――一度ならずとも、二度も父親(認知はまだ)で抜いてしまった。抜いた後も元気だったのは若さだったが、それがますますまずい。

仁の意識はどん底をえぐる。
『会ったら、あの人を憎まないで。理解して、愛してあげて』
確かに母はそう仁に言った。けれどそれはあくまで父親を、という意味だったはず。母の言葉だからと三島 一八に近づいた。
だから下げたくも無い頭まで下げて、仁はこのマンションに同居させてもらったのだった。
「母さんがそれを望んだから」
風間 準の名前を出したとたん、三島 一八は子供のように目を瞠って、それから仁が拍子抜けするほどアッサリとうなずいた。
いかにも子供に付き合わされて迷惑だという顔と、邪魔になれば放り出すとのありがたい言葉つきで同居と相成ったのだった。



仁は目の前でごうんごうんと音を立てて回る洗濯機の白さから目をそむける。
下着一枚きりを洗う洗濯機の回転は軽快。無駄を嫌う仁ではあったが、しかし他の衣服を一緒に洗う気にはなれなかった。
ぼんやりと洗濯機の前にしゃがみこみ、仁は頭を抱えてみた。まさか欲情するとは思わなかったと暗澹たる気持ちを抱く。抱えた手のひらに触る父親そっくり の、気にせず後ろへと流れるに任せていた特長的な髪型。

(――――)

夢の中で父親の手が後頭部へ伸びて、自分の髪の毛をわしづかみにしたのを仁は思い出す。直後吸われた唇の感覚まで思い起こされるようで、洗濯機の前にズル ズルとしゃがみこむ。冷たく薄い唇が仁の耳たぶを食んで、なにか囁かれたのが思い出される。しかし仁はその内容を思い出せずにいた、ひどく卑猥な事だった ような気もするし、逆に聞いた事もないような、想像すらできないような優しい睦言だった気もしてきた。夢が現実まで浸して、仁は目の前が安っぽい桃色に なったような気がした。
あの印象的な、人を小馬鹿にした笑みを受けたままの三島一八は仁の首へ太い腕を絡め、裸の胸板をあわせながら仁と舌を絡めあった。いつしか仁の腕が三島一 八を組み敷いてあの血管の太く浮いた首筋へ歯を立てている。荒い息遣いで視界がくもっていても手のひらは貪欲に三島一八の身体をまさぐっていた。汗ばんだ 手触りや、歯を跳ね返すような皮膚の弾力がありありと思い出される。
時折上がる艶かしい声が耳に残っている、ここまで思い出して、
(……つやかしいって、おかしいだろ)
男、しかも整っているとはいっても極悪な顔をした男の上げた声を艶と感じてしまった仁は、自分を責める。うわあ、と小さく声が漏れた。
アナルファックの経験もないのにいつの間にか都合よく挿入の場面へ飛んで、三島一八のあの鍛え抜かれて絞られた腰を掴んだまま、背後から獣のようにせわし なく腰を振った浅ましい自分の姿を仁は俯瞰で見る。
生なましい締め付けが不意に仁の脳裏によみがえって、射精の悪寒までぞわぞわと背中を駆け上った。

「――う、」
同時に下腹部へズキリとした痛みを生む。背後から抱いた三島一八はどんな顔をしていたのか、考えるだけで仁は冷や汗をかく。


「――ごめんなさい」
口に出しては詫びる事ができない。あの父親相手に。
仁はしばらくうずくまり、動けないでいた。
この性的衝動が、身の内のデビルの食欲に突き動かされてのものであるとまだ仁は知らない。知ったところで、一体となってしまっているのだから手の施しよう がない。

洗濯機が脱水をするので蓋を閉めろと場違いに明るくピーポー歌った。