拍手お礼
できない貴方が大好きよ。
「おうJそれじゃバッテンじゃ」
田沢が横から口出しした、Jがムッと口を引き結ぶ。ムッ、と言うと不快感を表しているようであるがそうではない。
Jと言う名の、やけに日本語の上手なアメリカ人はただ、そうか、とかうん?という意味でムッとしてみせただけのことである。
「さすがのJも箸の使い方はじぇいんじぇいんダメじゃのう」
隣の松尾があんまりにもあんまりなギャグをかましたのに秀麻呂はギョッとしたが、松尾は一人で大うけしている。
その松尾のフカフカとした髪の毛のところではなく、ツルツルとしたところを思い切り田沢はシバいてから、
「忘れておったが、Jはガイジンだったんじゃ」
と生真面目に切り出した。とうのJと言えば松尾のギャグを理解しようと口の中で呟いていたところだったので不意打ちをくらい、
「ああ」
酷く渋い返事になってしまった。これがOL相手であったら、「あらあたし嫌われてるかしら」などと不安になりそうな素っ気無い返答である。
田沢はそのあたりをあまり気にする男ではないし、Jが口が重たい事をわかっているので特に気にした風はなかった。
「J、とりあえず一本箸してみろ」
言われるがままJは箸を一本構えようとするが、どうにもうまくいかない。大きな手の中で細い箸が頼りなげにふらふらと揺れる。
「じぇーい、鉛筆持つのと一緒だぜ!」
見かねた秀麻呂が口を挟む。田沢に松尾、それから級友たちの視線が一時に集まってJは内心焦っていたのでその声はありがたいものであった。
「ああ」
一本箸、きれいに鉛筆持ちとなった。そこへもって田沢が横から手を伸ばして放り出されていた箸を摘むとJの人差し指をそうっと持ち上げ、その隙間へ滑り込
ませる。
きれいな持ち方となった。
「……よっし」
「ああ、これでいいか」
「オーゥ、パーフェクトだじぇい!」
松尾がしつこくダジャレを飛ばすのでその場がワッと和んだ。Jも飾り気は無いが実直に笑っている。
■箸を上手く使えない(J)
できない貴方が大好きよ。
「下手糞なんだな、お前も。もっと上手だと思ってた」
からかいの微笑み、からかいが星とはじけてきらりきらりと桃の頬に散る。
伊達は思わず桃の額をデコピンしていた。虎丸曰く、くらうと額に青い爪の痕のつく必殺のデコピンである。
「たっ」
桃が顔をしかめる。だがその顔がやけにニヤけているというか、やに下がっているというか、
ともかくこの剣桃太郎という好漢にしては好感の持てない顔をしていた。
伊達の機嫌が冷え込んでいく。
「やらせといて何言ってやがる」
「フッフフすまん、一人じゃどうしてもうまくいかなくてな」
「……フン、動くな」
伊達は桃の頭を正面から抱え込むようにしてもう一度試みたが、やはりうまくいかない。
「伊達、今度は後ろからやってみるか」
「さっきもやったろ」
「ああ、だが後ろからするのが一番うまくいくような気がするんだ」
「チッ」
伊達は言われた通りに桃の後ろに回りこむと、桃の手を導いてハチマキを握らせる。
教習所の教官のように伊達は厳しい声で桃へ指導した。
「いいか行くぞ、そのまま右手を上に、左手はそのままだ」
「ああ、こうか?」
「そうだ、そのまま左手をくぐらせて……いいぞ、輪を作れ」
「今のところ順調だな」
「最後に引っ張って………あ、」
「あ?どれ…」
桃は手鏡を掴むと自分の後頭部を覗き込んだ。
見事にハチマキが縦結びに揺れている。
「……あーあ…」
「…………ハァ」
■蝶々結びがどんなに頑張っても縦結びになる(桃)
できない貴方が大好きよ。
音痴なのは関係ねぇ。
富樫はグッと奥歯を噛締めている。
「ほら、富樫、こうさ」
桃は軽やかに舞った、その動きに重力は関係なく、学ランの裾が翻る。
「富樫の奴こんな事もできんのか」
「不器用じゃのぉ」
「いや、アレは音痴がどうも関係あるそうだぜ」
無責任に外野が騒ぐ。富樫は顔を赤くした。
音痴なのは富樫の家系である。父も同じように音痴だった。風呂場で歌ってもウナリ声にしか聞こえなかった。
一族唯一の例外は兄である、兄は太い声で朗朗と歌うよき歌い手で、島の喉自慢に出た事もある。
このまま自分が恥を晒し続ければ、兄の名誉にも関わる。
富樫は自分を奮い起こして再び足を動かした。しかしどうにも足取りはリズムを拾えず、それどころか険悪に両足がもつれ合う。
「うぉ」
「おっと、」
モツレついでに富樫がよろめくと、桃がしっかりとさりげなく抜群のカバー力でそこへ居て、自らの胸でもって富樫を支えてくれた。
この時どんな王子だとてこれほどまでにタイミングよく現れ、そしてウインクもばっちりと微笑む事は出来ないだろう。
「す、すまねぇ桃…」
みっともなくてとうとううつむき掛けた富樫の頬へ桃は手のひらをやり、そんなちっぽけな事でその顔を曇らせるなよとかとにかくいい顔で首を振った。
「さ、俺も一緒にやろう。まずは右足さ、ワン・ツー・スリー」
「おう、やったらぁ!!」
「その意気だ!」
二人お互いの腰をホールドし合いながらもう片方の手を繋いで進行方向へ突き出し、校庭を馬車馬のような勢いでリズミカルに駆け巡り始めた。
「なあ秀麻呂、あれってスキップって言うのか?」
「…………言わねぇよ…」
あれはクイックステップです。
■スキップできない(富樫)
できない貴方が大好きよ。
貴方の邪魔をする輩全て俺が退けて見せましょう。
「邪鬼様、ここは俺が止めます。どうぞご覧下さい」
「……む、」
邪鬼は小さく頷いた。影慶は信頼で自らという帆を膨らませ、歩み寄る。
小さな唸りを上げながら自分と邪鬼とをあざ笑いつつ、二人を拒み続ける敵へと向き直る。手を伸ばそうにもそいつはとめどなく動き続けてとらえどころが無
い。ヘタに手を出せば弾かれるのは必至。
背後からわずかに動揺をまとった声がかかる。
「影慶、」
「御心配は無用です、この俺は貴方の道を開くためにある」
「……頼もしき奴よ」
背後で邪鬼が微笑んだ。それだけで影慶は胸が熱い。
影慶は一瞬の隙を突いて相手を捉えた。相手は最初往生際悪く悲鳴を上げながら動きをやめようとはしない、しかし次第に動きがにぶくなり、最後には文句らし
ききしみを上げて止まる。
「邪鬼様」
「さすがよ、影慶。貴様腕は鈍ってはおらぬようだな」
「貴方のために、」
邪鬼は微笑むと影慶の切り開いた道を征く。影慶は頭を垂れて過ぎ行く覇王の道を確保し続ける。
この時二人の主従というには恐ろしい程に深い結びつきが、視線すら必要とせずに行き交った。
「こ、困ります―――!!」
警備員が悲鳴を上げて飛んできた。
■回転ドアに入るタイミングが分からない(邪鬼様)
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