いやらしい目で見るな
父親を嫌だと思う時ってどんな時?ランキング
二位・下ネタ
『胸が大きくなったなとかマジ止めて欲しい、キモい』
東京都十四歳女子中学生他多数
風間仁に、というよりも風間仁の中のデビルが引き起こす空腹衝動は実は一八にもある。
それは時折むっくり顔をもたげて、ああ人が喰いたいなとか呟く類ののんびりしたものがほとんど。それらは代替の欲求を満たす事によってあっけなく収まる。
またこの飢えは獣そのもののようながむしゃらな力を生む事も出来るため、一八は器用に付き合っていた。
デビルは一八を好いている。
おのが魂を熔け合わせ、感覚をほぼ明け渡すほどの情。
デビルは一八を好いている。
悪魔のプライドなど放り出して一八の保身に奔走する献身。
デビルは一八を好いている。
「……少し寝る、後は任せた」
『ああ、後は我に任せろ、ゆっくり眠るがいい』
一八の代わりに、三島一八をこなすほどに。
「おや、今日は一八は休暇かい」
「そうだ」
月に一度あるかないかのこの交代に気づいているのは今のところ李だけである。中身が交代したのを短いやり取りで尋ね確認すると、後は普段と変わりない。
「食事をする?」
「ああ」
一八らしく横柄に頷いてもよかったのだが、一八本人から李はさほど気を使わずともいいと言われていたので素直に頷いた。
人間の食事は人間を食事するのと比べると得られる精気はほとんどないのだが、なにしろ色々な味があって面白い。この一日ぐらいどうとでもなる。
悪魔の食事である精気はつまりは生命エネルギーである、だから生の野菜や生肉からは得る事ができるのだが、火を通せば通すほどつまらない食べ物になってし
まうのだ。
食事というよりは娯楽といった気分でデビルは李に言った、
「あの丸ごとの太陽が喰いたい」
李が細い顎を指で撫ぜた、デビルは危うく、お前でもいいと口走りそうになるのを止めた。李を食べるのは一八から固く止められている。
「ゆで卵か……私としてはもっとエレガントな食べ物の方が腕の奮い甲斐があるのだけれどね」
「そうか」
「いいさ、じき食事にするから、彼を起こしてきてくれたまえ。そうだ、シーツを洗いたいからシーツを剥がしてきてもらえるかい」
「わかった」
素直に李に従ってリビングを後にする背中はまぎれもなく三島一八そのもの姿である。
「ははは、あれが三島一八とはね。本人はあれでうまくやれていると思っているのだから可愛いものさ、……ふふ、もっともあれがうまくやれていると思ってぐ
うすか眠っているどこかの誰かの方が、よっぽど能天気でもあるけれど」
それが李にはおかしくておかしくて、笑いがこらえきれないでいた。
冬の日曜日、早朝の空は全体が真っ白に輝くほど太陽がまぶしい、窓を開け放って空気の入れ替えをはかるとピンピンと冷たい空気が競って部屋へと入りこむ。
仁は普段目覚ましの五分前には起きる。起きるようになっている。
この日も目覚まし五分前にぱちりと二重の綺麗な瞼が開いた。勤めをしているわけではないが、休日は彼の父(未認知)や彼の叔父(更に義理)が家に居るため
に掃除ができない。食事の支度にせよ、休日の食事は仁も交え三人で取る事がほとんどになっていた。その場合はもっぱら李が支度の全てを取り仕切っている。
ならばとりあえず図書館に行こうか、などと考えていると仁の部屋のドアがばたりと遠慮なく開いた。
(……え?)
仁は身を固くする。
李が部屋に忍び込んできた事は一度や二度ではない。それもとんでもなくしどけない格好で、いやらしい声で、卑猥な指で、
そんな悪趣味な悪戯に休日の朝から付き合わされるのは御免である、仁はばっと上掛けを跳ねのけて起き上がる。
電気も点けないその部屋で、
薄暗がりのそこに居たのは仁の想像とは違った人物だった。
未認知の父、三島一八が立っており、ベッドの仁を睨み下ろしている。
「あ……」
仁は顔を伏せた、共に暮らすようになってもうじき一月であるというのに、未だに顔を正面から睨むのは苦手である。少し汗に湿ったシーツを軽く握って、寝巻
のシャツの腹の辺りを見た。
「何か用か」
と無理やり固い声を出した。
「起こしに来た」
「……え?」
驚くような事が聞こえた気がする。仁は急いで顔を上げた。
腕組みはしていない。くつろいだシャツにパンツ姿の、顔に走る傷や怖い顔を除けば一般家庭の父親のような。それにしては大分尊大な、いや、その時仁は一八
に不思議といつもの尊大さを感じていない。
一八は特に何も言わず仁のベッドの脚側へ膝で乗り上げた。一歩にじり寄る。
「え、」
見る間に間合いが詰められて、仁は激しくうろたえた。
(殺される)
当たり前のように仁はそう思った。
上半身だけを起こした仁は一八が迫るたびに自分も後退して、ベッドヘッドまでとうとう追い詰められる。
一八は獣のように手を突いて仁へと尋ねた、
「起きているな」
「あ、ああ」
ふっと一八が笑う。そして仁の頬に、次いで胸、太股と手のひらを滑らせた。先触れもなく触れられて仁の混乱が煮詰まっていく。爪を立てられる事も、噛みつ
かれる事も、はたまた食いちぎられる事も無かった。
無かっただけ、撫でられただけ、余計に不気味である。
「どけ」
「うッ!?」
唐突に一八の手が乱暴に仁の側頭部を張り飛ばした。人を殴るには段階、前フリのようなものがある。それらしいものは欠片もなかった。天災のように突然とし
かいいようがない一撃である。
完全な不意打ちを食らって、身体ごとベッドから転げ落ちた。
その間に一八は頭から落ちて行った仁に目もくれず、ベッドからシーツをむしむしと剥ぎ取っている。
「な、何するんだ」
「シーツを持ってこいと李が言うのでな」
むしむし、
むしむし、
シーツを剥ぎ取るとそれをぐるぐると丸めて胸へ抱えた。
「そうならそう言えよ!」
思わず仁が声を荒げると、一八は不思議そうに目を開いた。濁りの無い白目、薄暗がりの中で開きかけた瞳孔。目をきっかりと開いて、唇も半開きにして、その
ままその言葉をほったらかしたままそのシーツへ鼻先を埋めて、
「お前のにおいがする」
何故だか嬉しそうに微笑んだ。
仁は盛大な鳥肌の来襲に声すら出せないでいる。
朝食をとるだけ取って、それからしばらく部屋へと引きこもっていた仁はトイレにと部屋を出た。
とたんに見たくないものを見る。
「……!」
ソファにかけた李の膝の上に頭を乗せ、ぐうぐうと眠る三島一八の姿である。馴れきった肉食動物のような、まったくの無防備さ。普段中身がこぼれるとでも
思っているかのような、かたくなな背中を丸めての眠りがかけらもない。のびのびとソファに寝そべって良い具合に眠っている。
「李さん……」
「し」
唇に指を当てて制してから、李は仁を手招いた。素直に仁はふらふらと呼ばれるままに李へ近寄り、一八が伸びている逆側の隣へ腰を下ろした。
「一八、起きたまえ。痺れてしまった」
見た事もないような優しい顔で、李は一八の肩へ手をかけて揺り起こした。わっと声を上げそうなほど仁は驚いた。
李が仁を起こす時には耳たぶを食んだり、いわゆる息子を握ったり胸元をまさぐったりと手段を選ばない男がである。
更には一八がむうむうと唸りながら身体を起こして、
「そうか、悪いな」
などと言っている。
まったくどうなっているのか。仁は目を見開いて事の成り行きを見守った。
李が立ち上がると一八が仁を見てきた。李が立ちあがってしまったために遮られるものは何も無く、子供のように真っ直ぐ見られてたじろいでしまう。
「一八、仁がどうかしたかい」
「お前は本当に、うまそうだな」
ぺろりと一八は舌なめずりをした。
ぞわ、仁は背筋を底から奮わせて叫ぶ、
「俺をいやらしい目で見るな!!」
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