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毘沙門天がやってきた
ジャーン!と柱につけられていたベルが大音量で鳴り響い た。
ああ、なんだ警報か。
クリスマスイブの夜で、そろそろ小さいながらもケーキをお出ししようかと言う所。靴下だって一応は用意したんですけれどね、一応。
子供心はいつまで持っていてもいいものだと私は自分でも、らしくないことをしている。
そうそうケーキ、組長はあまり甘いものが好きではないでしょうけれど、これも縁起物と言って諦めていただこうと思っていた。
皿は…どうしようか、和皿は数多くあれどもケーキをのせて見栄えのする皿なんてそうそう…ケーキが生クリームで白いので、黄白の刷毛目がある濃茶の越前焼 き、厚手の小皿なんてどうだろう。銀のフォークはチキチキいって野暮だから、木製のフォークがどこかに…
ううん、
ジャーン!
「わあ!」
見習いさんが驚いて跳ねた。おそらく三十センチばかり飛び跳ねて、
「な、なんすかぁっ!」
と妙なイントネーションで叫ぶ。私と同じく少しなまりがあるようだった。
私はロウソクをどうすべきか悩んでいる。ピンクのロウソクか、それとも仏壇のロウソクか、それとも組長の先輩が持ってきてくださった卑猥なロウソクか。
ジャーン!
やかましい、本当に情緒のない音で私の眉間の皺も増えてしまう。増えるとますますどうにも酷い顔になってしまう。
「警報ですよ警報」
「いや、そうでしょうけど、だって」
ジャーン!
ジャーン!
「鳴ってるぞ仏頂面ッ!何をやってる!!」
障子の向こうからなにやらごそごそ不穏な物音、剣呑な声。槍を探してらっしゃるんですよねわかってますわかってます、ご愛用の槍ですが私の手にしっかりと あります。
「ぶ、仏頂面さあん組長怒ってますけど!」
「はははわかってますわかってます」
槍はこの縁の下に隠して…と。よろしい。先日雪に雷鳥を描いてもらったふすま、破られるわけにはいきません。
ジャーン!
ジャーン!
ジャーン!!
「仏頂面さんだから、さっきからこの警報、なんなんすか!」
耳が痛くなるほど、家のどこに居たって聞こえるようにと組長御自ら出入りの大工に無理を言って取り付けてもらったこの警報。
ジャーン!!
ジャーン!!!
ジャーン!!!!
「撃退だ仏頂面!撃退しろ聞いてんのかてめえ!!!」
珍しく声を余裕なく荒げて、ふすまがばたんピシャンと開けられる音に慌しい足音が続く。
私を探しているのか、それとも脱出を試みようとしているのか。どちらにしても伊達臣人という名前には不似合いな行動ですが仕方が無いです。
ジャーン!!!
ジャーン!!!
ジャーン!!!
「撃退ですってよう仏頂面さん!!」
「いいえ」
いいえ。私は玄関へと進む、見習いさんも後からオロオロしながらついてきた。
「撃退しろッ!!」
「いいえ」
いいえ。
私は玄関に背中を伸ばして正座をした。つられるようにして見習いさんもぺたんと座り込む。
からからから、と玄関の扉が開く。顔を出したのは組長と並ぶいい男だった。
「いいえ歓迎いたします、いらっしゃいませ剣様」
「よう、夜分にすまん…伊達、いるかな」
元内閣総理大臣にして組長と同じく男塾卒業生、そして親友の剣桃太郎様。
私は深く玄関に一礼し、火鉢の側に置いてあたためてあったスリッパを差し出した。見習いさんがおずおずと、
「……ゴ荷物お持ちしやす」
と努力のあとの見える日本語でそう言って、荷物を受け取るべく腕を伸ばした。へっぴり腰になっているのはこの際見なかったことにしよう。
「ああこれ、正月も近いしかぶら寿司、伊達好きだろうこれ」
「ありがとうございます」
薄手の木箱に詰まった組長の好物を見習いさんは受け取って、
「組長、お寿司ですよー!!」
と家の中に向けて大声で呼んだ。そんな、田舎のお客じゃあないんだから、また後で私が怒られる。それから見習いさんだって怒られる。
「いねえ!!」
呼んだそばから、鳥を叩き落すような大声が返ってきた。
「………」
「…………」
私と剣様は顔を見合わせて、苦笑とも微笑とも言えぬ顔をした。剣様は確かに苦いにせよ微かにせよ笑っていたようだが、私の顔はどうだったかわからない。ど うせいつもとそうそう変わらない。
「いるじゃあないっすか、ねえ」
ねえ、と言ってしまえる見習いさんは無謀というか、若いと言うか。
剣様はスリッパに足を突っ込むと、悪戯っぽく、すばらしく魅力的なウインクをして、
「あいつは全くかわいいな」
と我らが組長を評してみせました。
組長、敵いはしません。この方にかかったら天下無双の伊達臣人だってかわいいの部類、申し訳ないですがさっさと掛け軸裏の隠し部屋から出てきてください。 降伏しましょう。
でないと、剣様をそこに今から連れて行きますので、せっかく増築してまで作った部屋がバレてしまいます。
私はどうぞ剣様ァと普段よりは大声で応じ、どすんどすんと心ならずも足音を立てて客間へと案内した。
「何の用だ」
組長は今まさに不機嫌だ。腕組みをして、目を絞って、声が泥を沸かすようだ。
対する剣様は、
「今日はクリスマスイブだったな、ケーキでも買ってくればよかったか」
と鍋島の湯のみを手のひらに包んで、冷えた指先を温めながらふんわりと微笑んでいる。のんきだ、そして余裕だ。ケーキが剣様にも行き渡る、四等分なら大丈 夫でしょう。甘いものがお嫌いでないので作った私としたらうれしい限りです。
「何の用だ」
「クリスマスだからとこじつけたわけじゃあない」
窓の外をそっと見れば、明日の朝にはホワイトクリスマスになりそうだ、夜空に雲が低く分厚くなっていた。見習いさんにはケーキと紅茶の準備をお願いしてあ る、お茶も出し終えたし台所が不安なのでそろそろ失礼して立とうとした。が、
「いいから座れ、落ち着きのねえ奴だ」
などと振り返って叱られてしまった。その上小声で、
「粗茶でいい粗茶で」
とのこと。そういうわけには行きません、大事な大事なお客様なんですから取って置きの茶器にとっておきの茶葉で。…とは言えない私は所詮使用人、はいとも いいえともつかない顔で受け流した。
「で、伊達に是非会わせたい人間がいるのさ」
「ああ?」
組長の背中が剣呑に燃えた。私はいつも背後に控えて組長の背中ばかり見ているけれど、その背中が警戒し危険だ危険だと喚いているように見える。
ああ、この人はよくよく猫だ。私は到底口に出せないことを思った。
野良猫が毛を逆立てて威嚇するように私には見える。
悪影響だ、剣様や虎丸様があんまり組長をにゃんにゃんと真っ青になるほど可愛いあだ名をつけて呼ぶものだから。
「ぎゃあああーッ!!!お助けぇええ!!!」
ガシャーン!!と台所より妙に時代錯誤な見習いさんの悲鳴が響き渡った。はっとしてお盆を下ろし、膝立ちになる。組長が振り向いた、言わんとすることはわ かっています、今すぐに!!
「俺の道具を持って来い!!」
「はいッ!!」
私はふすまを開いて駆け出す、足の裏が凍るような縁側に走り出て、縁の下へ頭を突っ込む。雪には濡れずに澄んでいた槍を引っ張り出す、重い、なんて重い、 腰がああ腰が、
「組長!」
「おう」
腰を駄目にするぐらいの気概がなければこの槍を放り投げることなんてできない、私は歯を食いしばって組長へと槍を投げた。
軽々と片手で受け取って、台所へと組長が裾をはだけ太もも丸出しの勇ましい姿で駆けて行く。私も四足になりそうな貧弱さで続く、そうだ、お客様!
客間では剣様が中腰に立ち上がって、
「待ちきれなかったか、無理もねえ寒いんだ」
などと呟いている。
私はとりあえず台所へ走った。
ケーキ切り分けんのは苦手だけど、四人で1ホールってんならまだ楽チン。タテヨコだけでよし、ふふんどうだよ。
おっと紅茶紅茶、急須に紅茶。この家はどこもかしこも畜生面倒くさいモンだらけだ、なんだってティーバッグじゃねぇの?えっティーバックだっけ、アレ。
まあいいか、あー出てる出てる出汁が、真っ黒。
…真っ黒?
「………まあ、いいか」
よくないのはわかってる。わかってるよ畜生。ばあちゃんどうしよう、お茶が淹れられない。
かたりと後ろで誰かが入ってくる音がした。勝手口、開けっ放しだったっけか。
アレ?さっき閉めたよーな、ま、怒られるのもアレだし閉めとこうか。
「………」
「…………」
振り向いたら何故だか学ラン姿の凛々しい組長が、槍の穂先をこちらへ向けて突き出してきた。首筋に熱い、熱い、アレ、これ、血?
血?
……ぎ、
「ぎゃあああーッ!!!お助けぇええ!!!」
我ながらよく声が出せたと思う。褒めて欲しい。
あ、皿一枚割った。
その後は大変でした。大変でしたとも、ええ、ええ!
いきなり現れた組長(若)に斬り付けられた上、私が大事にしていた越前焼きを割られたとなぜか流暢にわめく見習いさんをとりあえず自室に引っ込め、
その組長(若)を剣様がなぜかなだめて客間に引っ立ててきました。
「どういうことだか簡潔に余計な主観や比喩を交えずに説明してみやがれ」
と、組長も怒りで冷たくなってしまっている。私は見習いさんが淹れてくれた紅茶を皆さんに…は出さずに教育資料として回収。先ほどの出がらしで悔しい限り だけれども緑茶を出した。
剣様の隣には組長(若)、若い、本当に若い、少し全てを斜めに見るような、世界が全て自分のものだといわんばかりの不遜な態度。今現在の組長は落ち着かれ たのだとようやくわかりました。ああこの人若い頃は相当無茶したんだろうなあと、まあ鎧兜で練り歩いたあたりを聞けば知れますけれど。
「ああ、ここにいるお前は毘沙門天と言う、驚かせないようにと外で待っててもらったんだが寒かったらしい」
「…フン」
組長(若)改め毘沙門天、いえ毘沙門天様はふんぞり返ったまま頬を引きつらせ、組長そっくりにニヒルな笑みを作って見せた。まあまだ、青くて硬いところが 見えなくもないです。
「……それで」
やはり動揺されてるんでしょうか、そりゃあ組長とて人間ですし。
剣様はなんでもないことのように、お茶をごくんと飲み干してから言った。
「それで、お前のクローンだ」
その後は大変でした。大変でしたとも、ええ、ええ!
お前のクローンなんだからお前と一緒にいさせてやってくれと剣様。
俺がいつこんな親父と居たいと言ったと毘沙門天様。
誰が親父だこの野郎てめえもあと二十年経てばこうなんだよ何か不満かテメエと組長。
喧々諤々です。
「あのう」
おや見習いさんもう首の手当ては終わりましたか、ああそれは良かったですね結構です。
「あの人ァ、誰すか」
ふすまに体を半分隠しながら見習いさんは聞きます。声が震えているのはまだ怖いのか、と思いきや見習いさんの部屋には暖房がありませんでしたね、そりゃあ さぞ寒かったでしょう。
「あの方は、…毘沙門天様です。今後うちに住まう…と思います」
様をつけるととんでもなく神々しい。言ってみてなんだか恥ずかしくなってしまった。
見習いさんは一瞬嫌そうな顔をしたけれど仕方がない、組長と剣様が言い争って、組長が勝てたためしがない。
言い争ったというよりも、組長に言わせれば、
「わがままを許してやった」
ということではあるけれども。
「…はあ、びしゃてんもんさん」
「…ビーさま、ちゅうことですかね」
「………」
見習いさんは部屋の中で続くいい争いをぼうっと眺めながら、
「ケーキの五等分ってのァ、やったことがないンで不安です」
とのんきなことを言った。
私はそれよりも、組長が今にも投げつけようとしている仙台菓子の盛り付けられた鉢―あれは瀬戸の麦わら手浅鉢、私の気に入り。
あれを投げられる前に、私は虎丸様を呼ぼうと心に決めている。
クリスマス聖なる夜鈴の鳴る夜、
クリスマスが明けた、明けた朝も聖なる朝、
生まれて天使、育って大天使(ミカエラ)、
お前のことだよと母様言って、言って頂戴、
聖なる夕暮れまで、どうか祝って
末永く祝って、
お前は大天使(ミカエラ)、聖なる子、
だから祝って、
【聖クリスマスの朝 より】
伊達組家事取締り筆頭、通称仏頂面。
とりあえずケーキを切り分けたら、毘沙門天様の食事の好みを聞かないと。
明日の朝ごはん、どうすべきか。
モクジ
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