何かと物入りですもんね

金襴緞子の 帯しめながら
   花嫁御寮は なぜなくのだらう



結婚が迫りつつある、と言うと私のお友達は皆、
「自由になるのは今のうちよ、やりたいことを全てやっておかないと」
と言うわ。
私、何をやりたいかしら。



剛次さんのお家はとても好き、どこもかしこも剛次さんだらけだもの。家具ひとつひとつも剛次さんの趣味が出ていて面白いわ、たとえばお大名様の使うような 立派な絹の張った肘置きがあって、とても気に入っているよう。きっと戦国大名ごっことか、好きなんでしょう。私も好きよ、風林火山。
部屋の壁は窓から西日の当たるところだけ少し黄色。西日が差し込んでかなわんって、お昼寝をしている剛次さんはきっとすごく困った白熊のようでしょう。
柱を斜めに斬り付けた傷が走っていて、しききんが戻らないと前に言っていたわ。酔った勢いですって、剛次さんもそんな事があるのね。
私はそんな剛次さんの部屋で本を読んだり、作った昆虫の標本をお菓子の箱に綿を敷き詰めて並べたり、部屋へ飛んでいるノミを捕まえて瓶へ篭めたりするのが 楽しい。とても好きよ。
この日も私は押し花を作っていて、夕ご飯にすき焼きでも食べようかという話をしていた。剛次さんは鍋武将だから、私は安心して美味しいすき焼きが食べられ るのだから、ありがたいことだわ。
そうしているうちふとお友達の言葉を思い出して、
「ねえ剛次さん、結婚式場を予約取らないと」
そう言った。
「あ?」
予約、という事柄について剛次さんは知らないようだった。そうね、命のやり取りに予約はいらないもの。
刀鍛冶のお爺さんの所に行くのも刃こぼれが目立ったと思ってから、いきなりぶらりと伺っているよう。
山篭りだって何日の午後から〜という訳でもないでしょうし。
「大安吉日を取ろうとすると、三ヶ月も前から式場の予約が必要らしいわ」
「あ?式…場…」
剛次さんは耳掻きのような、綿のついた棒あれって何て言うのかしら、今度聞いてみよう。
じゃなくって、その耳掻きのような棒で兼正をぽんぽんしながら口を半開きにして顔を上げた。
口を半開きにしていると、愛嬌があって素敵。愛嬌がなくてももちろん素敵。
…じゃなくて。
なにか剛次さんはぽかんとしたようだった。ぽかんとして、私の丸い顔を見て、なにかを思い当たらせたようだった。
「……おう」
なにかへの返事でもなく、剛次さんはおう、と言った。なにも言う事がなかったので、おう、と言ったようだった。
剛次さんは耳掻きのようなふわふわを置いて立ち上がると、大きなお尻のポケットへお財布を突っ込んだ。お財布がああも薄べらったいのは、ああして圧されて いるからなのね。壁にかかっていた鼠色のダウンへ(少し羽が出ているわ)袖を通しながら、
「………ちょっと出てくる」
なぜだか怒ったように言った。
「剛次さん、どこへ?」
「…パチンコだ」
「お手伝い、いるかしら」
私も一度は行ってみたいわ。ガラス越しに見た皆さん壁へ向かって真剣で、煙草がもうもうとしていた。皆さん真剣だから邪魔をしないようにするから、少しお 手伝いを兼ねて行ってみたい。
そう言ってみると、
「要らん」
断られてしまった。
やっぱりああした真剣な場へ、女の、しかも丸顔の私が行ってはならないのかしら。


部屋には西日がさーっと差して、夏ならきっと眩しくっていられないでしょう。冬は切ないようにオレンジが輝いて、どきどきするよう。
剛次さんは四時間ほど、ちょっと出てきて、戻ってきた時には大きな紙袋をひとつ抱えていた。まるで立派な燻製になったように剛次さんは煙の匂いがしみてい る。少し近寄りがたいほど。それにしても何が入っているのかしら。
「まあ、剛次さんすごいわ」
「……やる」
袋の中にはたくさんの缶詰がぎっしり詰まっていて、渋い色の紙袋が今にも破けそう。それを赤ん坊のように抱えた剛次さんはどうしてかあまり機嫌がよくない ようだった。
そしてその紙袋の一番上から、サイコロのパッケージのキャラメルをがさりと掴み取って私へ差し出してくれる。
「うれしいわ」
剛次さんの手のひらはとっても大きいから、私は両手でキャラメルを受けなくちゃいけない。
一つ落っこちてしまったけれど、両手一杯のキャラメルに私はとっても嬉しい。赤いのと、白いの。こんなにあったらすごろくに一生困らないわきっと。
「……そうかよ」
「何か悔しい事でもあったの」
「無ぇ」
「そう」
「今日は飯はいらねぇ。馴染みに会ってたらふく馳走になったからな。てめぇは帰れ」
あら、そうなの?それは残念だけれどしようがないわ。
「………」
「…………送ってやるから支度をしろい」
「ええ!」



後日街金を三つばかり斬り伏せた後、渋渋といった態で男塾塾長江田島平八を訪ねる赤石の姿があった。
「わしが男塾塾長江田島平八である――っ!!よし、塾婚を上げてやろう!!ワッハハ楽しくなりそうじゃわい!!」
モクジ
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