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みみずくの夜


思いは胸に、
思いは胸に、

では、この熱はどうしたらいい?
























妙な噂を曹操は耳にした。
あの、鬼の張遼が夜毎、女遊びをしているというのだ。
「まさかよ、」
ふんと鼻で笑うも、伝え聞いた人相や風体がどう考えてもあまりにも張遼そのものなので、
「まさかよ、しかし……のう元譲、何か心当たりはあるか?」
と、いつものように側に控えていた夏侯惇を呼び寄せて問いかけた。夏侯惇はいつものように不機嫌そうである。この男張遼の話題になると必ず不機嫌になる。それを知っていてその上で、曹操は尋ねた。
「……さぁ、知るか」
ぶっきらぼうに言葉を投げつけると、眉を眉間に寄せて、忌々しげに、用件はそれだけかと言って側を離れた。

「ふぅん……張遼のことになると、どうしてああも機嫌が悪くなるのか…」
曹操は肩をすくめ、書簡に再び視線を向けた。

「夜毎女を…だと?フン、馬鹿馬鹿しい」
夏侯惇はどん!と武器の石突で床を叩き、肩をいからせて城を後にした。


























真夜中の娼館。
女たちの嬌声が薄い壁を通って、館全体を満たしている。
月も無い夜である。

張遼は、女を買っていた。

色白の、少々肉付きの良い女である。腰の周りにしっかりとついた曲線と、すっきりとしたうなじが魅力的な女であった。
女は張遼を見るなりわざとらしくきゃあと黄色い声を上げて腕にすがりつき、ぬらぬらと紅い唇をにっと歪めた顔で笑いかける。
「あら、またいらしてくだすったの?あたし嬉しい」
また、ということは以前もこの女を抱いたのだろうかと、張遼はぼんやりとそのぐにゃぐにゃ柔らかな肌を抱き寄せながら考えた。
しなだれかかってくるその身体にはぬるま湯が入っているかのようにとらえどころ無く、それなのに吸い付くようだ。
「あぁ、ん」
女が寂しかっただとか、会いに来てくれて嬉しいだとか、忘れられなかっただとか。
くだらない、使い古された文句を平然と、目を潤ませて語る女。
それに対して張遼は、ああだとか、そうかだとか、適当な返事をしながら乳房をぐぅ、と手のひらで重みを確かめるように持ち上げ揉みしだいた。
鼻につく白粉と紅と、名も知らぬ香の匂いが酷く不快で、わざと乱暴に、力を入れる。
「あ…ん、かように、乱暴になさらないで…」
女のいかにも客相手に作った、媚を過分に含んだ声が張遼の苛立ちを更に煽る。耳障りだとばかりに寝台にうつぶせに引き倒し、着物の裾を手荒に捲り上げて尻をむき出しにした。
「ん、んッ……」
息苦しいのか女が足をばたつかせる。手を折れぬ程度に気をつけながら後ろ手に捻り上げて拘束する。
女が痛みと恐怖にくぐもった悲鳴を上げた。最初の嬌声が嘘のように汚く、家畜の鳴き声のように張遼には思われて更に力を込める。
張遼は自分が酷く興奮しているのに気づいた。汗を浮かべ、息を乱し、せわしなく肌をまさぐる。
白い肌が目の前で揺れる様を充血した目で見下ろすと、自らの着物の裾を割り、手を添えるまでも無いまでに芯を持った性器をさらけ出す。
視界が白くかすんで、耳鳴りがする。
張遼にはもはや、女の存在など眼中にない。

「   」
ぐぐ、と腰を進める。
質量が押し入ってくる衝撃に女が反り返る。布にさえぎられているのも構わず絶叫し、びくんびくんと痙攣しては暴れる。
汗ばむ手のひらで腰を掴み、生身を扱うとは思えない乱暴さでがつがつと突き上げては、抉る、掻き混ぜる、円を描く。
腰骨同士がぶつかってごつごつと鈍い音を立て、張遼の余りに激しい動きのために女はなすがままの木偶に成り果てていく。

ずん、と張遼は一息に最奥まで貫いた。女が叫ぶ。

「あ、あ゛、ぁ・ああああッ!」

「   」


「ひ、っィ、ひ…っ」

しばらく張遼が抜き差しを繰り返す内、ひぃひぃと女がとうとう啜り泣き始めた。
寝具に涙だか唾液だかの染みを作り、押さえつけられていた頭を必死に相手へと向け、恐怖に満ちた眼差しを向ける。

「…っも、もう、堪忍して、堪忍…!」

「   」

ただでさえ薄暗い部屋なうえ、逆光のため張遼の表情は伺えない。
だが、女は見た。
まっくらな瞳、何を映すでもなく、さえざえと暗いまま。
その口元が、ぶつぶつとひたすらに何かを呟いている。
何を、言って―――
女は半ば彼岸へと渡りかけた意識を集中させ、耳を澄ませてそれを聞いた瞬間、
「あぁ!」
一声叫び、意識をそのまま手放した。
























「   夏侯惇、殿   」
































女を壊すまで抱きつくすと店主を呼び寄せて始末させ、ちっともおさまらぬ情欲に蓋をして張遼は湯を使い、一人寝台に転がった。
茶色の染みが広がる汚い天井を眺めながら、自嘲の笑みを浮かべた。
「何をやっているのだ」
呟いてみた張遼はふと、寝物語ならぬ一人語りを始める気になった。こんなに高ぶってしまっていてはどうせ眠る気にもなれない。

「毎夜毎夜、いい加減にしたらどうだ」

無口な壁は何も語らない。ただ弾くだけだ。
代わりに自ら張遼、口を開く。

「仕方が無いのだ、」
「何がだ、」
「このままでは、彼の人に無理を強いる事になろうぞ」
「そうか、」
「そうだ、私は――」
「ほかの誰でもない、あの、夏侯惇殿にだけは、嫌われたくないのだ」
「そうとも、私は彼の人以外はどうでも、どうなろうとも構わない」
「ただ、彼の人にだけは、」

「嫌われたくないのだ、この底知れぬ情欲をぶつけてしまった時、彼の人が私を拒絶するのではないかと」

顔を手のひらで覆う。張遼にはわかっていた、こうして夜毎女を抱いてみたところで解決にはならぬこと。

「あぁ……つらいな…」
拳で目をぐいと擦った。濡れている。張遼は、無視をした。
「馬鹿か、」
突然であった。
戦場となんら変わらぬ、不機嫌そうな――身の内からの低い、声。

「か、」

夏侯惇殿、
戸口に現れた夏侯惇の、今最も会いたくて会いたくない夏侯惇の姿に張遼は停止して、ぷっつりと機能を止めた。

「大体黙って聞いてりゃなんだそのざまは、それでも鬼神と名高い張遼か」
ずかずかと夏侯惇が部屋へと踏み込み、唐突に服を脱ぎだした。
「な、にゃにを、して」
「黙ってろ根暗馬鹿」
慌てふためく張遼をぎろりと一睨みし、寝台に乗り上げると足の間に身体を無理やり割って入る。
無造作に服を投げ捨てて全裸になった夏侯惇は、膝立ちになったまま鬼の如き怒りの形相で、
「黙ってろ、動くな、いいな、」
と、言い付けた。張遼はもう何が何やら、わけもわからずに身体を硬直させ、

「あ、」

無骨な指先が、ひょいと裾を割ってきた。そのまままだ熱を保つ性器を探り当てにかかる。
唐突に性器をむず、と掴まれて張遼は裏返った声を上げてひくりとのけぞった。すぐさま夏侯惇に、
「気色の悪い声を上げるな」
と一喝される。こうなっては男はどうにもできない。ただ握りつぶされたり切り落とされたりしないのを祈るのみだ。

動揺にうろうろとせわしなく目を動かす、と、歯を食いしばり、何事かに耐えているかのような夏侯惇の表情が見て取れた。
「か、こうとん、ど」




「―――――!」

張遼が呼びかけようと上体を起こした瞬間、信じられないことが起きた。
ゆっくりと、躊躇うように夏侯惇が顔を伏せ、握り込んだ性器、桃色の先端が露出した、まさにその先端に、
「………、っ」
震える舌先を伸ばし、触れさせる。そのまま、伏せていた視線を上げ、挑むように笑みを含んだ眼差しを張遼に向け、

ぺちゃり、と幹に這わせ、根元から一気に這い上がらせた。
「あ、」

夢か、現実か、幻、空想、
張遼は蒼白になって上体を完全に起こし、ようやく、
「夏侯惇殿!」
と名前を呼んだ。現実である、感じられる、触れられる、いやむしろ、触れられて、いる。
「夏侯惇殿ッ!」
舌が、ひとしきり幹の輪郭をなぞり終わったかと思うと二玉に手が添えられて、こりこりと擦り合わせられた。
いいもん持ってんなぁ、との呟きがこれでもかという程に恥ずかしくて、半ば怒鳴る。
「いいから、黙ってろ」
に、と目を細めて笑うが早いか、
呆れる程潔く大口を開けて、根元まで含む。
「……ッ!!」
あたたかで濡れた、うごめくものにすっぽりと包まれる。ぐるり素晴らしく滑らかに舌が、辿る。
張遼は声すらに漏らせない、一声でも上げればきっとそれは浅ましい、獣のようなものになってしまうのだろうから。
目の前視線の下、ゆるやかに上下する、黒髪。部屋の安い灯りにすら見事な、黒髪。
幾度も触れたくて、その度手を伸ばし、再び下ろし、拳に戻す。
「あぁ、」
舌がゆるゆる遊びながら先端にたどり着いて、登頂の窪み、欲望したたるそこにそっと、押し当てられ。
とうとう声が喉から走り出てきた、すると、
「ようやく声を出したか、強情な奴だ」

に、
笑う音がした。

細く、意地悪い一つきりの目。
口元はべたべた――いけないと張遼は思わず目を逸らす。
「こら、」
すぐに鋭い声が飛び、顎をぐっと荒れた手のひらに雑に掴まれて視線を固定される。
そうするともう、夏侯惇と視線をがっぷり組み合うしか道は残されていない。

「逃げるな、」
非常にゆっくりとした動作で夏侯惇が身体を起こし、自分の身体を組み伏せて、馬乗りにのしかかる。その一部始終。
逃げるな、ただその一言で夏侯惇は張遼を縛った。






















揺らぐ灯りを背に、この世でもっとも張遼が恐れる、眼差しが見下ろしてくる。
その顔は次第に近づいてきて、
「お前俺が好きなんじゃァ、ないのか」
子守唄に似たやさしい、にげることを許さぬ声で、問うた。
「………」
張遼は口を噤んだ。一拍、二拍、
「勘違いもはなはだしいですぞ、誰が」
貴方なぞ、
続く筈の言葉は途切れた。

「むぐ、」
先程の手のひらがその先を塞いだ。
「言うな、」
「…………」
「お前俺が好きだろ、そうだろ?いつも俺を見て、いつも、見てるだろ」





「俺のこと好きだって言え、言えよ」
張遼は気づいた。手のひらに力がこもっていない。
張遼は気づく。夏侯惇の肩が、震えている。
張遼は気づかない。灯りにまぎれて、夏侯惇の顔が、ものすごく、赤い。
張遼は、とんでもなく自分に都合の良い事実に、気づいてみたい。












「私に惚れましたかな、夏侯惇殿」












身体を起こす。寝台がうんざりだと軋む。
口を塞いでいた憎たらしい手の、薬指に、噛み付く。













「私が女を抱いていると聞いて、嫉妬なさったか」






















張遼は不意に、とある感情に襲われた。
ものすごく、酷いことをしてやりたくなる。
泣いてほしい。怒ってほしい。ののしってほしい。

そうだだいたい、誘ってきたのは夏侯惇からだった、
無理やり自らを丸め込む。



夏侯惇が、ぎろりと睨む。張遼はじわりと歓喜が湧くのを、感じた。



「そうだと言ったらどうなんだ―――」


























笑う。
笑い出す。
こんなに笑うのは何年ぶりだろうか、
大声を出して、笑う。
まったく敵わない、張遼は笑う。
ひとしきり笑って後、

真面目な顔で、聞いた。


「すきになっても、よろしいか」


ようやく始まる二人の夜。
遠くでほろろろ、と、みみずくが鳴いた。
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