爺バカなのは当たり前

わたしは起き上がったばかりの布団の上で膝を抱えた。頭がひどく痛かった。ズキズキではなく、脈に合わせてどんどんと疼くように痛いので多分熱があるんじゃないだろうか。うん痛いな、わたしはさっさと白旗をあげて起き出してきたばかりの布団にぐずぐず潜り込んだ。
今日は秋晴れ日曜日、布団をせっかくなので干したかったけれどしようがない。せめて気塞ぎにならないようにと、窓のそばに布団を寄せる。
熱があると身体中が心臓みたいに脈をうつ。目を閉じればなおさらだ。なかなか眠れなくて息苦しい、やはり体温計で熱を計らなくて正確だった。ああ熱があるとわかってしまうと急にだるくなってしまうから、さっさと寝るのがいいと思っている。だがなかなか眠りは訪れない。
学生で本当によかった。社会人なら熱にへばろうが関係無しに働かなくちゃならないだろうから。
わたしも高校を卒業したら、大学生にならないなら社会人になる。迷ってもいた。 まったくあやふやだと布団から頭を出し笑った。年齢によって肩書きが変わるけれど、幾通りもある肩書きは少しのぐらつきで変わる。
笑ったら咳き込んだ。
苦しい。
咳をしてもひとり、というわけだとまた笑う。咳き込む。母は仕事に出ていた。
見上げたアパートの天井には雨漏りがない。おや、と不思議に思った。あると思ったのに無い、何故私は天井に染みがあると確信していたのか。咳き込む。あああの染みは猫の形をしていた、目の三つある猫の形をしていた。はっきり覚えている。何だろう、こんなにはっきりと覚えていて、確かに私はねぇ天井に猫がいるよねぇじいちゃんと、
「あ」ああ。この家じゃなかった。
「じいちゃんの家だ」
わたしが幼い頃を過ごした、あの家の天井にあった染みのことだとわかる。
頭はぐずぐず煮えているのに寒気がして、布団が触れる身体が痛かった。
あのがさがさとした、水の匂いのする手のひら。
思い出したら急に、頭の芯がぐらぐらふわふわして身体が軽くなった。
眠る。
落ちるようにではなく、飛び込むようにして眠る。
眠りは逃げ場だと言ったのは、頬にむっつの傷のある爺さんだった。爺さんと呼ぶとむっとしたような顔になる、若い頃はきっと格好よかったんだろう爺さん。





男親、正確には親じゃないけれど、男親の子育てというのはなかなかむつかしいもので、幼いわたしはよく風をこじらせた。
胸が苦しくって、ヒッヒ、ヒッヒと喉が笑うほど咳き込んで喉がざらざらになってしまう。
「ケッ、軟弱な野郎じゃ」
じいちゃんは乱暴に、額に乗せたタオルを取り替えてくれた。もうずいぶん額の熱でぬるくなってしまっていたので、新しい冷たさが気持ちよかった。
「そう言うな、子供ってのは頑丈にできてないもんだからな」
そうじいちゃんをたしなめたのは桃さんだった。わたしはある時期、桃さんを自分のお母さんだと思いかけていたことがあった。
今思うと恥ずかしい。
「息苦しいか、何か喉を潤す飲み物を持ってきてやれ」
と、羅刹のおじさん。
「コーラでいいか」
と言ったのはものすごい頭の、卍丸というむつかしい名前のおじさんだった。もうずいぶんな爺さんだったけれど、やんちゃというか気が若いというかとにかく元気な爺さんだった。卍丸のおじさんが来るとじいちゃんはピリピリする、そこらにタバコの吸殻を捨てていくのだ。わたしがあまり呼吸器が強くないと知ってからはなおさらだったのかもしれない。
「スポーツ飲料のほうがいいだろう」
いつも手袋をはめたままのあの、窪んでいるけれどやさしい目をした人の名前を思い出せない。
とても大きな、大仏様みたいに立派な人が呼ぶ名前を思い出そうとしてみる。
「影慶、それならお前も来てくれ。俺はアルコールの入ってねぇ飲み物はイマイチわからん」
影慶だ。
思い出せたのが少しうれしい。
手袋のおじさんと、モヒカンのおじさん。そう呼んでなついていたんだった。
幼いわたしは大人、爺さん達の議論――わたしの風邪をどう治していくべきか――喧々諤々の議論をよそに天井を見上げている。
目が合う。今のわたしは天井から見下ろしていた。ふわふわと浮かんでいるのか天井にべったりとへばりついているのかはわからないけれど、わたしは鳥の目で見るようにしてぐるり部屋を見下ろしている。
熱でどこか浮かび上がった子供の顔は、なんだか幸せそうで気恥ずかしい。
うらやましいとは口にはできない、が、思うくらいはいいと思う。


あの頃のわたしを気遣ったのか、それとも単にじいちゃんの家が都合がよかっただけなのか今となってはわからない。
家にはだいたい客が居た。じいちゃんは呼んでねぇ呼んでねぇ、帰れやとぶつくさ言っていたけれど客はお構いなしだ。
じいちゃんも帰れ帰れと言うまでが挨拶だったのかもしれない。
わたしは人に囲まれていた。
たくさんの人がわたしとじいちゃんの周りにいて、にぎやかしくやっていた。それが何よりうれしくって、母親のいない寂しさを紛らわしてくれて、幸せだった。
たとえ食事が根深ネギの汁にいり卵、茄子の漬物だけだったとしても、一人で食べる飯とはくらべようもない。
あの味はもう食べられないのだと思うとさびしかった。
今わたしは、2LDKのアパートの二階に居る。母と顔をあわせることは少ない。毎日空腹を覚えるということもなくなっている。
じいちゃんは料理だけはうまかった。といっても、丁寧にうまいのではなくて手早い。料理に慣れている感じだった。
流しに向かって、右で鍋をことこと、左で魚焼きの網がもうもう、その中心にガニ股で立つじいちゃんはまな板をことんことんと鳴らしている。
それを後ろっから、擦り切れすぎてチクチクする畳にごろりと寝転がって頬杖をつきながら見るのが好きだった。
じいちゃんは白い開襟をよく着ていて、背中がじゃーんと立派にでっかいのだ。よく陽の当たる縁側で爪きりをしたり、新聞を広げたり、はたまた鼻をほじったりついでに鼻毛を抜いたりしている背中に飛びつく。それはわたしに許された領地だとすら思っていた。
わたしを受け止めてくれる、背中が好きだった。
今だって好きだ。
じいちゃんの朝飯の仕度を見ていると、いつの間にか桃さんも私の隣でおんなじように頬杖をついてじいちゃんの背中を見ている。
桃さんの横顔、目じりの皺は当たり前に深くて頬だって少し萎れているけれど、問答無用に格好よかった。
「腹が減ったな」
桃さんがぽつりと言うので、
「うん」
とわたしも答えた。
あるとき桃さんが少しふざけてしまったのだろう、
「母さん、腹が減った」
とじいちゃんの背中に言ったことがあった。確かに割烹着こそ着てなかったけれど、毎日料理をしているのだったから母さんみたいだと思っても不思議じゃない。からかったのだ、今ならわかる。
だがそのときわたしはものすごく突然に母を思い出してしまって、桃さんは敏感に察知したのかすまない、と小さくわびた。
桃さんに気を使わせてしまったことも申し訳なかったが、そんなちいさなことでしょぼくれてしまう自分がちっぽけで落ち込む。



その日、わたしは性懲りもなく高熱を出したんだった。身体というのはうまくできていて、頭が余計なことをしそうになるとすぐに熱暴走して思考をとめてしまう。
たくさんのお客さんたちはいつものように明るく、けれど騒がしくはせずにああだこうだ言っている。
その日を、今わたしは見下ろしているのだ。ふわふわと、天井から。
「おら、飲め」
結局スポーツドリンクなんてしゃれたものがじいちゃんの家にあるわけもなく、羅刹のおじさんがわざわざ井戸から水を汲んでくれた。影慶のおじさんは決してわたしが食べるもの、飲むものに触れない。そういう決まりなんだと誰かが言った、あれは薔薇の、センクウのおじさん。
わたしのごとんと重たくなった頭をすばやく持ち上げてくれたのは卍丸のおじさんだ。口ではチビやらガキと呼ぶのに、本当はどうなんだろう。
首に角度がついて、唇が開く。そこに片口に入れた冷たい水を、そうっと、そうっとセンクウのおじさんが飲ませてくれた。
センクウのおじさんの目はきれいで、たまにびっくりするほど冷たい目をするのに、わたしやみんなを見るときには湖みたいに明るくってやわらかい。
喉に流れ込んでくる水は、胃がびっくりするほど冷たかった。
おいしくて、喉を鳴らして飲んだ。
熱くなった身体に水が染み込んで来て、ああこれがじいちゃんのいつも言う『命水』というものなのかもしれないと文字通り身に染みて思ったのをしっかりと覚えている。あの水のうまさは炎天下に飲むコーラの幾倍もの価値があると今でも思う。
命水とは、朝一番にコップ一杯飲む水のことで、毎日の習慣となっていた。
じいちゃんは、
「飲め、命水だ」
とコップを差し出す。コップの水は井戸水ならではで夏も冬も均一に冷たかった。毎日かかさず、じいちゃんが痛む腰をさすりさすりポンプを押してくれていたのである。
じいちゃんが腰を悪くしてからは、わたしが毎日水を汲んでやった。できることがあって、うれしかった。
「塾長の受け売りだけどな」
ヘッヘヘ、鼻の下を擦って笑うじいちゃんは何十年も若返って、まるっきり悪がきみたいな顔して。
じいちゃんは塾長って人を本当に思っていたんだと、それだけはわかった。おそらく、話に出てくる『兄ちゃん』と同じくらいに。




幼いわたしは布団に包まれている。天井を見上げていた。わたしはすぐ真横に目が三つある猫型の雨漏りの染みを見つける。
なあんだ、やっぱりここだったか。わたしは探し物をみつけたような心持になった。
いい機会、なのかはともかく、わたしは懐かしい和室の中を見渡す。
ヘリが切れてしまっている畳。
穴の開いた障子。この穴は先日じいちゃんが酔っ払って蹴飛ばした。
落書きの書かれたふすま。ネコの落書きはわたしだけれど、隣の、今思うととんでもなく下品で卑猥な落書きは卍丸のオッサンだ。
テレビ、今は無くなって久しいアンテナの上にくっついたテレビの上には一輪挿しに薔薇の花。薔薇をいつも持ってきてくれるのはセンクウさん、じいちゃんは実は花粉アレルギーのケがあったらしいけれど、気を使ってかセンクウさんの目の前でくしゃみをしたことは一度もなかった。
今は立てかけて端に寄せられたちゃぶだい、何人もお客さんが来るととても足りないけれど、じいちゃんとわたしが向き合って食べるには十分なちゃぶだい。キズだらけで、あそこで私は雷電爺さんに「あいうえお」を習った。
何にも無い、座布団さえじいちゃんが座るペラペラのと一応お客さん用の紺色の座布団で二枚ばかりしかない。
しかもその客用の座布団も桃さんの枕として用いられることが多かった。



「おい、食えるか」
はっとした。
わたしは視線を真下に下ろす、おさないわたしの横にじいちゃんが膝をついて話しかけていた。おさないわたしは夢うつつなのか、目を半開きにしてわたしばかりを見ている。わたしは手を振って、じいちゃんの方を向くように促した。
じいちゃんが天井へ目を向ける、一瞬ひやりとした。が、
「あの染みが気になっかよ、ありゃ三つ目のネコの幽霊でよ…」
おさないわたしは目を輝かせた。じいちゃんは、話しは後だといったん言葉を切る。
「まずは食え、センクウ先輩、すんません、座布団を――」
センクウさんが座布団を二つ折りにする。影慶のおじさんが私を抱き起こし、その背中に二つ折りの座布団を差し込んで支えた。
たちまちに咳き込む。うろたえたように目を左右に動かして、
「粥だ、食え」
じいちゃんは土鍋の蓋を開けた。


土鍋の中身は空っぽだ。おや、わたしは天井に張り付いたまま首をかしげる。
ああ、わたしが思い出していないからか。となっとくした。あわいクリーム色の土鍋、古いレンゲ、塗椀。
なんの粥だったか、思い出さないとおさないわたしは食べられない。
ううん。

「おかか粥だった」

思わず声を上げた。本当に上げたかはわからない、

「おかか粥か、うまそうだな」
「卍丸、病人の食い物までほしがるな」
「別にそういうわけじゃねぇ」
「先に水を…富樫、」




桃さんだ。
今までどこにいたのか、どうしていたのか忘れていたけれど、幼いわたしはあの時(天井のわたしにとっては今)いきなり桃さんが天井に向かって、
「そろそろ戻れ」
とはっきりと言ったのだった。
おさないわたしは、ネコの染みに言っているのだと思ったし、天井のわたしは見えているのだと肝を冷やす。
桃さんと、目が合った。
かっきりと目が合って、そしたら私は気づいた時にはもう自分の部屋の寝床にいたのだ。








「おかか粥…食べたかったな」
布団に臥したまま、わたしは天井を見上げる。額にも、胸にも、背中にもびっしょりと汗をかいていた。髪の毛と首筋の隙間にはむんむんと熱気が生まれていて気分が悪い。
おかか粥
食べ損ねたというべきか、あの後たしかにおさないわたしは舌が煮えるほど熱い粥を完食するまで許してもらえなかったのである。
急に、あれが食べたくなった。

身体を起こす。作れる、じいちゃんに作ってやったことが一度あった。
あれはどうして作ったんだったか。立ち上がる。
ぐらつく。頭を振って、しっかりと立つ。
しっかりと立てれば上等。

キッチンへ向かった。
キッチンのシンク、そこに見慣れないものがごろりと置いてあった。
「あ…」

クリーム色で、使い込まれた風情の土鍋。
あの土鍋としか言いようのない土鍋がちんと座っている。震える手で蓋を開けると、何時間も前に水につけてあったらしい米が皆くだけていた。

蓋を閉じる。コンロにかける。点火、失敗、もう一度、点火。

青い火を見ながら、わたしは掠れた声で、
「意外と爺バカなんだものなぁ」
そう言って、少し笑った。
モクジ
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