プロの助っ人、現る

都会の中学校位の広さだと、思っていただきたい。
ここが私の勤務する、防衛庁第四庁舎(仮)である。
(仮)というのは新しく庁舎を建てるまで仮に使用するという意味を持っている、ということであった。
が、今後も継続してこの三階建ての庁舎を使用するということになった。
なった、というのは過去のことだ。既にそうなっていると言うことだ。
だけれど実はまだ、なった、にはなっていない。
これからそうすると言うことである。
それが余りにも、そうなる、というのが眼に見えているので、なった、と言ったまでのことである。
よくわからない、私が一番、よくわからないのでここらで勘弁していただきたい。

都会の中学校位の広さだと、思っていただきたい。
その、都内だというのに閑静な白亜の庁舎、我が職場。
戦場となるまでにはあとしばしである。
そうそうそういえば、危険手当は申請無しに定額で支払われることになった。
つまりいくら危険になってもお給料には反映されない。
上司は私の給与明細をぺらりとギスギス尖った指先で摘み上げ、修羅顔の笑いでこう言った。
「ようやくここまで来たな、どこへって?それは、」


危険が死が一山いくらの世界だ、そう言った。
もう戻れない所まで連れてこられてしまったのだとその時、その給与明細の手当ての欄を見て思う。
よく考えれば、途中から連れてこられたのでなく、のこのこついて行ってしまったのかもしれない。

「どうだ楽しいだろう、血が沸いたか?」
「そんなことはありません」
「あるんだよ」
「ありません」
「ある」

あるのだ。
私は知ってしまっている、ある。上司は、いきり立つぜと卑猥に腰を振って見せた。私は見ないふりをする。
遠足を楽しみにする児童のような、と言うには俗に過ぎるはしゃぎようだ。その俗がとても生臭いまでに生き生きとしていて、それが光に見える時もある。たま にではあるが。

「明日が楽しみだなベルリン」
「私は帰りたいです」
ただでさえ明日は高貴な、聖なる人の生まれた日なのだ。
家で健やかに過ごしたい。
そう言うと、
「まあ見てろ、雪の上に広がる真っ赤な血ってのも綺麗だぜ?」
「流すのも流されるのも嫌です」
「流されたんだよ、お前は、俺に」
「……何の話をしてるんですか」

見透かされたのが悔しいので、私は残業時間を三十分水増しした。
気づかれはしないだろう、おそらくは。

明日私は戦場にある、
その危険に比べればたったの三十分位。
どうか見逃していただきたい。





戦場になるにしては、平和である。
寒い寒い12月25日の午前である。
私、上司、大豪院邪鬼長官、影慶上官。私達は三階の会議室を第一陣地としていた。羅刹上官にセンクウ上官は昨夜から会っていない。
私は何時も通りに8:30にパンツスーツで出勤し、先ほどヒールをスニーカーに履き替えた。防弾チョッキを着用して支度は終わりだ。
どんな丈夫な生地だろうが銃弾を跳ね返す生地はないし、裸以上に動きを制約しない服装も無い。さしたる違いがないなら全部脱ぐかそのままか、そう上司に詰 め寄られて、迷わずスーツのまま戦地に赴くことになった。
「拠点を制圧したテロリストと、奪還に臨む軍とを球技のオフェンスとディフェンスに喩えるのを先日聞いた」
雪が降るのか降らないのか煮え切らない空が窓から見える、私は最後に銃の点検をしていた。
私の扱う銃は、殺傷能力はそれほどでもないライフルだ。今日は前提が訓練のため使用する銃弾は実弾ではなくペイント弾である。実験だと笑顔の上司に撃たれ てみてわかったが、バシンと叩かれたようなきつい痛みがあって、実弾ではないから撃たれても構わないとは絶対に言えない。
そしてライフルは手数が勝負の、軽いものを選んだ。選んだのは上司だった。
『敵のド真ん中に突っ込んでブッ放すには軽いほうがいい』
上司の言葉は今は是非聞かなかったことにしたい。何に、突っ込んで?
隣に立つ影慶上官に大豪院邪鬼長官は腕組みで話し出した。私は右耳にそれを聞き流す、彼らの話は聞いていて生き残るため身にならないことはないのだけれ ど、今はそれよりも銃の手入れである。
上司などは戦車に囲まれても重火器を使わないと公言しているだけあって、腰に両腕をついて気楽に窓の外を眺めている。
「奴ら、まだ来ないですね」
上司がこんな丁寧な口を利くのはこの大豪院邪鬼長官と、それから塾長(長官をはじめ上司達がいた私塾の塾長だという)だけだと本人が言ってはばからない。 大豪院邪鬼長官は気合の入った眉を少しも動かさずに答えた。
「気配はいくつだ」
人数を聞く時は目視、気配を聞く時はかぎ付けた感覚。問われて上司は私に聞く、からかうように右眉が持ち上がって、くすぐったい笑い声を喉に放す。
「いくつだ、ベルリン」
わかる筈が無い、私は一般人だ。
最初はそう何度にもわたって主張したのだが、最近は言うだけ無駄だとわかった。
「…わかりません」
「しょうがねえ奴だ」
「申し訳ありません」
不条理だと思うのはもう止めた。慣れるが勝ちだと言ったのは今大豪院邪鬼長官の隣に立つ影慶上官だ。
「…ふん、いるかいないか、それはわかるか」
直に大豪院邪鬼長官に声をかけられると身が緊張で硬くなってしまう。冬の風よりなにより厳しいこの人を、私はいまだに直視できずにいる。
もしも二人でエレベータに閉じ込められたと仮定すると、五分で私は自害するかもしれない。
怖いのではない、いや、怖い。
けれどそれ以上に、自分の小ささが浮き彫りになってしまうそのむずがゆさ。羞恥心といってもいい。
「…い、います。人数もわかりませんけれど、確かに居ます」
それは漠然とした、情けない欠片ばかりの嗅覚だ。何か居る、と鼻がひくついたそれを信じるならば既に居る。
その答えに大豪院邪鬼長官は上司へ立派な顎をしゃくって、
「正門側、守衛室の影に7人だ。こちらの動向を探っている」
正解を与えられて、恐れ入りました意外に言えることはない。
答えの質がそもそも違う、いるかいないか位にしか言えない自分と、何人いてどこに居て何をしているのかまでわかってしまう大豪院邪鬼長官。
恐れ入りました、意外に言えることはない。



「チマチマ面倒な奴らだ、さっさと潔く突っ込んでくれば華々しく玉砕させてやるのに」
上司が犬なら、おそらく今鼻をひくひくしながら尾を振っている。いいにおいを嗅ぎ付けたのだ、大豪院邪鬼長官は首を横に振った。
「残念だがお前を行かせるわけにはいかぬな」
ええっ、と子供のような声を上げた。
「影慶が既に行った、少しばかり楽しげであったぞ」
今微笑まれたのだろうか、それを見極めるより先に、つい、ついさっきまで側にいたはずの影慶上官の姿が驚くべきことに忽然と消えていた。
「あの野郎抜け駆けか、邪鬼様次は俺が行きますから」
チッ、と舌打ちしふてくされたようにして会議室の革張りのソファへと寝転んだ。大豪院邪鬼長官がいらっしゃるというのに、だが長官も咎めはしなかった。 末っ子なのだとそう言えば思い出す、大豪院ファミリー、ゴッドファーザーのテーマ!
「ベルリン、始まったら起こせ」
「始まったら?何がですか」
「せんそう!」

俺ァ寝るー、と言って、ぐうぐうと本当に寝てしまった。大豪院邪鬼長官の視線が、私の背中に当たっているのが痛いほど実際痛く感じられる。
「帰りますからね、私」
帰れるわけもないのを、一番私がわかっている。







斥候部隊所属、伊藤です!
今日は訓練ということではありますが、精一杯あたらせていただきます!
一つ、質問をしたいでありまーす!!
その、そこにいらっしゃる、真っ黒い包帯顔に巻きつけた覆面の、タンクトップの男性ッ!
自分は、今朝まで貴方を見たことがありません!!
まさか、我らがことに潜んでいるのに気づいたテロリスト側の、刺客でありますか!!
「………」
どうなのでありますかっ!!

「……俺は、俺は、」

なんでありますかッ!

「俺は翔霍、プロの助っ人だ!!!」

そ、そうでありますか!失礼をいたしましたー!!











「ウソだ」

ですよねー。

とにかく今日はじめての被害者は伊藤二等兵ということで公式記録となる。
時刻はちょうど9:30だ。
上司言うところの『せんそー』はここから始まった。
雪はまだ降らない。
モクジ
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