天照る伊達臣人、不戦敗

伊達は太陽であった。
別に彼が眩しい男だといっているわけではない。十分に過分に眩しいが、普通に太陽である。
伊達の足元、ご威光の端に虎丸という男が住んでいた。粗末な、三匹の子豚の一匹目の家のような家に富樫と二人で住んでいた。
太陽は時折戯れに虎丸を見下ろしては、うるせぇやつだと思っていた。毎日やっかましく動き回る虎丸を上から見下ろして天照る伊達はうんざりと秀でた鼻筋に、小馬鹿にしたようなため息を漏らす。
所詮ヒトだ。地を這いつくばってそのうち死ぬぜ。
馬鹿にしていた伊達は、あるとき虎丸が空を見上げて何事かを言っているのを聞きとめた。手で耳を囲って、耳を澄ます。ちっぽけな人間如きが何かを言ったとしても、いちいち注意せねば小さくて聞き取れない。

「今日も晴れたなぁ、ありがとさん」
太陽は礼を言われ慣れている。毎日どこかで太陽神に祈る祭りが行われ、生贄に赤子の心臓が抉り出されていることだろう。
ひれ伏すでもなく、両手を天に捧げるでもなく、よぅと気軽な挨拶ついでのように。

伊達は少しの幸せを味わった。
それから毎日(伊達曰く、気が向いたら)見下ろして虎丸の様子を見下ろしている。
いつも腹が減ったと言っては、大声でじたばたしながら腹が減った減ったと暴れる暴れるちゃぶ台を蹴倒す。しまいには無駄な体力をつかっちまったと呟いた。
これを三日繰り返した虎丸に、伊達は心からこれぞ馬鹿というものだと感動すら覚える。
それが淡くあまじょっぱい感情になっても不思議ではなかった。
伊達は意味もなく虎丸の家に照り照り照り付けて虎丸を干上がらせてみたり、ある時は昼寝している虎丸を避けるようにとろとろ陽差してみたり。
よくわからない、伊達自身良くわからないことを繰り返していた。




あくる日、風が伊達を尋ねてやってきた。風の名前を桃と言う。桃はそこらじゅうを流し飛ぶ風で、様様な地方を巡っていた。
ピーターパンより軽やかに伊達の隣へ着地すると、草原のにおいを振りまきながら桃は伊達の視線の先を探る。
「虎丸じゃねぇか」
伊達は驚いた。
「なんでお前が知ってるんだ」
あれ、と桃は下界へ指差す。富樫が居た。そういえば前々からちょっかいをかけていたのだと思い出す。
先日も富樫が一時間かけて干した溜まりに溜まった洗濯物をぴゅうと一吹き、わぁわぁ追いかける富樫を飽かずに見下ろしていた。意地の悪いやつだと思わないでもなかったが、最後には下界へ降り立つと綺麗に洗って畳んだ洗濯物を落ちていたぜと笑顔で届けに行く不可解ぶり。
こいつだけは読めねぇと伊達は眉をひそめて陽射しをゆがめた。

「富樫と暮らしてるんだろ、かわいいモンだぜあの二人」
馬鹿な子程可愛いって奴か。伊達は最近それがちょっとわかるようになった。
「よし、力比べと行こう」
桃はふわりと立った。風が伊達の首筋をすり抜けていく。
「力比べ?」
「おいおい、風と太陽が揃ったと来たら、旅人の追いはぎだろう」
しょうがないなと桃は呆れたように伊達に説明をした。確かにそういう童話もあるが、追いはぎじゃあねぇだろうがと心の中で突っ込む。
標的となった虎丸を見下ろせば、いつもと同じ学ラン姿。

「さて、ひん剥いてやろう」

ひん剥いて、の単語にほんのりとアレな匂いを感じ取った伊達は、天照る大神の神格を失いつつある。








「さて、まずは俺が行こう」
桃は指をポキポキ鳴らした。童話であれば、北風が吹き付ければ吹き付けるほど旅人はコートの襟を固くしてしまうはず。伊達はフンといかにも興味なさげに見守った。

桃が手の平の上にフッ、と頬を膨らませて息吹くと、たちまち花氷が薄く大気に漂い、一斉に虎丸めがけて飛んでいく。吹き飛ばす、ではなく完全に攻撃の域に達している桃の息吹。
「う、うおおおおッ!い、いきなり何じゃああ!!!?」
虎丸は頬に伊達とお揃いの猫ヒゲに似た傷を作りながら叫んだ。辺り一面吹雪である。虎丸の顎にぽつぽつ芽吹いた髭が白く凍り始める。
機関車のような息を吐いて、虎丸は身体を縮こまらせた。
ふふん、伊達はほくそ笑んだ。
あの童話の通りじゃねぇか、かたくなに学ランを着こんで―――
「ワッハハハハッ!!こ、こんな風、ちいとも寒くねぇぞ!!」
脱ぎ捨てた。ボンタンも靴も脱ぎ捨てた。白く唸る風に学ランが巻き込まれて飛んでいく。
「ぬ、脱ぎやがった……」
どうして脱ぐのか、それは男として負けられねぇ戦いだったからと虎丸は答えるだろう。
意味がわからない。理解できない。


勝ち誇ったように氷の破片をもてあそぶ桃の笑顔が憎憎しいばかりであった。




さて、と伊達。
「………もう、脱いでんな」
「そうだな」
伊達が心ばかりの恵みを御自ら指先より零れ落としてやりながら、呟いた。早くあったかくなれよ馬鹿。
既に全裸だ。褌も飛ばされてしまったようである。フルチン、そんな下品な言葉は天照る伊達の口からあってはならない。
「不戦敗だな」
「………チッ、」
伊達は舌打ちし、西の空にいつもより三時間も早くさっさとお隠れになってしまった。















問1.この文章の教訓を二十文字以内でまとめよ。
例:わしが男塾塾長、江田島平八である!!(18文字)


「日本語は難しいな、俺にはやはりまだ早かったようだ」
Jは問題集を閉じた。雷電はむうと唸ってから、友の肩を気遣わしげに叩く。
「あまり気に病まれるな。案ずることはない、百問に一問はわけのわからぬ問題がまぎれているのが試験の常道である」
「そういうものか…」
うむ、と雷電。卓上のカレンダーを手に、咳払い一つ。
「試験まで後三日、この雷電、可能な限りJ殿に国語の試験の秘策を伝授いたす」
表立ってではない、はにかんだ笑み。Jは微笑んだ。
「……感謝する」
モクジ
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