もイビリにシゴキの手を休めて家の用事に忙殺される時期だ。
家庭持ちであれば特にそうだ。イビリはないが授業はある、授業といっても自習ばかり。男塾の外に出ることは正月まで許されていない。
そのため、一号生達は解放されはしないが束縛はされぬ、生殺しであった。
「こんな日にァあれよ、熱燗をキュウッとよ」
あぐらをかき、キュウッ、と口をタコのように尖らせながら手で酒を飲む所作をしてみせた富樫はどこからどうみても学生ではなく、飲み屋のオッサンのよう
だった。ウヒヒヒ、と下品に笑うとチョビ髭も揺れた。隣に寝転んでいた松尾がオットセイのように上半身で起き上がり、いいのういいのうとノッた。松尾が無
類の酒好きなのは誰もが知っている。
「焼酎にウメボシ入れて、お湯割ちゅうのもいいのう」
松尾は既に飲んだような顔で言った。富樫も富樫で、飲んだ顔だ。
「冷たいのもいいが、やっぱりこんだけ寒けりゃ星だよ星」
「星?」
当然のように言った富樫に、松尾は口をぽかんとさせている。
蛍光灯の光を映しこんだ額にシワをこしらえて、松尾は首を傾げた。
「おう、星よ」
富樫はまだ、当然だという態度を崩さない。
そして、ドラのような声でこう言った。
「あーあ、こんな日にゃあ星でも落っことして飲みてェなあ!!」
談話室が静寂に包まれたのも気づかず、富樫はモサモサと鳥の巣のように絡み合ってもつれ膨れた髪の毛をボリボリワサワサかき回して、
「じゃあ俺ァ寝るぜ、うーさみィのう」
ブルブル震える肩をさすりながら、裸足を鳴らして談話室を出て行った。
残された一号生達は互いに顔を見合わせ、唖然としている。
「も、桃今の聞いたか富樫のヤツ、おかしくなっちまったんじゃねえか?」
松尾は既に嫌な予感を感じ取っているのか、四つんばいでノチノチと畳をにじって桃の側へと寄った。桃は座布団を四つに折りたたんだのを枕代わりにして寝そ
べっていたのだが、松尾の呼びかけにウウンと伸びをして起き上がる。自然と談話室にいた塾生達の視線は、桃へ集まった。
「星を落っことして飲むだとか、正気か?」
田沢が立派な顎をさする、隣の秀麻呂は肩をすくめた。
「星を?」
やり取りを聞き流してどうやら眠りこけていたらしい筆頭は、瞼がむくんでいる。あくびを一つし終えたところで、椿山が先ほどの富樫と松尾の会話をやたらと
うまい声真似で再現してやった。
ふんふんとそれを真剣なのかそうではないのかわかりづらい寝起きの顔で聞き流した末に、
「たまにメルヘンなんだ、あいつ」
そんな桃の言葉で納得できるわけもない。
あんまりにもメルヘンを言い出した桃に、端で聞いていた伊達は槍をガチャンと落とした。
組み上げ途中がすべてお釈迦!伊達は腹立ち紛れに寝ていた虎丸の尻を蹴った。
虎丸はおせちの夢を見ながら落下していったので、まあまあ幸せかもしれなかった。
「な、なんじゃあああああああ!!!!」
幸せなわけもなかった。
次の日、桃は天動宮に大豪院邪鬼を尋ねた。一号ぽっくりが天動宮に入り込もうとすれば何をされても文句は言えない。三号生にとって一号生はかわいいネズミ
なのだ、見つけたらさんざんいたぶって遊ぶつもりであった。
が、入り込んだのが剣桃太郎であったのならばその限りではない。彼はネズミではなく、三号生達を猫だとすればその猫を食らうなにかおそろしいものである。
舌打ちと陰口で、桃の侵入を許した。許したというより、黙認した。鎮守直廊も沈黙している、最後のドアまでさしたる障害もなく桃は通り抜けた。
最後のドアに手をかけようとしたところで、そのドアが異様に傷つき真ん中あたりが凹んでいるのに桃は気づいた。更に目を凝らせば蝶番だけ新しいものに変え
られて銀色が鈍く目に留まる。ああ、と桃は嘆息した。あの時、一人富樫が中へと特攻をかけた時に蹴破ろうとしてついた時の傷である。桃はその傷をそっと一
つ撫でた。指先に触れた硬い凹み、珍しく桃は感傷に目を伏せた。
頭の中が白く灼けて、自らが発する声が遠く反響していた。ドアがあんなにも分厚く全てを隔てるものだとはじめて知った。焦りに声が裏返ったのすら気にする
余裕がなかった。そして、瀕死の富樫を見た瞬間に桃は背筋から凍りつくような怒りを覚えたのだった。
今桃の隣に富樫が笑ってバカをやっているそれがたとえようもなくうれしいことであると、改めて桃は胸に呟く。いいじゃないか、あいつがバカをやらかそうっ
て言うなら、最後までそれにつきあってやろう、と。
ならば。
最後のドアを開けた。
「オッス!一号生筆頭、剣桃太郎!大豪院邪鬼先輩にお目通り願います!!」
「聞いてるか一号生ども、午後八時、三号生卍丸だ!」
時報でもあるまいに、突然スピーカーから出てきた、わあんと大きく割れたがなり声に夕飯のかたづけにいそしんでいた一号生達はどよどよとどよめいた。誰も
が松尾を振り向く、彼を最近は感知度百パーセントの危険探知機として一号生達は認識していた。が、松尾はうるさいのうと耳を押さえるだけで、いつものあの
セリフは言わない。おや、と思ったところで、
「バケツ持って校庭へ集合しろ!バケツはきれいに洗え、集合だッ!!」
以上ッ、ぶん殴られるような大声でスピーカーがまくしたて、沈黙するとそれどころではなくなった。バケツを探し走り、水道はたちまち行列。なにがなんだか
わからないが、教官に逆らう以上に恐ろしいのでしばらくは回転寿司屋の厨房よりも慌しく皿洗いならぬバケツ洗いで大混乱となった。
バケツがきれいになった端から、そのバケツを担いで一号生達は急ぎ校庭へと転がり出て行く。校庭には三号生の死天王が立っていた。彼らの姿を見た途端、校
庭に積もった雪よりも顔を白く血を引かせ、何か自分達は三号生の不興を買ったかとにわかに心配になり顔を見合わせる。
「バケツを持ってきたか、いいか、きれいなやつだけだ。てめえらのゲロ吐き込んだバケツなんか絶対に使うな」
ガラガラガコン、といくつかのバケツが地面に投げ出される音がした。
続いてドヤドヤと何名かが寮へと駆け込む足音。
「もちろん小便タレた奴もだぞ!」
ガラガラガラガラーッ、と盛大にバケツが地面に投げ出される音。
寮へ駆け込もうにも押すな押すなで、昇降口は込み合ってしまう。さすがに死天王達も地面に転がった大量のバケツに言葉を失い、
「…誰か、三号生を誰でもいいから捕まえてありったけのタライ借りてこい」
オーッス、と秀麻呂が駆け出していく。バケツと、死天王と、ふたつを見比べながら一号生達は気まずそうに頭をかいた。
「てめえらは入院患者か、小便くらい便所でしろや」
「便所が遠いんで、つい…」
寮の中に便所はない、便所は一度外に出た掘っ立て小屋まで行かねばならない。せっかくあたたかくなった布団を冷やすのはしのびないと言い募る一号生たちが
あまりに不憫で、普段安物ではあるがストーブ付の寝室で日向のにおいのする毛布に包まって寝ている三号生達は目を伏せて、それ以上言うのをやめた。ほどな
くして、秀麻呂が三号生達と金ダライを抱えて駆け戻ってくるのが闇の中にわかった。
金ダライは二十ほどあり、死天王はそれに雪をすくって入れるように命じる。この寒い、しかも夜に雪を手ですくい集めるのは苦行だと文句をぶつぶつ言いなが
ら、さくさくと集めていく。
「ドロなんか入れるんじゃねえぞ、いいな、きれいな雪だけだ」
東京とはいえ、外界と隔絶された男塾に降り積もった雪はほぼ純白といっていい。口にいれれば苦くなく、米を炊いてもよさそうなほど甘かった。しかし校庭に
積もったものはさすがに泥も混じる、なので寮の屋根に身の軽いものを上らせて雪を下ろした。ガサガサと硬い音を立てて落ちてくる雪をヒャアヒャアと騒ぎな
がらタライへと入れていく。さすがに三日目の雪、新雪のやさしさは失せてカキ氷のように大きくなった粒が爪の隙間に食い込む。食い込んだと思ったらもう冷
たい水となって指を冷やした。雪のぎっちりつまったタライが並んだのを見届けて、
「背負え、」
と次なる命令が容赦なくとぶ。さすがに全員、顔を見合わせる。
「背負って動ける奴が背負え」
さらに対象を限定した命令がとぶ。肩を叩かれる前にと虎丸はアーアーとぼやきながら一歩前に出た。ヨッ男前と誰かがはやす。うるせいと怒鳴っておいて、
「あらよっとぉ!」
と手馴れた動作で肩へと担ぎ上げた。寒さに洗われた夜空に青い月が丸く出ている。星星も磨かれて、月には及ばないもののまたたいていた。月と星その青いか
がやきが虎丸の担ぎ上げた雪にさっと射してチラチラ、うるさいほどに反射して騒いだ。金ダライを通して雪の冷たさが肩にしみる、下ろす時にはおそらくベ
リッといくに違いないと虎丸は早くも太い眉を下げた。
虎丸が先陣を切ってくれたので、力自慢がのろのろとその雪入りタライを担ぐ。こんなことになるんなら、もっとふんわり軽く盛り付けるだけにすればよかった
とその重みにうめく。ついいつもの配膳の癖が出てしまった。飯粒が形をなくすのも構わずに詰め込めるだけ詰め込んでギッチリと盛り付ける、さもしい根性が
とことんに裏目に出ている。と、誰かが、
「桃は?」
と声を上げた。つられて誰もが隣の顔を確認する、見渡す、見えるのはむさっくるしい面ばかり、あのふっくらと笑いを含む頬も、濃い眉に冴えた目も、そして
清くはためく白ハチマキの切れッ端も見ることができなかった。桃は、桃は、と声が小波小波、聞きつけた影慶は腕組みを解いて上を指差した。ふわ、と口元に
白い息をまとわりつかせている。
「あそこだ、」
つられるようにして皆、上を見た。指差された方向は天動宮、その高い屋根の上には二つの影があった。月の中に入って見えるその影の一つ、その大きさからし
て明らかにあれは、
「だ、大豪院邪鬼…」
三号生筆頭、大豪院邪鬼のものである。先日命を火花と散らし、切り結んだ二人が同じ屋根の上にあるとするとこれは不穏である。にわかにざわめいた。
「これより、落星酒を邪鬼様が貴様等に振舞ってくださる」
羅刹の太い声が響き渡った。口を開けて上ばかり見ていた一号生達は慌てて口を閉じ、背筋をただす。ラクセイシュ?秀麻呂が隣の田沢に小声で問う、田沢は目
を死天王からはなさないまま、知らんと唇の動きだけで答えた。
「ぬうっ、まさか…」
「知っているのか、雷電」
うめく様な声をもらした隣の雷電に、Jはその他の塾生と比べて血色の薄い頬に、寒さのための朱をのぼらせつつ尋ねた。雷電は頷き、特徴的な髭の口元をムズ
と引き締めた。
「古い言い伝えでござる。中国奥地の少数民族濫族は、星を降らせ、それを酒にして楽しんだと」
「星を?」
Jにはよくわからない。自分の日本語が下手なためかとJはちらりと考え込んだが、いつも雷電は自分に対して丁寧に説明をしてくれていることを思い出す。続
けて問おうとして、どう問うべきかで再び黙り込む。
それは唐突に始まった。
屋根の上の影、その大きい方つまり三号生筆頭大豪院邪鬼の影が山ほどの大きさに巨大に膨れ上がった、――ように見えた。その影が右腕を振り上げる。拳の形
をしたそれが、
ドン、
と夜空を突いた。
「来るぞ!!タライに受け止めろ!!」
センクウの細いが鋭い声が夜空に突き刺さる。虎丸はハッとして夜空を見上げた。
「エッ!?ちっ、く、クソッタレがああああああ!!!」
最初は一つだった。満天とは言いがたいが、大粒の星が光っていた空から、一つ男塾目掛けて滑り落ちてきた。受け止めろ、と言われて虎丸、反射的にその光源
目掛けて走る。背中のタライが邪魔でしかたないがズダダダと雪の校庭を走る。オレンジの炎尾をまとわりつかせた星が落ちてくる。背負ったタライを突き出す
ようにして、跳んだ。雪の校庭に顔から突っ込んでのスライディングにザリザリと顔を擦り下ろしにしながらそれでも掲げたタライに星を受け止める。ジュウ、
と音がして炎が雪に消えた。恐る恐る、ズル剥けになった顔を上げてタライを覗き込む。わーっと一号生たちが集まってきて、校庭に倒れ伏した虎丸のタライを
見下ろした。煙だか蒸気だかわからないモヤが晴れるまで待ち、目をパチパチさせて見つめた。
クルミ程度の大きさの、オレンジ色に輝く星がそこにあった。その星の周りだけ、雪が解けて穴が開き、すっかり消えてしまっている。
「う、うわ…すげ、光ってら」
虎丸が指を伸ばし、それを摘み上げようとする。
「触るな!!それはまだ、周りの炎が消えただけだ!!」
慌てて指を引っ込める、そして、
「どんどん来るぞ!ボサッとしてねえでさっさと走れ!!」
顔を上げれば、
碧、
藍、
朱、
桃、
金、
橙、
白、
星が次々と降ってくる。色とりどりの炎尾を長く引いて、爆ぜて、落ちてくる。
タライを掲げた一号生達は歓声を上げて走り出した。
「邪鬼先輩、ありがとうございます」
屋根の上、桃はハチマキを夜風になびかせながら礼を言った。マントを直しながら邪鬼は、ふんと笑ってみせる。
「甘いことだな、桃よ」
この偉大な先輩が自分のことを愛称で呼んでくれたことが嬉しくて、どうにも笑みが桃の頬にこぼれてしまう。反対に、邪鬼の頬から笑みは失せた。
「さて、降りるぞ。そろそろ星も揃ったところだ」
校庭に下りると、一つのタライだけ七色十色の光を放っているのが見えた。その光へ向かって二人が歩いていくと、一号生が割れて道ができる。
影慶が邪鬼に剥けて一つの大きなカップを差し出した。一号生達が日常に使っているヒビの入ったものとは違って、乳白色で厚手の、邪鬼が持っても大きさ負け
をしない立派なものである。カップの中には雪が入っていた。影慶が火箸を手に、星星が山ときらめくタライにそれを突っ込んでかき回す。
橙色にあかるに輝く星をつまみ上げた。かかげた途端に輝きを取り戻して、暗闇のなかの塾生達を照らした。頬に金色交じりの輝きを受けながら、邪鬼はカップ
を突き出す。影慶がその、雪で一杯になったカップへ星を落とした。
しゅん、とおとなしい雪消の音がしたと思ったら、同時にカップの中が輝いた。激しいオレンジが激しく水面を揺らしてぼこぼこと沸騰したように泡を立てる、
鼻につんとくる香りが広がった。小さな星の起こした沸騰が落ち着くのを待って、そのカップを桃へと邪鬼は手渡す。
「オッス、ごっつぁんです」
受け取ったカップは酷く熱い、猫舌の桃はそれでも自分に注がれる視線に負けて、熱いままそれをすすりこんだ。口いっぱいに広がる熱さ、鼻に抜ける香り、熱
さに味もわからぬまま喉へと通してしまう。アルコールに喉が焼けた。口を押さえてうめく。
「な、な、桃ようどんな味じゃ」
目を輝かせて、寒さと興奮に顔を真っ赤にした虎丸が肩を揺さぶってきた。答えようとはするのだが、口に広がった強烈な熱さとアルコールにまだ舌が痺れてい
る。見かねた伊達が虎丸の尻を尖ったつま先で蹴り飛ばした。ぎゃん、と悲鳴が上がって、虎丸があんまりおかしい顔で飛び上がったものだからどっと場が沸い
た。その間に桃もようやく口を開く。白い息にアルコールもかぐわしく言葉をつむいだ。
「オレンジの味だ、生姜がたっぷりに、かなりその…キツい」
漂うアルコールの香りに、酒ならなんでも好きだと公言する松尾がよだれをたらしそうな顔でカップを覗き込む。オレンジが明るく湯気を立てているが、輝きも
そのまま。底のほうに小さくとけた星が沈んでいて、いっそうきらきらと光っている。
「よっし、皆コップ持ってこようぜー!!!」
おーう、と元気良く一号生の何人かが調理場へ向かって駆け出して行った。
伊達はまあもらえるってんならありがたく、と気のない素振りでカップへ雪を軽くつめ、火箸を手に取った。あんまり色とりどりの星があるので行儀悪く迷い
箸。後ろの虎丸がはやくしろはやくしろとやかましい。伊達は大人の余裕で箸を虎丸に譲った、
「まだおめえが入れてねえじゃねえか」
「テメェがキャンキャンうるせえからだよ、いいからさっさと先入れろ」
ほーん、そんじゃま、遠慮なく。虎丸は火箸を受け取ると自分は熟しきった紅玉を一つつまみあげる。つまみあげたは良かったが、タライに放り込んだ際に隣と
とけてくっつきあってしまったらしく、雪だるまのような格好になっていた。くっついているのは青も鮮やかな凍て星。虎丸は連結された部分に力を入れて、双
子星を切り離す。そして自分のカップに紅玉を放り込む、次いで、伊達が何か言うよりも速くカップに片割れの凍て星を放り込んだ。
虎丸のカップ、伊達のカップ、それぞれが紅と青に輝いた。虎丸のカップからは熟れきって甘い野苺の匂いが、伊達のカップからは冬だというのに薄荷のピンと
した匂いが漂う。
「おおお、すっごいのう、な、伊達」
とん、と伊達のわき腹をつつくと、
「この寒いのにシャリシャリのフロート飲めってか!!」
凍り付いてうす水色の薄荷アイスがてんこ盛りにフロートになったカップを握り締めたまま、伊達は虎丸の尻を蹴っ飛ばした。冷たい酒だ、アルコールは口に含
めば凍りつきながらも燃える、胃の底は焼けるが腹は冷える。そんな律儀に酒を全て飲み干すまでもなく、
「顔が、赤いな」
桃に静かに指摘される伊達であった。
うるせえと言い返した時に既に桃は離れてしまっているのもまた伊達の怒りを煽り、煽られついでにフロートをジャリジャリ言わせながらそれを飲み干した。
富樫のカップにはまだ真っ白い雪が詰まったままだ。いつの間にか現れたカップ片手の三号生二号生のお兄様方に星星はざくざくと振舞われ、タライの底に残っ
た星は残り少ない。蜜生姜にぴりりと舌を痺れさせ、頬をほんのり赤らめた桃がやってきて、富樫の横にすっと立つ。桃はそのまま富樫の横顔にかげっているも
のを読み取ろうと目を細めるだけで、声は上げない。待った。
「俺も夢だとばっかし、思ってたんじゃ」
「……そうか」
「ウソツキ呼ばわりしねえで、ありがとよ」
富樫は桃へ向き合った。桃は微笑み、
「何のことだ」
ととぼけてみせた。富樫はこういったはぐらかしに慣れている。
「ヘッ、…と、星がなくなってきやがった。どれにすっかな」
鼻の下をこすり、火箸を手にする。タライの中には墜落の際に砕けてしまったらしい屑星や、真っ黒でどんな味か皆目見当もつかない闇星、それから熟翠に濃紫
がマーブルに混じっていて、見るからにデンジャラスな匂いのする腐れ星など、あまりよさそうなものが見えない。
「おっ、これなんてどうだ」
それは雪より真っ白な真珠星で、白い火花をちろちろとまだ噴出している。そっと持ち上げて、カップへ。
バチバチバチ、と盛大な音とまぶしい火花が散った。カップを掴む手に容赦なくぶつかり落ちてくるが手放すわけにもいかぬ。熱いというよりもジンと痺れの走
る火花が落ち着くまで待った。湯気が立つ。
背中を丸め、舌を用心深くちらりと出して、舐める。途端に火傷をした。
「ウッ」
「どうした富樫、火傷か」
「う、こりゃあ炭酸じゃ、それもとびっきり強い炭酸じゃ」
顔をしかめた富樫からカップを受け取って、桃は口をつけた。ミルク色のそれからは想像もつかぬような刺激的なリンゴの香りがする火花、煮詰めた蜜の味、匂
いをかいだだけで酔いそうなアルコール。そして口の中ところかまわずに爆ぜる炭酸。
「爆ぜ星だ、」
「はぜぼしィ?」
真っ白に輝くカップからはまだしぶとく火花が上がっていく。火花の一つは桃の手にぶつかって、結晶となった。小指の爪ほどの大きさで、黄水晶のように薄く
色づいた結晶を壊さぬようにつまみ上げ、富樫の口元へ持っていく。富樫はうろたえたように目を泳がせたが、結局口を開けた。舌に乗せられたそれはリンゴの
香りをふりまきながらパチパチしゅんしゅんと爆ぜて、すぐに消えた。
「兄ちゃんも、こうして沢山飴作ってくれたな」
「そうか」
「おう」
「…そうか」
ぐい、とうるさく爆ぜるカップを煽って、底に転がっていた星の核を砕きもせず飲み込む。ぼ、と富樫の喉を透かして白く最後に輝いたのを桃は見た。
桃のオレンジの核は崩れ、粒の大きな砂糖のように底に沈殿している。桃はオレンジと生姜の染み込んだ星砂糖を舌を伸ばして舐め取った。
染みたアルコール。
桃は少し、くらりとする。富樫があっぶねえなあと言って、肩を支える。
「お前なら信じてくれると思ったぜ」
「信じるさ」
「ああ」
「お前を俺は信じてる、お前がどんなメルヘン言い出したってな」
富樫は心持ち、深く酔った。
次の日、昨夜の謎の流星群について学者先生達は果てぬ論議を繰り返し、最終的にこれは凶であると平安時代から変わらぬオカルトな結果に落ち着いた。
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