けものの時間は終わりだ、
仁は自分で出した声のつめたさにぞくりとした。



唐突に戻ってきた意識、体の主導権。まとめて取り戻す感覚にめまいを感じて、仁はがくりと前へつんのめった。
弾力ある硬いものが仁の胸を支え、頬にがさりと触れたのは人の毛髪。薄く目を開くと、確かに人の後頭部へ鼻先を突っ込んでいる。
「………」
その頭、仁の見覚えのある忌ま忌ましい特徴的な尖りを帯びた頭。
三島一八のものであると、頭が理解する前に悟っている。床にうつ伏せになった一八の背へ仁はのしかかっている格好だった。
仁の体重を支えるのはもちろん一八の背中で、見事についた筋肉が青くうごめく。
ちょうど満月、あかりもつけずに。
「……?」

(ああ、またか)
仁と一八の中にある悪魔。もとは一つだったというその分かたれた悪魔同士はしょっちゅう惹かれ合う。それはもちろんいつくしみや愛情とはまったく違う、生 臭い喰らい合いを引き起こす。
男同士で、親子で、そんなものを全てなぎ倒したけものの祭りだ。
けものには本能しかない。
「ツ」
うっそりと前髪を首を振って払い、腕をついて身体を起こしかける。と、腰に引き連れるような感覚。
やわらかくぐずぐずにとろけた一八の肉の中へ、いまだ仁はあった。突き入れてかき混ぜてさんざんに貪ったまま、食い散らかしたまま。
酷い頭痛がした、仁はまためまいを覚える。月明かりに仁が目をこらすと部屋は惨憺たる有様。家具という家具はおよそ正しい位置正しい向きをしておらず、床 にはくっきりと爪あと、黒い羽がそこらじゅうに千切れ、どちらのものかわからない血痕が黒ぐろとしていた。

(ひどい有様だ)

悪魔、けもの二頭が必死の争いを繰り広げたのだ。部屋があるだけまだましであるかもしれない。悪魔と化した仁はあの紫色の肌をした、朱邪眼の悪魔を捻じ伏 せて犯したのだ。筋肉の生んだ一八の腰がもっともくびれたところに、青紫の爪あと。両手で腰を掴んで腰を砕くほど打ち付けた。
そして人の姿を取り戻した一八は細い息をついて仁の下にある、いまだ深ぶかとうがたれたまま。

(あたたかい)

仁は息をもらした。
あたたかく肉に包まれている。精液と、血と、それから得体の知れない悪魔の体液とがまざりあった一八のアナルはぬめりを帯びて仁を締め付ける。呼吸のたび にじゅんとうごめいて、切ないように仁を食んだ。
身を引こうとすると吸い付いて、ゆるゆると動かすと波打つように引き込む。
単なる排泄器官のアナルは性器と作り変えられたと言ってもいい。襞や皺はぷくりと腫れて熱を帯びて、それから柔らかく。アナルだけではない、乳首も形が崩 れるほど弄れば一八も快感を覚える。
今も無意識にか一八のアナルは仁を離すまいとしている。

一八の意思ではない。

(悪魔のせいだ)

悪魔の体液には人を淫する作用があると気づいたのは、数度目の狂宴の後。あばら骨を数本折られ、鼻血を流し意識を朦朧とさせながらも一八は仁の腰へ脚を絡 めてきた。正気を取り戻した仁が止せと罵れどもただ腰を振り、反り返ったペニスを仁の手に押し付けた浅ましい姿。普段の一八からは想像もつかない姿だ、そ こで仁はおおよその見当をつける。
悪魔に犯され、その体液を取り込んだためだと。悪魔の禍まがしいペニス、色も形もおよそ人間の枠を超えたもの。それで穿てば並の人間ならば苦痛しか得られ ない。だが悪魔の慈悲か、それとも効率よく摂取するためか、悪魔は獲物へ快楽を与える傾向にあった。

こうして悪魔が去った後、程度の違いはあれども酷く傷ついた身体で一八は男を求める。とんでもなく卑猥な声で、しおしおと媚を含んだ目で、熱い舌で男を求 める。もちろん求める相手は仁でなくてもいいだろうが、一番手近にいたもので間に合わせようとするとなれば当然仁へ手を伸ばす。
傷ついた身体を癒すため、一八の体内の悪魔が精気を欲しているのかもしれない。仁にはわからない事だった。ただ単に淫に傾くがままに行動しているのかもし れない。

今も、後ろから穿たれたままの一八は薄く意識を覚醒させつつある途中にもかかわらずしっかりと腰を揺らしている。
「……っ」
「くぁ…ッ」
仁は悪魔がしていたように腰を掴み、滑らかにぬめるアナルからペニスを引き抜いた。仁は息を詰め、一八は呻く。引き抜かれた仁のペニスはしっかりと勃起し ているのがわかって、苦笑がもれた。

「おい」
仁は一八を呼んだ。掴んだ一八の腰を揺さぶり、ものを扱うように手荒くした。一八の後頭部がゆれ、意識の覚醒を仁に知らせる。
「………退け、」
今日は機嫌がよほど良くないか、それとも悪魔の体液が少なかったか。淫に流されつつはあれども、一八は自らを失ってはいなかった。
首をねじって自分を組み伏せる仁を睨む眼差しは紅い、しかし揺らいでもいる。
声は掠れてざらざら割れていた。
「………」
仁への屈従を、犯される事を良しとしない一八の後頭部を仁は腰を離した手で乱暴に掴んだ。髪の毛が指の隙間でぷつりぷつりと幾本か抜ける。
海老反に頭だけを引き上げられる無理な体勢に、一八の怒りは更に紅く上った。


「……俺がまだだ、」

一八が目を細める。何を言っているのだと唇を奮わせたのを見計らい、仁は悪魔が犯したアナルへ、全てを塗りつぶすようにペニスを突き入れる。

「ぐあ゛ッ」
「……けものの時間は終わりだ、」
仁は自分で出した声のつめたさにぞくりとした。
浅ましいけもの、悪魔の宴を終えた。それならば、
「……次は俺だ、」
仁は繰り返す。

悪魔の残飯を残さず平らげる、自分はまるでけだものだ、畜生にも劣る、仁は自らをあざ笑いながら掴んだ一八の頭を床へと打ちつけた。
なにもかもがいびつな、けだものの宴。