顔立ちの美しさで言えば、はっきりと私のほうが上だと白い顔で言ってのける。李超狼とはそんな男だった。
その年齢が四十をまわっているのだと誰が聞いても驚くような、『白皙』という表現のぴたりとくる男。
義兄を見下ろして腕を組み、李超狼は微笑んだ。好感の笑みにしては歪で、嫌悪にしては執着が臭い立つ。
被さる銀髪を透かし、目は獣の輝きを放って目前の男の肌へ火花を散らした。
見えない火花を鼻で笑い飛ばし、三島一八は吊り上がった眉をさして面白そうでもなく動かす。
指先一本動かせない状態であっても、たといベッドへ手足を伸ばして倒れこんだままであっても、三島一八は李超狼を見下している。
すすめられた寝酒の味など、一八は一いち覚えていなかった。しかしおそらくはあの寝酒のせいで今こうしているのだろうと、おおよそのあたりはつく。
「――まったく貴様の考える事は、小物過ぎてつまらんな」
舌がもつれて、一八のあの張りのある声が掠れた。ざらざらとした耳にさわる声に李は耳を傾けつつ、一八の頬へ手を滑らせる。
ひんやりと人形のように整った外見に反して手のひらは熱く湿り、また息も多少上がっていた。暖房の効いていない部屋に白い息が塊のように膨らんでゆく。
李のベッドへ沈み込む一八の傍らへ腰を下ろし、李は冷たく笑って見せた。目の奥で興奮がちらちらと見え隠れし、威嚇するような舌なめずりはいかにも卑猥に
赤く湿った音を立てる。
「小物で結構、いつまでも私を犬扱いしてもらっては困る」
「薬に頼らなくてはならんほど落ちぶれたか」
聞き取りづらいほどに一八の舌は絡まり、薬物の引き起こす熱は吐き気を伴った。室内とは言え真冬だというのにシャツが透けるほど汗をかき、全身をおこりの
ような細かな震えにさらしている。
見てわかるほどの興奮に勃起した一八のペニスがパンツの布地を押し上げてい、李はからかうようにその脹らみを手のひらでやんわりと包み込んだ。
「……いつもしている事をするだけだ。いつまでも貴様のしたいようにさせているのは癪に障る」
痙攣気味に李の唇の端がピリピリと強張った、興奮のしるしだった。
宣言するなり李は一八の身体の上へと軽い身のこなしで乗り上げ、跨る。使用人を置かない一八の身の回りの世話をしているのは李だ、ホテルのように完璧に
ベッドメイキングをされたベッドは今や靴のままの李みずからの脚に踏みにじられている。
丸太のように横たわった一八の姿に李は興奮を覚え、腹の上に腰を下ろしたまま後ろ手に一八のペニスを取り出す。
「それで、力で敵わんから姑息な手を使うか。フン、くだら…ん」
嘲りを吐く一八の唇がわなないた、言葉が途切れかける。グッと力を込めて血管が浮き上がるほど勃起したペニスを李の白い指が握った。腰を浮かそうにも、一
八の身体は言う事を聞かないでいる。
李は白い頬へ朱を透かし、夢中で一八のペニスを扱いた。後ろ手の勝手の悪さからもどかしいばかりの快楽を積み上げる。一八の顔が苦しげに歪む、それを見て
李は一際大きく息をついた。
「一八、貴様の命令のまま玩具にされる私の屈辱を味わうがいい」
「勝手に勃起したのも、入れさせてくれと、ッつ…無様に、懇願したのも貴様だ」
そう、今と同じようにベッドに沈んだ李を一八は好き勝手にもてあそんだ。一八はカウパー腺液をしたたらせて弾ける寸前の李のペニスを達しないよう掴んだま
ま、李が入れさせてくれと半ば泣きながら懇願しても中なか遂げさせてはやらなかった。それどころか半ばで飽きてそのまま放り出すような事もある。
理屈として言えば抱かれているのは一八だったが、その実主導権はすべて一八が握っており、李には拒否権すら与えられていない。
勃起しなかったのを酷く嘲笑われ、目の前で一人果てて満足を得た一八を指をくわえて見ている事しかできない惨めさは筆舌に尽くしがたく。
目のくらむような快楽を得られども、かわりに李は深い屈辱に打ちのめされる日々を味わった。
「うるさい!人を…好き勝手に性欲の捌け口にした事、後悔させてやる」
マウントを取っているのは自分だ、李の色の薄い唇がニタリと自信にあふれた笑いを作った。その上薬で動きを封じてある、勝利は疑いようも無い。
逆襲だ、復讐だ、
陵辱だ。李の胸が痛むほどうずく。
「今度は私が貴様を陵辱するのだ、…一八」
ひらめくような鋭さ、李の手にかかり、シャツの繊維が糸くずを生みながら引き裂かれていく。
陵辱、その響きだけで李の興奮は絶頂に駆け上る。
三島一八を陵辱するのだ。
人を人とも思わないようなあの傲慢な男をぼろぼろになるまで犯し、喉が嗄れ果てるまで謝罪をさせてやる。
自分へしたように絶頂をさせてやらず、泣きながら入れてくれと懇願する様を笑ってやろう。
嘲られながら射精する絶望感を我が親愛なる義兄上へ献上しようではないか。
寒さを忘れ、李は自らのシャツを脱いだ。一八に手荒く破り捨てられる事の多いシャツを、ボタン一つ一つに時間をかけて。
またも李は舌なめずりをした。銀髪の悪魔に相応しい、色欲に溺れた目付きが爛らんとしている。
「……糞蝿が…」
ニチャニチャと音を立てるほどにまで高ぶったペニスを扱かれながら、一八は小さく声を漏らした。
それを耳ざとく聞きつけ、濡れた指を見せ付けるように舐めながら李は徒あだしく唇をゆがめる。
「フフッ…私が糞蝿だと言うなら、その糞蝿がたかる貴様はさしずめ糞そのものか?」
一八の不機嫌そうに眇められていた目がぱっちりと大きく瞠った。人相の悪さを引き立てる白目にかわって黒目がくるりと動き、印象をがらりと変える。
「………ハッ……」
寸前までつまらなそうに光をともしていた目が輝き、獰猛に目尻を赤くして大声で一八が笑い出した。動けないはずの身体を笑い声によって引き締まった腹が震
える。
自分の言葉が一八のどの感情の起伏を促したのか、李はわからないでいた。
「怒ったのか?」
「わからんのか、逆だ。フン、いいだろうしたいようにしろ。――そのかわり、」
たまには泣かせてみろ、犬歯をむき出して一八は常に無いほど優しい声でそう言った。
その声に、李はいつも通り自分が搾取される側であるという事を嫌でも思い出してしまう。
たとえ相手が指一本動かせない身であろうが関係なしに、李の魂が身も心もを投げ出してこの男へ服従したがるのを止めようが無いのだ。