フフフ知るかよそんなこと

くっだらねぇッ、伊達は吐き捨てると虎丸の尻を強く強く蹴り飛ばした。
つま先が分厚く発達した尻の肉に食い込むも、弾力を持って跳ね返してくる。
虎丸はうおおおおっと叫び声を上げ、娯楽室のふすまを巻き込むようにして破りながら転がって伊達の視界から消えた。
今の今までその虎丸と口論していた相手である富樫、口論の種を手にしたままあんぐりと口を開けた。
腹が立つ、なぜだか腹が立つ。
苛立ちに頬を上気させた伊達に向かって、桃はからかうようにああ伊達は―――だもんな、そう言った。
聞きたくねぇ、聞きたくなんか。伊達は耳を塞いだ。


肌寒さが日ごとに増している秋、何気なく塾生達は寮に授業と言う名のシゴキを終えて戻ってくるとそれぞれ狭いなりに部屋があるというのにここ、かたぶいたテレビが一台あるきりの娯楽室に集うことが多くなった。黒い学ラン達の塊、もう秋だというのに擦りっ切れた表紙に【この夏こそはキメる!】等とうたってある雑誌を読み回す塾生達の群れの中、日当たりの一番いい窓際に伊達と虎丸は居た。
伊達は窓に身体をもたれさせている。虎丸は伊達の伸ばした長い脚に並ぶようにして側に寝そべっていた。
心地よかった。
誰もいなかったら、この場が伊達と虎丸だけだったならば伊達は手を伸ばすなりなにかをしたであろう。
恋だとかじゃねぇ。
伊達は未だにかたくなに否定する。
桃などに言わせればただ照れ屋なんだろうで片付いてしまう。伊達は否定する。
虎丸がいい男だというのは否定しようのない事実だ。
認めてやってもいい。伊達はそこまで受け入れるのに随分と時間をかけた。
だが、その虎丸が好きだということに関しては頑として受け入れない。虎丸自身はとうに受け入れているのに、伊達が受け入れないので一歩たりともすすまない。
一度富樫が聞いたことがある。なんで伊達なんじゃ。
虎丸は言った。そりゃおめえ、俺がイイオトコだからよう。富樫はさっぱりわからねぇやと言ってそれ以上尋ねるのをやめた。
桃などはそうだなと艶めく笑顔。富樫は無駄にかっこういいぜ腹が立つぜと反目した。
はやく俺を好きだってわかればいいんだ富樫は。
桃は小さな声でもって物騒なことを言った。聞いていた虎丸はカッカッカと天狗の如き笑い声を立てた。
「だってそうだろう、あれだけ俺が好きなんだぜ?応えたいと思っても本人が否定するんじゃやりにくくてな」
「桃、おめえ何が言いてぇんじゃ」
さといな、桃は瞼を一度下ろしてそれから含み笑う。
「なに、伊達にも同じことを言ってやりたくなっただけさ」
まったくじゃ、虎丸はねむたげに大きく伸びをしてあくびをした。
それが三日前のことである。
虎丸は男らしく、自ら歩み寄ることにした。
窓際で秋の太陽を広い背中にじわじわと受け止めながら本を読んでいた。男塾塾生で本を読む人間は少ない。
それが活字ばかりで女の裸がないものとなればさらに人数は減る。
「おう伊達ェ、今度の日曜日ヒマかよ」
「テメェに付き合うヒマは持ち合わせてねぇな」
またかわいくないことを言う――顔を上げた伊達は、目の合った桃にそう無言で咎められている気がした。
わかってる、わかってるんだと伊達は一人胸の内側で声を張る。
素直になれない、そんな一言で片付けられたらたまったものじゃない。素直だと?名前どおりの伊達男が困惑に歪んだ。
「まーまー、ちょっくら付き合えや。な?釣りなんてどうじゃ」
虎丸がすぐに引き下がる性格でなくて本当に良かった。良かった、まで思ったところで打ち消す。良くない、俺が忙しいって言ってんのにこの馬鹿は。
「釣りだぁ?俺は一度もしたことがねぇ」
「ならなおさらいいじゃねぇか、ウマイぜーこの季節の魚ァ」
虎丸らしい。
伊達は面倒だ面倒だといいながらも窓に預けていた身体を前へと乗り出させた。
進展。
桃が不自然でない程度に離れて見守っている。目が再び合った。唇がぱくぱくと何事かを言う、
が、
ん、
ば、
れ、
伊達は危うく赤面するところだった。
色恋沙汰で人に応援されることは腹の立つことだとわかった。畜生桃、テメェはさっさと隣のキズモノに手を出せよ。人の心配なんぞするんじゃねぇ。
「秋の魚ったらやっぱりサンマか、釣れたらそしたら半分ずつだぜ?」
虎丸の頭に色気が芽生えるのは満腹時かもしれないと伊達は危ぶんだ。別に色気を出してほしいわけでもないがこのデカ尻の馬鹿虎は、空腹の時は食い物しか考えてられないんじゃないかとすら思えた。
「フン」
悪くない、だが―――悪くない。
伊達は大人しく釣り道具はテメェが用意しろよだとか、足はあるのかだとか、雨が降ったら行かねぇぞなどと文句を垂れながら虎丸の計画に付き合う。

柄にも無く楽しみが今ではなく、未来に増えた。男塾塾生の刹那さではなく、思わずカレンダーに書き込みたくなるような胸のときめき。
日本海だ。男は黙って日本海。
波止場がいいだろう。テトラポットが転がる防波堤の側に二人並んで座る。
釣り糸を垂れて、くだらない話をしよう。飯がまずいとか、そんなつまらない話をするのだ。
普段人に囲まれてる、それも悪くないが切り取られたように二人きりというのもいい。
風が吹くだろう、そうしたら寒いか。自然とくっつくかもしれない、うっとうしいことだ。
もしも糸同士が絡んだらどうする。気の早いことだと笑うか?
伊達は口に出さずとも、楽しみになった。
誘ってくれてありがとう、ぐらいは言ったほうがいいだろうと思う。
だがそんなこと、言えやしねぇ。
だいたい俺が誘ってくれと頼んだわけでもねぇ。
伊達は悩んだ。悩んだ末に言った。
「虎丸、その……」
正確には言いかけた。

と、そこへ富樫がやってきた。桃が止める間もあらばこそ、ずいずいと塾生の間を縫って虎丸の側に近寄った。
伊達が不機嫌そうに眉を寄せる。急いで不機嫌面を隠した。別に邪魔されたのが嫌だったわけじゃねぇ。

「遅くなって悪かったな虎、おう最新刊じゃ」
どさりと富樫は一冊の雑誌を虎丸と伊達との前に落とした。弾みで雑誌が広がる。
「おっほおおーっ、す、すげぇっ」
虎丸が歓声を上げて本に飛びついた。
見開きでは女が惜しげもなく大開脚し、胸を肌蹴させて身体を捩っている。
エロ本。
艶本というよりも品がなく、ビニ本というほど高くもない。
ただエロ、写真が載っているのは前半だけで、後半は殆どが広告のエロ雑誌だった。
「だろ?今月はすげえツブぞろいだったぜ…」
ああ抜いた抜いた、そう大声で言う富樫に部屋の隅で編み物に取り掛かっていた飛燕は美しい眉をひそめた。
桃はといえばにこにこと笑いながらその様子を見守っている。
虎丸はその見開きの女のこぼれんばかりにしてある乳を食い入るようにして見つめている。
「でっかいのう〜、やっぱ巨乳はタマらん」
富樫はちっちと指を振った。
「いんや、やっぱり女は脚だ脚」
「オヤジか富樫よう、このオッパイったらどうじゃ。やぁっぱりオッパイじゃろ」
脚だ、胸だ、
富樫と虎丸は言い争いをはじめた。
長長と論戦は続く。
やれあのチチで顔を挟まれたい、
それフトモモのバインバインなところにむしゃぶりつきたい、
聞くに堪えない言い争いがしばらく続く。
伊達はまるきり面白くない。
置いていかれている。

虎丸がようやくこちらを見た。
まったく、俺をさしおいて何やってんだ――
「のう伊達、おめえは脚派か乳派か―?」



怒り爆発。
もともと気が長いほうじゃない伊達は立ち上がるなり、
「くっだらねぇッ」
の一言で虎丸の尻をけっとばした。つま先が分厚く発達した尻の肉に食い込むも、弾力を持って跳ね返してくる。
虎丸はうおおおおっと叫び声を上げ、娯楽室のふすまを巻き込むようにして破りながら転がって伊達の視界から消えた。

富樫は呆然としているところを、桃がやってきてさっさと肩を抱いた。この場を収める一言を筆頭として述べなければならない。
「も、桃…」
「富樫、次からはもう少しタイミングを見計らったほうがいい」
意味がわからん、とばかりに唇をボァッと開けて困る富樫。
「ま、伊達は胸派でも脚派でもねぇってことさ」


「ああ伊達は…尻派、だもんな」
伊達は恥ずかしさのあまり、愛用の槍に手をかけた。まさに毘沙門天。向かう矛先は虎丸と決まっている。
桃は富樫を回収、矛先を逃れるべく部屋を飛び出した。
虎丸に危険が迫る。

「な、なんだぁ…?」
「フッフフ、まぁいいだろう富樫。ところでこの間の返事だが――」
「あ、」
フッフフ、
フッフフ、
フフ。
富樫にも危険が迫っている。
モクジ
Copyright (c) 2007 1010 All rights reserved.
 

-Powered by HTML DWARF-