最近息子に好きな人が出来たようです
「伊達ぇ」
「なんだ馬鹿虎」
「下の名前ってなんじゃっけ」
「!……臣人だがそれがどうしたいきなり何を聞いてくると思えばそんなことかそれより覚えてねぇのかてめぇは名前で呼びたいってのかそうかそれなら」
「このカブト虫センクウ先輩がくれたんじゃが、臣人って名前にしようかと思って」
伊達は虎丸の尻を蹴った。
メスカブト虫、命名臣人。
その後3年間というカブト虫にしては驚異的な寿命を全うすることになる。
なお、途中、命名邪鬼という年経た大カブト虫の子供とつがい、それぞれ卍丸、影慶、センクウ、羅刹と名づけられる子供の出産にも成功した。
【一号生日記より】
虎丸がいきなり走り寄って来て、背中を叩こうと手の平を振り上げる。勢いをつけて振り下ろす。
手加減をしていない。それはいつもいつも軽くあしらわれているのでどうにか一矢報いてやろうという気持ちのあらわれと、こいつなら大丈夫だろうという信頼という名の都合よい解釈であった。
「馬鹿か」
冷めた声。冷めた眼差し。冷めた手の平。この冷凍マグロ!と虎丸が他愛ない悪口を言う伊達。その伊達が痛ェよというのが聞きたかった。虎丸の目がるりるりと輝いた。
しかし虎丸の振り下ろした手はその背中に着弾する寸前にひょいと手首を掴まれて、たやすくひねり挙げられる。ぐぎぎぎぐ、と虎丸の身体の中で嫌ァな音が立ち、足をばたばたさせて悶絶した。
「あだだだだだだッ!!」
「朝から何をしてやがんだ、馬鹿」
馬鹿、伊達から虎丸に向けられる言葉のうちで最も出場頻度の高い単語の一つである。
他には、『馬鹿』『馬鹿野郎』『間抜け』『オイ』『コラ』などが挙がる。
「ま、またッ、また馬鹿って言いやがったなぁ!!」
「馬鹿を馬鹿と言って何が悪いってんだ。馬鹿」
虎丸は切れた。最後の馬鹿は完全に、「ば」と「か」の隙間にちいちゃな「ぁ」が入っていた。
馬鹿にするように馬鹿と言ったのだ。
うぎー!と虎丸は脚を踏み鳴らす。
「てめッ、と、こぉの虎丸サマを馬鹿呼ばわりたぁどういうつもりだぁ!あァ!!?馬鹿はテメェだ馬鹿、この猫カブト!」
思いつく限りの伊達に関する悪口を並べたとしても、もともと中身の多少少なめの虎丸のこと、この程度である。
馬鹿だな、と伊達は更に虎丸を馬鹿にした。肩をすくめ、目を逸らし、ため息までつけて、
「馬鹿だな」
と、言った。
そして、喧嘩をした。
尻を蹴飛ばし、屁をかけられ。
つながり眉毛をひっこぬき、猫ヒゲを増やされ。
不毛な喧嘩をした。
目的も、褒美も無い喧嘩であった。
晴れた春の朝八時。
二十分に渡って続いた不毛な喧嘩は、二人の体力の低下とともに舌戦に切り替わる。
舌戦が長引くとどうにも虎丸に勝ち目はない。伊達は雷電月光飛燕の薫陶の賜物かそれとも本人の趣味の一部か、古くてむつかしい、それでいて重たい言葉を沢山知っている。以前にも虎丸は舌戦を挑んだものの、ベコンベコンに論破されてしまった。
「どうした、そんなもんか馬鹿虎…フン」
悪役のような、としかあらわしようのない笑顔を浮かべた伊達。
「ぐぎぎぎ今日という今日はもう我慢ならねぇ!!テメエなんか絶交だ、絶交ッ!!」
「そりゃあいい、お前の馬鹿面も見飽きたところだ!」
とどめとばかりに、尻を蹴飛ばす。虎丸がもんどりうって校庭に転げ、土まみれになったところで飛び出したのが上のやり取りである。
虎丸は伊達に、今年度入って11度目の絶交を申し渡した。
「顔つきが優しくなり申した」
「!」
昔々、信州伊那の国、とでも訥訥語りだしそうな、低くよい声がかけられた。
伊達は弾むようにして急ぎ起き上がる。校庭の片隅、桜木の下で伊達は物思いにふけっていたところへの声である。綺麗に等分され、筋の入った腹筋を生かして上半身を起こして意識をめぐらせ、気配を探る。360度誰も居ない。おや、と思ったところに、
「お前が虎丸と付き合っているのが嬉しいそうだ」
教養深い教師か牧師のような、抑揚をつけ過ぎずに落ち着いた掠れ声が続く。
「雷電、J、そこで何をやってる」
自分の目線から見て平面、二次元の話ではなかった。敵は三次元、ちょうど90度真上の木の上にあったのでさすがの伊達も呆れかえって上を見上げる。
名前を呼ばれた雷電、Jは樹齢も分からないような姥桜の枝に仲良く腰をかけて話をしていたらしく、二人そろって顔を見合わせた。理由はないらしい。
ただ、なんとなく、晴れていたし、桜も綺麗だ、ついでに燕の巣も、そうだな、そうとも、ああ、うん。
そんなやりとりが声には出さず伊達の頭上で一通り執り行なわれたのを確認し、伊達は改めて質問を口にした。
「それで、俺の顔つきが何だと?」
二人がちょうど真上にいるため、伊達は頭を首がきしむほど一杯に上げて仰ぎ見た。桜の桃色に雷電とJが埋まるようにして肩を寄せているのはシュールだと思うと同時に、雷電も変わった、と伊達は感慨深げに瞬いた。以前雷電と伊達は部下と主人の関係であった、おそらくこのように雷電を見上げて話すようなことはなかったと伊達は記憶している。こうして男塾で雑談をしている姿などその当時には想像もできなかった。
ありえないということはありえないのだ、伊達は少しだけ笑った。
「優しくなり申した」
「お前が虎丸と付き合っているのが嬉しいそうだ」
伊達の笑みはすぐに引きつる。さっきもこのやり取りはしたと思うが、いやした、こいつらさっきと同じことしか言ってないな、ウム。
「だから」
だからそれがどういう意味だ、と伊達が詰めるようにして話そうとしたところで、
「虎丸殿と話をしている時、なんとも嬉しそうでござる」
「案外子供っぽいところもあるんだな、驚いた」
二人が同時に理由を述べる。モスラの隣にいる双子美少女か、某ドラゴンクエストのラーミアを守るこれまた双子美少女を思い出す喋り方である。
そして、理由を述べたら黙る。もともとJは寡黙だし、雷電は聞かれない限りあまり自分からべらべらとしゃべることはない。
しかめっ面をわざわざ頬や額に用意して、伊達はむっつりと答えた。
「………あんまり馬鹿だから見ていて腹が立つ、それだけだ」
おう、と雷電が声をもらす。どうした雷電、Jが完璧なタイミングで尋ねる。不気味なほど息が合っていた。
「青い性の目覚めでござる」
「青い性?」
「恋でござるよJ殿」
「恋、」
またもJ、雷電の話をうまくうけて、真摯に光る眼を伏せて尋ねる。
伊達はなんとなく言葉を発する機会を失ってしまっていた。あまりにも唐突で、突然すぎたのであった。
何より、なにやら聞き捨てなら無い物騒な単語が聞こえたような気がして
「これぞ思春期というものでござる。好きな対象に暴力をふるったり、きつい物言いをしてしまう所から淡い恋芽生えると言われているのだ、……よいかな?」
「そういうものか」
Jはなるほどな、と頷いて雷電を尊敬した。武術に優れているだけでなく博識で、義にも厚い。無口な自分にも辛抱強く付き合ってくれる雷電をかけがえのない友人だと、口には出さないものの思っていた。
しかし生憎伊達はJほど素直ではないし純真でもなかったので、形のいい眉をひそめると強い調子で遮った。
「馬鹿か、恋なんぞであるか、これはただの…」
ただの、何だ。伊達は詰まった。答えを用意していなかったのである。
すかさずJが、尋ねた。
「ただの何だ」
雷電が受ける。どうにもこの二人が組むとやりにくい、ひそかに伊達は面倒だと舌打ちをひとつする。
「これは照れ隠しなるもの、照れているのだ」
「はじらっているのか」
「さようでござる」
「そうか」
「違うと言ってるだろうが!!」
とうとう伊達は声を荒げて立ち上がる。学ランについた雑草を手荒に叩き落とすと荒々しく肩をいからせて校舎へと歩き去ってしまった。
「あれは何だ」
Jは、伊達の姿が小さくなったころに尋ねた。雷電は口ひげをひねり、ふむ、と一考。
「自分の気持ちをもてあましているのであろう、なに、青少年の悩みというものにござる」
「ところで雷電は青少年ではないのか」
「…………」
一枚、桜の花びらが二人の間を急ぎ通り抜けて行った。
「伊達、聞いたぞ」
お前の声を聞きたくなかった!伊達は危うく叫ぶところであった。皆のアイドル、男塾一号生筆頭剣桃太郎が笑顔で、いつもよりほんの少しいぢわる気に笑顔で伊達の肩を抱きこんだ。
「………何をだ」
伊達の声が冷たく冷たく低くなる。普通の人間であればヒィと悲鳴を上げて逃げ出すのだが、残念ながらここ男塾に普通の人間は少ない。大多数にはぶかれずに桃もそのうちの一人、そのうえそのうちの筆頭である。ますます目が細まって、機嫌がよさそうに声を弾ませた。
「青い性の目覚めだってな、」
雷電――ッ!伊達は額に青筋を浮かべた。汗も浮かんでいる。どうしてイの一番にこいつなんだ、伊達は三匹の猿を連れた元部下を恨む。
「フン、」
「しかも尻フェチって言うじゃないか、いやらしいな。意外とそういうシュミがあるのか」
「あ?」
何 を 言 っ て る ん だ 。
ぐらぐらと地面が揺れるような錯覚を覚えて、額に手の平をあてて日光を遮る。遮るとますます桃の笑顔はまぶしく咲いているのが分かってしまった。
「いい尻してるよな、虎丸。一号生を挙げて応援させてもらおう」
がんばれ。
地面が揺れるような、でなく、割れるような錯覚を覚えた。錯覚でなく実際に割りたい。伊達は手元に槍がないのを悔やんだ。
悔やみながら走った。
その数分後、一号生教室にて床で寝転んでいた虎丸の尻を、
「この尻が悪いのか!この尻がッ!あぁ!!?」
と錯乱しながら蹴りつける伊達臣人の姿が目撃されたという。
尚、止めに入った富樫が鼻を殴られて出血する惨事にみまわれた。
「この時臣人は、まだ自分が運命の相手と出会った事を知る由もなかったのでござるよ」
Jは尋ねた。突然不思議な語りをはじめた雷電の横顔は母親のようだなと思った。
「それは何だ」
「これはものろーぐと言うものでござる」
「そうか」
平和であった。
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