鎧兜系OL伊達臣人、コトブキ。
OL
OL
おーえる。
オーエル。
それは、オフィスレディ。
オフィスの華にして最前線。
セクハラにも耐え、強過ぎる冷房にも晒され、クレームの矢面に立たされる。
「昇るって言うなら、勿論頂点だな」
今一人、OLの頂点を目指して立ち上がる者がいた。
名を伊達臣人という。所属は関東一円営業部、事務課筆頭。
ちょっとニヒルな笑顔がエロかわ★キュート、
組み替えるたびにドッキンの美脚が小悪魔モードの結婚適齢期。
繰り出す槍先が今日もA4→B5裁断!
「領収書はサキカブのオトコジュクで。サキガケじゃねぇよサキカブだ、男は日本男子の男、塾は男塾の塾」
そろそろ結婚して寿退社でもしてもらいたいと、総務財務部筆頭赤石はどうにも薄い伊達の入れた茶を啜った。さいさんそろそろ辞めろってんだよ斬るぞ縦割ぞと脅してはいる。
しかし伊達はやめる気が無い。さらさらに無い。それはまだ白馬の鎧兜もきらきらしい美丈夫が現れていないからでなく、単にOLの頂点を極めていないからに他ならない。
伊達臣人は常に上を向いている。それは態度がではない、意識がである。
そのために人がしない雑事荒事なんでもやった。それが自分を成長させると信じて行う。もちろんさりげなくである。
俺は努力してるだなんてセリフは恥ずかしくってとても口には出来ない。常に余裕そうに振舞うことは忘れない。勿論座った時に太腿にハンカチを広げることも忘れない。
お茶くみやコピー売上表作成それから会議室の確保に弁当の発注クレーム対応に未入金の取り立て、OLの仕事は多い。
順風満帆威風堂々、伊達臣人のOL生活は充実していた。
ある一人の新入社員が現れるまでは。
「あーもう便秘三日目、辛いぜー」
水を流しながらトイレの個室から勤続10年、ベテランOL卍丸が腰をさすりさすり出てきた。自慢のモヒカンもいまいちキレというものが感じられない。鏡に向かって口紅を塗っていた労務部独眼鉄がそりゃあ大変だなと振り返りもせず相槌を打ってやる。口紅というものは恐ろしい、少しでも手元が狂えばたちまち死化粧となる。ちなみに労務部独眼鉄と蝙翔鬼、それにディーノの三人は労働基準法まも労の三傑と呼ばれていた。ん、ぱっと口紅を塗り終えて独眼鉄が出て行く。卍丸はドアを開け放したままトイレの洋式便器にフタをし、腰をどっかりと落とす。ストッキングに包まれた脚をだらしなく開きながら煙草に火を点けた。ゆるゆるのぼりゆく煙が天井の換気扇に吸い込まれていく。煙を胸腹一杯に吸い込み、鼻から遠慮なく吐き出しつつ、自分に無防備な背中を晒して几帳面に手を洗う後輩に呼びかけた。
「ようJ、この間は断られちまったが今週は良いだろ。今度こそ合コン付き合ってもらうぜ」
きちんと手首やエリに皺を残さないよう丁寧にアイロンをあてたシャツに包まれた背中がびくりと固まる。蛇口からは水が流れっぱなしだった。背中を向けているためわからないとでも思っているのか、酷く困ったような、どうしたものか逡巡するような顔でJは俯く。だが鏡越しに卍丸はその様子を全て見ていてニタニタと笑っている。いけねぇよないつまでもファザコンじゃ、ちっとは遊びってモンを教えてやらねぇと。しとやかで控えめ、稀に笑う時もはにかむように声も立てず微笑むだけの後輩を卍丸は気に入っていた。同じ部署に配属されたこの青い目の帰国子女はいつも無表情ではあったが、細やかな気配りを自然に行えるところと空気を大事にするところが美点だと、なにかにつけ卍丸はおせっかいを焼く。婚期をスッパリ抜かしてしまった自分のようにすさんだ酒と煙草とバクチの日々ではなく、Jには休日白い犬を連れて近所の公園に散歩に行くようなゆとりある生活をしてほしいと思った。
「……明日は、稽古がある。すまん」
それだけ答えるのにたっぷり二十秒はかかっていて、その必死ぶりがおかしいったらないが卍丸は今日はこのくらいにしといてやるかと携帯灰皿に吸殻を捨て、二本目の煙草を箱から引っ張り出した。新しい煙草を口にくわえたとたんJはそそくさとトイレから逃亡していった。
やれやれお堅いこった、煙はため息と混ざって昇り溶けて消えた。
昼休みの女子トイレ。
それは古今東西秘密の花園である。
上司の悪口役員のウワサ、誰かの成功誰かの失態、ありとあらゆる情報が玉石入り乱れて飛び交っている。
そういう俗な話を聞くのが卍丸は好きであった。
悪趣味だと言われてしまえばそうだが、そういう話をしている時の人の顔というのは本性が現れていて面白い。
トイレの便器に陣取ったまま、卍丸は次なる獲物を待ち続けていた。
「おう、伊達」
「………」
入ってきた伊達は一瞬面倒くさそうに唇を震わせたが、一礼した。煙草の臭いを嫌ってか面倒ごとを嫌ってか、卍丸から離れた位置の鏡に向かう。
数年前伊達が入社してきた時、それはそれは大騒ぎだった、営業課に一輪オニユリが咲いた、いやアレはただのオニだ、夜叉だ、伊達だと大騒ぎだった。
少しでも不明瞭な領収書は通さない、作業完了報告書の無い請求書には支払いをしない、残業をしない。まさにオニの如き働きぶりで、支払いを渋る団体から未入金だった分を苛烈に取り立てて来ている。
そこへきて伊達の水際立った容姿が騒ぎを大きくした。つねにつんと済ましていて、そのくせコピー機のソートをかけ忘れて膨大な量の書類を一枚一枚机に並べなおしていたりという隙もある。その目、彫刻刀で掘り起こした眉間から目が冷え冷えとしていてたまらんと言う男たちも多い。そしてちょっとカマっぽいというか、化生いや化粧ッ気のあるなよなよとした男に大層モテるのだった。
こぞって今度どこかへ行きませんかと誘いをかけても、
「くだらねぇ」
「邪魔だ」
「どけ」
「御輿を上げい」
程度しか返事を寄越さない。機嫌が悪い時は有無を言わさず制服のスカートから槍を取り出して切り捨て御免である。
最近ではその伊達の槍使いと脚つきが見たいがためにナマスに切られに来る取引先まで現れる始末だった。
「最近新人イビリしてるそうじゃねぇか、」
関東一円営業部事務筆頭がよぉ。卍丸の声は弾んでいる。パンプスを脱いで脚をぶらぶらさせる先輩OLを伊達はアオリで威嚇した。たやすく受け流される。敵も勤続10年かと伊達、化粧ポーチを乱暴に開けた。
「イビリ?……フン」
「まーわかるぜ、気持ちァ。ありゃお前ン時より男が黙っちゃいねぇやな」
「関係ねぇな」
伊達はアイライナーを手に取った。ランコムである。しかしアイラインなどという軟弱なものではなく強く強く引いて目尻を跳ね上げる様は隈取と言ってもいい。仕上げに昨日買ったばかりの鮮やかなパール入りの朱色を目尻に乗せる。左右の目元バランスは完璧で、こういうところまでソツの無いところが伊達臣人であった。
「ありゃあ出世するぜ、来年のOL筆頭はアイツで決まりかもしれん」
寝言のようにぼそりともれた卍丸の呟きに、伊達は朱を注したばかりの目でもって音がするほど睨みつけた。おおコワ、とちっとも怖がっていないモヒカン局予備軍は膝を打って笑い、断じた。
「しかたねぇだろ、桃は!」
最先端の鎧兜系OLのカリスマ、伊達臣人が嫉妬をしている。自分より遅く入ってきたのに自分より先へ行こうとする人間に認めたくはないものの嫉妬している、内心大声で馬鹿笑いをしたいほど卍丸は面白がっていた。なんといっても伊達にはJと比べて先輩に対する可愛げというものが無い、少しからかってやれと人の悪いところを発揮している。
「桃」
伊達はその名前を踏みつけるようにして呟いた。その握った手の平の中でアイライナーがひしゃげて折れるのにも構わない。
桃、剣桃太郎。礼儀正しく素直で明るく、笑顔を絶やさない。人が嫌がる仕事でも進んで引き受けるし、また人の手伝いも良くする。
見る者に清純さをアピっちゃう真っ白なハチマキ、
フッフフ笑いが愛され系の証!関東一円営業部のピーチ姫!
まさにアイドル、偶像でなく生きたアイドルであった。その日挨拶をされただけでボァっとしてしまうほどその笑顔には幸せが溢れているし、近寄りがたさはなくいつも人に囲まれて笑っている桃は伊達の人気を追い抜かんばかりであった。
人気だけならいい。
もともと実力以外のところで評価されるのを嫌う伊達である。いくら可愛い後輩が入ってこようが所詮歩く道が違う、せいぜい自分にまとわりつく人間も引き連れていけとすら思っていた。
が、
「仕事できるモンなぁアイツ、」
「………」
そう、剣桃太郎は仕事が出来るのだ。フランス語英語完璧で、パソコン、簿記、なんでも出来る。お茶くみも。そして伊達が苦手とするコピーに関しては環境を考えて裏紙を使う心配り。
このままではOLの頂点を取られてしまいかねない。
伊達は焦った、こんなところで油を売ってる場合じゃねぇ。卍丸を無視してさっさと自分のデスクへ戻った。卍丸は秘書課筆頭、勤続15年の影慶が怒りにいつもはめている胡蝶の刺繍が入った白手袋を口で脱ぎながら探しに来るまでサボリを続行するのが常である。尚、影慶はもともと別会社で秘書をやっていたところ、覇王課筆頭大豪院邪鬼に実力と男気と包容力で持って引き抜かれてきた。尚さらに蛇足だが、二人はどうも親密であるといううわさだが、籍は入れていない。
伊達のデスクは広く、いつも整理整頓を欠かさないため、ペン一本ポストイット一枚転がってはいない。
いない、が、伊達の不在中に承認を求める書類は山となって積み上がり、連絡簿にはづらづらと伊達宛の電話の記録が書かれていて折り返しを要求している。この日も机の上は満員御礼であった。
机に戻るなり、伊達は右から左へと書類をさばいていく。承認、承認、承認、保留、承認、合間に電話、確認、書類作成。
「伊達ー、伊達よう」
猛然と書類が流れゆくそこへ、万年営業筆頭代理の虎丸が間の抜けた声を上げながらくしゃりと現れて目の前に立った。万年シュミの悪い柄スーツに柄シャツ、仰天色のネクタイ、無精髭、手入れ甲斐のありそうな太い一本眉。伊達はよくこの虎丸の尻を唸るヒールで蹴り飛ばして仕事をせっつくことがあった。この虎丸はよく営業用資料を買ったはいいがそのズボラな性格ゆえ領収証を無くしてしまうため、伊達に泣きついてくる。伊達はそのたびに知るかテメェが悪いどけ邪魔だおい離れろ離さねぇかこらわかったわかったからその汚ねぇ顔を擦りつけんな汚れる、犬か、テメェは野良犬か、わかった払う、払ってやるから離れろ。
珍しく、伊達が折れてやってやることがあった。
付き合いも長い。営業の前にこのスーツでおかしか無いか?と聞きに来て、やったぜ取れたぜ大仕事じゃと一番に成功を知らせてくる。逆に失敗の場合は伊達から虎丸へ一番に笑いに行く。仕事が出来る男ではないが、事務をさげすんだりせず、信頼して書類や電話、接客に銀行業務を任せてくれるその態度だけは悪くないと伊達は思っていた。趣味の悪いのはいかんともしがたいが、底抜けに明るい笑顔で事務からの意見を胸を叩いてすぐにくみ上げてくれるあたり、馬鹿だが素直な馬鹿だと一応の評価はしている。
そしてよく虎丸は伊達を飲みに誘ったり、遊びに誘うのだった。もちろん伊達は断る。大体が競馬や麻雀にパチンコ、食い放題とOLを誘って連れて行きたい逆ランキングベスト10に入る場所ばかり、わざとかと思うほど選んで誘ってくるからであった。
「そか、そんじゃな」
短く冷たい言葉で断られると、虎丸はアッサリ退いてしまうのだ。オイどういうことだよすぐ退くなよ一度で飛びついたら軽いとか思われるだろ馬鹿、別に行きたいなんて思ってやしねぇけど、本当に帰るのかよ。おい、馬鹿め。もう少し誘う場所考えてきたら考えてやろうっていうんだ、頭使えその軽頭。
「何か用か」
そんな伊達の気持ちも知らずか、虎丸はいつも通りの向日葵面で、
「桃が提案書作ってくれたトコ、ちょっと仕事任せてもらえるかもしれねぇって。全く凄いのう桃の奴は!こ、今月四件目の臨時売り上げかもしれんぜ」
なんていうものだから、伊達はいつもより大分力を込めて、憎憎しげにその尻を蹴飛ばした。力を入れすぎたせいでパンプスが脱げ落ちる。忌々しげに吐き捨てた。虎丸はギャンと飛び上がって小躍りし、それから律儀にパンプスを拾って伊達の目の前に置いてやる。伊達は憤然とパンプスに脚を突っ込んだ。
「事務に売り上げ上げられてんじゃねぇ、営業のプライドってモンはねぇのか」
「ねぇ」
虎丸の答えは早かった。何度美容院行って来いと言っても直らないぼっさぼさの髪の毛を掻きまわしながら虎丸は続ける。
「結局よぉ、ウチが儲かるんじゃろ?それが誰のおかげか変わるだけじゃねぇか」
「お前な」
伊達が文句を言う前に虎丸は、
「いいじゃねぇか、俺が一番じゃねぇってのはちょっとカッコつかねぇがよ。俺よりデキル奴が仲間なんだぜ?いいじゃねぇか」
仲間と、今時高校教師ですら言わないような青臭いことを平然と言ってのけた。その顔にはちょっと恥じらいが交じってはいたが、それが虎丸自身の言葉であることは紛れも無い事実であろうことは伊達には伝わった。
「情けねぇな」
「そう言うなって、俺様だって虎丸様だァ、いまに一番になっちまうかもしれねぇだろ」
えいと胸を突き出して虎丸は威張る。わっはははッ!大声で笑う。そのワイシャツの胸にカレーの食べこぼしを見つけると伊達は眉間にここ二三日刻まれっぱなしだった谷のような皺がほどけていくのを知った。凝り固まっていた肩もほぐれゆく。
虎丸のその独自の価値観は伊達には恐ろしくもあった。
自分が必死になって追い求めていたことがつまらないことのようにさえ思われる。
だが逆に、つまらないと思っていたことがなんとなく面白く思えてくることもあった。
「そうだ伊達、今日な」
「なんだ」
虎丸は伊達の目元を指差した。朱のパールがりんりんと光っている。
「今日なんかケショー違うのな、お前」
伊達は胸の高鳴りを感じた。
この、服オンチの化粧オンチの虎丸が。
ミュールはつっかけ、グロスは天ぷら当たり前。そんな虎丸が。
唐突であるが、伊達は胸の高ぶりを感じた。
スカートから槍を取り出す。手が少し震えていた。
槍をなんだなんだと慌てる虎丸へ突き出した。おわぁと叫んで、ひらりと避ける。
避けたまでは良いが、無様に床へと転げた。
この馬鹿め。
馬鹿め。
もう遅い。
馬鹿め。
一薙ぎ、槍の穂先が虎丸の首筋に突きつけられた。
目尻の朱がまたたく。
「俺は寿退社なぞしない」
低い押し殺した声で宣言し虎丸に槍を突きつけながら、ヒールを踏み鳴らして伊達は壮絶に笑った。
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