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目潰し鬼      蜜柑


なぁ、いつになったら着くのだろうな。

さぁ、いつになったら着くのだろうか。



そういえば、目的地はどこでしたかな。

そういえば、目的地はどこだったかな。



……。

………。


まぁいい、どこまでもいこう。

そうだな、どこまでもいこう。





























満腹としか言いようがない。
張遼は椅子に背中を預けて、天井を仰ぐ。
言葉もない。ただ、ため息のみ。
腹が苦しい、思わずさすると手のひらに弾む感触。そっと帯を緩めて、
ほう、またため息。
「あー、食った食った」
げふぅ、と聞き捨てならぬ音を発した夏侯惇を下品だと咎める気にもなれない。今言葉を発したら口から出そうだ。
張遼は桂花の茶をすすりながら、再度腹をさすった。
(四、五、六……)
張遼は頭の中で、自分が何杯飯を食べたか思い出し始めた。だいたい七杯目までは思い出せたのだが、それ以降、確か桂花が漬けたという漬物が出た頃からはまったく思い出せない。
真横からぐむぅ、と犬のうなり声のような声が上がった。どうやら彼も、調子に乗って食べ過ぎたようである。炒め物で飯桶を空にした張遼を見て、どうやら食欲をもよおしたらしい。二人争うように食べるうち、もう指一本動かすのも億劫なところまで行き着いてしまったのだ。

「もう、何も食えん…」
「もう、なんにも出せませんよゥ、」
手に黄金色の小さな果実を手に、桂花があきれ果てて苦笑を浮かべている。
「申し訳ない」
こうなっては謝るしかない張遼に、桂花は大口を開けて笑い出した。天井に響く底抜けな、朗らかな笑い声。
「いえいえ、久々に作り甲斐があって楽しかったですよゥ、あれだけおいしく食べてもらえりゃこっちも満足」
はい、と桂花は二人の手のひらに、持っていた果実を渡した。残り雪に埋めていたのかかちこちに凍って、ひどく冷たい。
おぉ、よく冷えとる、夏侯惇は相好を崩してその皮を剥きにかかる。桂花は片付け物と寝台の用意がありますんでと笑って出て行った。

「……どうした張遼、蜜柑は嫌いか」

これはどうして食べるものだろうか、そもそもこれはどういった果物、いや、野菜か。張遼はじ、とその黄金色を見下ろす。

いつまでも手のひらでころころと果実をもてあましている張遼を、夏侯惇は怪訝な顔で眺めやった。
張遼は唇で、みかん、と転がして答える。

「食べたことが無い」

そうか、と言うなり張遼の手のひらから蜜柑を取り上げ、ちゃっちゃと皮を剥き出した。普段武器しか扱わないようないかつい指に似合わぬ細やかさでたちまちに皮を剥き、鮮やかで汁をたっぷりと含んだ実が現れる。

「ほれ、食ってみろ。孟徳が持ってきた自慢の蜜柑だ」

蜜柑の塊をわり、まず二つにし、半分を張遼に戻す。残ったその半分から一つずつ実をほどいて、張遼の目を見ながらまず口に入れた。
夏侯惇の口の中でぷつんと皮が弾け、甘酸っぱい、歯にちんと凍みる冷たい果汁が広がった。しゃくしゃくと咀嚼するたび、残っていた脂っぽさがどんどん追いやられる。

「うん、うまいな。お前も食ってみろ、甘いぞ」

目を細めた夏侯惇に、恐る恐る張遼も小さめの房を舌に乗せた。冷たさにおおっと細い目が開く。
舌先と上顎の間でそっと実をつぶすと、飛び出した果汁の香りにまたもや、おおっと目を白黒させる。歯に、少し凍みた。
飲み込んだ後はたださわやか――

「ほぅ」

これはよいものだ、と張遼、実をほどいて、もくもくと口に運ぶ。

「いいだろ、」

自慢げに、夏侯惇。この蜜柑は曹操が農家に隅々まで指示して作らせたもので、今年ようやく完成したもので、一番乗りに夏侯惇が賜ったのだ。

「いいですな、」

しゃりしゃりした歯ざわりと、鼻をくすぐる香りがすっかり気に入ったのか、手のひらの最後の一粒を惜しみ惜しみ口に入れる。すぐには噛まずに、転がす。
「あぁ、」
「うむ、」

二人指先を黄色く染めて、しばし蜜柑を楽しんだ。

突然夏侯惇は床に落ちていた蜜柑の皮を拾う。横目で張遼を確認すると、最後の果実をまだ味わっている。
相手は鬼神張遼である。慎重に間合いを詰め、詰め、計る、計る、間合い、

「張遼、」

声をかける、

「なんですかな、」

振り向く、

蜜柑の皮を、張遼の細い目の前で、きゅっと、きゅっと折り曲げる!

「!!」

ぴゅし、
と、あの独特の香りを放つ液体をその目にするどく直に注ぎ込んだ。
しかし、張遼は微動だにしない。
夏侯惇は固唾を呑んで、その様子を見守る。

























「…………ぬぁ゛ あ゛ あ゛ あ゛ あああああああああ!!」












大気が、怒りに揺れた。


























「だんな様方ァ!!!」
大地を揺るがすその声に、枕を抱えた桂花が血相を変えて戻ってきた。
そこには、世にも恐ろしい形相で馬乗りになってこぶしを振りかぶる張遼と、首を絞められ泡を噴いている夏侯惇。
桂花は悲鳴を上げた。






















その後桂花も手伝って必死に夏侯惇は謝り、ようやく鬼神のとりなしを得た。べっこべこに殴られ腫れた頬を冷やしながらぶつくさと、
「子供がよくやる遊びだろうが、」
文句を呟く。
つい我を忘れてしまったことを恥じてうつむきながら、張遼。
「鬼神を侮るからですぞ、次は自重なされよ」
二人いがみ合いながら、あてがわれた寝室に向かう。


そこには、一組の布団と……二つの枕。

「………おい?」
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