そうだったな、貴様はいつだってやりたいようにやるのだ。
私の意思を尊重したことなどかつてあったか。
無い。一度として。
何故なら、
『貴様を思う俺がする事が、貴様のためにならん筈があるか』
そう言い切ってはばからない。
迷う事なき嵐の男。
「フ、熱烈な事だ…」

火傷しそうなほどに。






空気の汚れたところにいたからだ、原因の見当はついた。
そこからはじき出された結果は三十九度五分という高熱と、全身を包み込む鈍痛。李は脂汗に束となった前髪をまとめてかき上げる。べったりとした感触が気持 ちが悪くて眉間に皺が寄った。
(熱が下がらない。病院に行きたくはない…ここが辛抱のしどころだ)
李は病院が嫌いだった。
無粋な触れ方をする、自分の身体をさも一番理解しているとでも言いたげな、賢しら顔の医者が嫌いだった。
年齢と外見とを何度も見比べる、プロ意識の無い医者が嫌いだった。
せっかくの美しい白い腕へ下手くそな注射をしようとする医者が嫌いだった。
そのために李は自分でも最低限の医療の知識を身につけている。その副産物として美貌が保たれるのだと説明するのだが、誰も信用はしなかった。
ボツリヌス注射ではありえない眉間の皺をこさえた李は力を振り絞るようにしてベッドの上掛けをはねた。熱くて熱くて、とても熱くてたまらない。
肌触りが気に入っているシルクの寝巻き、当然ながら薄紫のそれも汗にまみれて不快感だけを生み出し続けている。

「ああ」
呻いた声の力無さに、改めて李は驚いた。艶のある声は掠れ、まるで耳障りにざらついていた。
既に二日間ろくに食事を摂れていない。食事を摂らずに薬を飲めば胃が酷く荒れるのは承知であるが、どうにも体が欲しない。ベッドサイドに置いた水、それか ら薬だけをやっとのことで摂取している。
「………」
汗をもっとかいて、それからまた深く眠らなければ。李は大きなベッドに一人沈みながら考えを巡らせている。
そのために水分は十分にとった。しかし、眠ろうとしてもろくにうごいていないために疲労はしておらず、浅いだくだくとした眠りしか得られない。
酷い夢ばかり思い出したように見る眠りに、疲労するのは精神ばかりだった。体力も落ちている。
どうしたものか、李は腫れた瞼を伏せた。
少しずつ眠りを手繰り寄せていく。眠る寸前、ほぼ手元に残ってしまった意識にまた浅い眠りであることを確信しため息を漏らした。


「その様はなんだ」
酷く不機嫌そうな、しかしどこか愉快そうにふくみ笑う声は聞き覚えがあった。というよりも、李にとって覚えるべき声はたったの数人、その筆頭とも言うべき 男の声だった。目を開く、ほとんど反射のようだった。
「……一八、貴様、笑いに来たのか」
病身の目にはまぶしすぎる、鮮やかに紫の燕尾服。李が一八へあつらえたものだ。今日も一分の隙も無く似合っている、それは李の心を満たした。
「ふん」
腕組みをしたまま鼻で笑った。一八はそれだけだ。李など、別に弱らずともいつでも鼻で笑い飛ばせるという事を言いたいのかは李自身にはわからない。
「…用が無いのなら帰れ」
力無い、余裕の無い言葉の並び。どれもが一八を、三島一八を動かすには到底足りない。
わざわざ笑いに来ただけならば、一八は退屈していただけということだろう。李はそう予測した。
それなら退屈がまぎれ、つまり自分がただ相手の言う事に逆らったりもせずおとなしく病気を装っていればさっさと帰るのがいつもの一八。知り尽くしている。

そう思ってぼんやりとした眼差しを揺るがせていた李だったが、目の前で一八がスカーフを抜き捨て、上着をその場で脱いだのを見届けるや焦りに跳ねる。
一八は遊びに来たのだった。
李と遊びに来たのではない。
李で遊びに来たのだ。
一八のしたいようにしたいだけ、李の身体を弄びに来たのだ。体調が万全なら一時間近く殴りあう事もある、しかし今のように動く事もままならない李でやすや すと手軽に遊ぼうと言うのだろうか。それを悔しがる李を見に来たのだろうか。

「……よせ。具合が悪い」
シャツを脱ぎ、上半身裸になった一八は何を言っているのだと言うように強い眉を軽く持ち上げて李を睨む。
「下した尻に入れてクソ塗れになる趣味は無い。安心して転がっていろ」
思わず李は身体を起き上がらせかけた。一八はさっさと下着まで脱ぎ捨てて全裸になって、ベッドへ転がる李の上へ跨っている。
「……なおさら無理だ。この熱では」
人は高熱にあって、勃起することが非常に難しい。知らないとでも言うのか。李のため息まじりのその言葉に、一八の唇がかすかに奮えた。
これは腹を立てたり、何か気に食わない事があったときの仕草である李は知っていた。何かスイッチを押したのだ、他でもない自分が。李は即座に理解する。

「貴様が俺を前にして、勃たないとでも言う気か。そしてそれを俺が許すと思うか」

力ずくでも勃たせてやる。拳を開いた一八のあの指が、中指が立てられて軽く李を誘う。ああ、李は白旗に等しい声を漏らして目を閉じる。


絹が引き裂かれる。まさしく悲鳴のような音を立てて。李の耳元に唇を近づけた一八が獰猛に歯を立てて、
「……汗をかきたいんだろう」
さらりと恐ろしいほど優しい声でいかにも恩着せがましくそう言った。
李はあっと声を上げかけて、言葉にならない卑猥な悲鳴に埋もれる。