許可のある方のみ使用できます

桃がぎゅうと手を握って、いいかと聞く。
俺は桃が嫌なわけもねぇので、おうと答える。
本当は少し違うんじゃあねぇかとも思う。だって普通はこういうものは女とするんだ。
だけどここは男塾で、女なんてどこを探したっていやしねぇ。
俺は到底女にゃ見えねぇ男だけど、桃がしたいと言うからまあいいかと頷いた。


するのはキスだ。
女とする前に男とか、そう考えると少し迷っちまう。
朝でも昼でも、夜でも桃は遠慮というものがねぇ。一応配慮はしてるみてぇだがな。
いいんだ、俺ァ別に、減るもんじゃなし。
「いいか」
「……またかよ」

桃は電気の光の下でも、太陽の下でも、星空の下でも月の真下でも、

「またなんだ」

と言って、俺の返事を待つ。笑って、頭を照れたようにかいて、でも悪びれねぇで言う。
犬みてぇに、俺がいいぞって言うまで待つんだ。
…待たなくてもいんだよ、イチイチ。
いや、やっぱり待て。俺がいいって言うまで駄目だ。絶対駄目だ。
…待たなくてもいいんだって、馬鹿が。



寝る前だった。
俺は既にうとうとしている桃を部屋の端っこへと蹴ってどかし、布団を敷く。チッ、ぺらぺらじゃねーか冬だってのによう。
畳の上に二組の布団を敷く。乱暴に洗いすぎてバリバリのシーツをかぶせて、声をかける。
「おい桃、布団敷けたぜ。おい、もォも」
「うん…」
眠たいんだろうと一目でわかるぼんやり顔だ。いかにも鋭く切れそうな男前のわりに、中身はてんでガキだ。
「もも」
俺は脚でもって、床に寝転んだままの桃の背中を蹴った。軽くそのままドリブルの要領で押していく。
ずっしり重てぇが、なんとか布団まで転がすことに成功した。
布団に仰向けになった桃、目が閉じてるんでもう寝たもんだと思って、電気のヒモを引っ張った。

「富樫」
呼ばれた。ひとつ電気が消されて、オレンジの豆電球の明かりだけだ。
外は真っ暗で、きっと明日あたり雪が降るかもしれねぇ。
見下ろすと、薄暗いなか桃は目を開けて笑っていた。
「…」

「富樫、頼む」
「またか」
「…またなんだ」

いつものやり取りだ。
「面倒くせぇな、いいからもう寝ろ、寝ちまえ」
「頼む」

そう改まって言われると俺も困るんだよ。なんだか俺が度量がちいせえみてえじゃねえか。
俺は桃のそばに膝をついて、しぶしぶ顔を覗き込んだ。デコにも頬にも顎にも、髭剃り負けしか見えない。肌が弱いんだと言っていたが、ワリにニキビもなんも ねぇつるっつるの肌だ。
俺は顔をさらに近づける。

ん?
これじゃまるで、俺がしようとしてるみてぇじゃねぇか。

俺は顔を上げた。
「止めだ、俺ァ寝るぜ」
さっさと隣の布団に足を突っ込む。チッ、冷えてやがんな、アンカでもユタンポでも入れろってんだよ貧乏学校め。
「駄目なのか」
隣で、起き上がった。気配がした。わざわざ目を覚ましたのかよ、本当におめえは、おめえって野郎は…

「駄目とかじゃねえよ」
仰向けになったら、もうすぐそこ、十センチばかりのところに桃の顔はあった。いつの間に近づいたんだ。まったく素早いったらねぇ。
「いいか」
「よくねえ」
桃の眉毛が困ったように八の字になった。情けねぇ顔するじゃねえか、一号生筆頭ともあろうモンがよ、おめえは、馬鹿だ。
「嫌か」
「嫌じゃねえ」
首を傾げられた。
察しの悪い野郎だ。
「ならいいか」
「うーるっせえな、グダグダ言ってねぇで、さっさとして寝ろ」

笑った。
嬉しそうに、さらりと笑った。
「ありがとう」
礼を言われるようなことでもねえよ。馬鹿。
顔が近づいてくる。


…。ふう。チェッ、満足そうな顔してるんじゃねえよったくよう。
あんだけしつこく言ったわりに、唇はすぐに離れんだよなあ。わからん。こいつの考えることはわからんのう。
済んだのを見計らうと、俺は布団を頭までかぶった。
猛烈に照れるんだよ、悪いか。
俺は悪くない。




「桃」
もう寝たかなと思いながら声をかけた。もちろん布団の中からだ。
「なんだ」
起きてたようだ。返答も素早い。

「次から、イチイチ聞かねーでいい」

言ってすぐ、早まったと後悔した。これじゃまるで、俺がして欲しくてたまらねーみてぇだ。
ああクソ、しまったな。

「…わかった」

いいんだ。
いいんだ。
俺は繰り返して、いいんだと自分を納得させた。


桃が嫌いじゃねぇ。桃がしたいと言う。俺は別に、嫌でもねぇ。してもいい。
だからいいんだ。


桃がしたいって言うからいいんだ。






そのころ俺は馬鹿だったから、『させてやってる』というくだらねぇ優位に立ちたくてしかたなかったんだ。
馬鹿だったからな。すごく。その馬鹿の思惑丸ごと見抜いて付き合ってた桃はもっと、大馬鹿かもしんねーけど。

「って、ち、ちったぁ遠慮しろよ!ところかまわずすんじゃねぇ!」
「いいって言ったろ、顔を出せ、逃げるな」
「俺の意思を無視していいって言ったわけじゃねぇ!!」
「しかたねぇ…手間のかかる奴だ。富樫『するぞ』」
「な、な、何をっていうのを略すな!」
「じゃあ」



じゃあ。言いかけた桃の口を手でぐっとつかんでせき止める。
「バァロォ取り消しだ取り消しィ!!」
俺はすぐさま、再び許可制に戻した。
ブーブー文句を言うな。男が一度言った事を?うるせーや。



…許可が下りりゃあできんだから、文句言うんじゃねぇ。
俺は本当に、馬鹿だ。
モクジ
Copyright (c) 2007 1010 All rights reserved.
 

-Powered by HTML DWARF-